第三曲 ライブ当日(後編)
「さーて、と。シャワー浴びて、石川達が作ってくれた衣装着ようぜ」
祥は、直美から渡された紙袋の中から衣装を取り出してメンバーたちに渡す。そう言えば、前に直美、玲子から教室で採寸されたことを思い出した。彼女達は背が低いから二人掛かりで背伸びして大変そうだったけれど……今日は、それが活かされた訳か。
「サイズ違ったら、ごめんね。着てくれたら嬉しいな」
「着る着る! サイズ違ってもあわせるさー! むしろヘソ出しで歌うぜ!」
拓人は祥から衣装を奪い取りシャーワールームへと駆け込んだ。
「まったく……あいつはしょうがねーな。ほら、弟!」
「あ、ありがと」
祥から衣装を手渡される。見てみると、全体的に黒っぽい。良くわからないけれど、シャワーを浴びて着替えるか。
更衣室に入って熱いシャワーを浴びる。何かテンションが上がっているせいか、身体を洗うのもアタフタしてしまってボディソープを棚から落としてしまう。
「弟ー?! 大丈夫か? 洗ってやろうか?」
「だ、大丈夫!」
隣でシャワーを浴びている祥が僕の方を覗き込む。「洗ってやる」とか冗談か本気かわからない。いや、本気だったら本気で困る……照れる……って何を考えているんだ僕は。
やっとのことで、汗を流し身体を拭く。隣で祥も身体を拭いている。
……思ったより筋肉質なのだな。服を着ている時は線が細いと思っていたけれど、脱げば体つきがガッチリしている。
「なんだー弟ー! ガリガリじゃないか? ちゃんと食っているのか?」
「た、食べてるよ! うるさいな!」
祥に冷やかされた僕は急いで衣装に着替える。サイズぴったり。大きな鏡に自分自身を映して眺めてみる。
これ、なんて言うんだ……?
イギリスの兵士が着ているような制服なのだけれど、この衣装カッコよすぎて僕が着たら浮かないかな。
祥も同じ衣装に身を包んだ。
かっこいい! 長身の彼のためにあつらえたような衣装だ。とても似合っている。
「かっこいい……」
思わず溜め息が口からこぼれる。祥は日本人離れした顔立ちで彫りが深いこともあるから余計に似合うのだろう。
「なんだー弟。かわいいなあ!」
僕の肩を抱き頭を撫でまわす祥。同じ衣装を着ていると、本当に兄弟になった気分だ。
もちろん祥が兄……と言うか、年の離れた兄と言っても過言ではないだろう。
大人びた祥と、幼い僕……
経験値の差だよな。
今までボーッと生きてきた自分と、ずっと今まで輝いてきた祥。差は歴然だ。
祥、拓人、哲太と共にシャワールームを出て、楽屋として使っている教室に入ると、玲子と直美が待っていた。
「わー翔ちゃん似合う似合うー! かわいいねー」
「え? かわいい? 軍服だし、そう言う系の衣装じゃないだろ?」
「んーなんだろ。何か翔ちゃんが着ると、何でも可愛く思えちゃうんだよー」
直美の素朴な意見に少し傷つく。それじゃあ、まるで小学生のお遊戯で着る衣装みたいってことじゃないか。
「石川ちゃーん! ねーねー俺も衣装着てるんだけど似合う似合う? 似合う?」
「あ、う、うん……」
ぐいぐい来る拓人に直美は身体を後ろに逸らして警戒する。どうやら直美は拓人に苦手意識をもっているみたいだな。
「じゃじゃじゃーん!」
弘子さんがドアを元気よく開けてノリノリで入ってきた。僕らの衣装の女の子版と言う感じでミニスカートを履いている。
すごい!
かっこいい!
足が細くて長い弘子さんに、とても似合っている。
「かわいー!」
「かっこいい!」
直美と玲子から黄色い悲鳴があがった。僕らの時とは、えらい違いだ。まあ、確かに見蕩れるくらいに似合っているから、まったく異論は無いのだけれど……なんか悔しい。
「ほら! りっちゃんも!」
弘子さんの後ろに隠れている理津美に対して、弘子さんは前に出てくるように促す。
「う……うん」
いつもの堂々としている態度とは裏腹に、もじもじしながら弘子さんの前に出てくる理津美。何だかとても新鮮だ。
「似合ってるよー! 片瀬ちゃん!」
「そ、そうか……な」
拓人からの掛け声に照れて赤くなる理津美。こんな一面もあったのだな。自分で衣装を作っておいて照れるのは、なんか変な感じもするけれど、それも女心なのだろう。
「さ、て、と。ライブまで、あと15分。気合入れていくぞ!」
「おう!」
祥が大きな声で号令をかけ、メンバーは後に続いて拳を上げる。段々、本番が近づいてくる緊張感。心臓が口から飛び出しそうだ。
ドキドキドキ……
ドキドキドキ……
ゴクリ……
ステージまでは、そんなに遠くないのだけれど、今は雲の上を歩いているようでフワフワしている感じがする。地に足がついていない感じ。意識すればするほどドキドキ感が増してしまう。
「弟ちゃん! かたいぜーかたいかたい! 弟ちゃんが登場するのラストなのに今から緊張してたらもたないぜー! 命取られる訳じゃないんだから気楽に行こうぜー」
「お前は、もっと緊張しろ」
「まじでっ?!」
冷やかす拓人を諭す哲太。二人のやり取りが愉快で思わず笑ってしまう。何回も窮地を乗り越えてきた彼らだから出来ることなのだろう。
拓人だって、見た目はチャラ男だけれど芯はしっかりしているように見える。だって、あの祥からのリクエストに対してだって真摯に努力して乗り越えてきたのだから。
『命取られる訳じゃない』
うん。その通りだ。
仮に失敗したからと言って、経験にはなっても命を取られる訳では無い。攻めの姿勢でいけば何らかの成果はあるだろう。
なんか、そう思うと少し落ち着いてきた気がする。本当に仲間ってありがたいものだ。
ステージの袖にメンバーが到着する。会場のざわつきから既に観客が入ってきているように感じる。お客さん結構入ってるのかな……
祥が会場係に様子を聞いた。
「観客の様子はどうだい?」
「今までで最高かもね。ドン引きするくらいの大賑わいだ」
「サンクス。燃えてきた」
祥は、いたずらっ子のように、ニヤッと笑って僕たちを見た。ワクワクが止まらないと言う感じだ。
今まで以上って、前の格技場ライブより観客が入っているってことだよな。なんかもう考えたくない。僕の出番前にライブ終わってほしい。
『じゃあ、ブリドリさんお願いします!』
うわっ!
もう時間か。あっと言う間だ。
「よっしゃ行くぜ!」
先行して出場するメンバーたちが舞台袖から、一斉に飛び出して行った。
「翔ちゃん。良く見ておいてね」
「う……うん」
弘子さんは、僕の頭をポンと叩いて、ステージ上に走っていった。
「なんか、私たちの方が緊張するね」
玲子が固唾を飲んでメンバー達を見守っている。
間違いない。一回止まったドキドキが、さっきより大きくなった気がする。
メンバーたちは、黙々と演奏準備を始めた。
そう、僕がブリドリを初めて見た格技場ライブの時の様に……




