第二曲 ライブ当日(中編)
「ああ、久しぶりだな。打戻……」
「覚えていてくれたんですね。ブリドリのギタリスト高倉 祥さん」
「まあね……」
一体誰なんだ? 一見知り合いの様に見えるけれど、男の方は敵対心丸出しって感じで祥を睨みつけている。
彼らの間に何があったのだろう……僕は隣に立っていた拓人に小声で囁くように聞いた。
「あの人誰……?」
「ああ……打戻和也……前にウチのベースに立候補してきたヤツだよ。テクニックはそれなりだったけれど、協調性が無いと言うか好戦的なヤツで祥が参入を断ったのさ。そのことを今でも恨んでいるらしいぜ」
「ああ……なるほど……ね」
人気バンドだから、それなりにテクニックのあるベーシストからの売り込みはあると思っていたけれど実際に居た訳だ。
ジッと祥のことを親の敵のように睨みつけて目を逸らさない。そして、祥も男の目をジッと見つめている。
……ふと、男の方が先に祥から目を逸らした。そして……ゆっくりと僕の方に近づいてきた。な、なんだ?
「キミが……新しいブリドリのベーシスト?」
「はい」
「歴は……?」
「1ヶ月ちょっと」
「……は?」
僕の答えを聞いて男は、この世の終わりと言う感じで呆然と立ち尽くした。そして、再び祥の方に向き直る。
「おい! この俺を蹴落としておいて、ベースのベの字も知らないような初心者を入れるなんて、コミックバンドにでもなるのかい? 天下のブリドリさんも落ちぶれたもんだよな!」
う……わかってはいたけど、僕のことを傍から見たらド正論だよな。グゥの音も出ない……彼の言うことに対して、とても否定はできない。
けれど、祥は真っすぐな目で答えた。
「……それはどうかな? 少なくともキミよりは良い素質を持っていると思うよ」
「なにをっ?!」
逆上した男が祥に殴りかかる。そして、祥は男のパンチをひらりと華麗に避ける。
「ライブ前にケガしたくないから、こういうのはまた今度にして貰えるかな」
祥は男の手首を捻り、そのまま男の背中に回した。刑事物のドラマで良く見るけれど生で見たのは初めてだ。祥ってケンカも強いんだな。
「放せ! 放せよ!」
「ほら……行けよ」
祥は男の手首から、パッと手を離した。相手に攻撃の意志が無いと判断したのだろう。
それにしても良い空気だったのに、一気に凍り付いてしまった。チビトリオは弘子さんの身体にしがみつき、ガタガタ震えている。それでも男は悔しかったのか、諦めきれなかったのか、僕のことを指差して叫んだ。
「おいお前! もし俺の方が上だったらステージから引きずり降ろしてやる! ライブ楽しみにしているからな!」
「ちょ、ちょっと待っ……」
僕の言葉を最後まで聞くこともなく、その場から男は去っていった。嵐のようなヤツだったな。それにしてもベース初心者がアイツに勝てる訳無いじゃないか。彼が本気で僕のことをステージから引きずり降ろすつもりだったらどうしよう……
「弟~そんな情けない顔するなよ。もっと自分に自信を持てよ!」
「え……だって、初心者の僕の方が彼より上なんてありえないでしょ」
「大丈夫。弟は、いつも通りやればいいんだよ。心配ない」
祥は僕の両肩をガシッと掴んで、優しい目で囁いた。祥から言われると本当に出来そうな気がしてくるから不思議だ。なんか根拠のないチカラを貰えると言うか、何というか……自分でも顔が赤くなっているのがわかる。
僕は照れ隠しも含めて話題を変えようと、どもりながら祥に聞いた。
「と、ところでさ、会場はどこ? 前の格技場?」
「いや、ちがうよ。ついてきて」
祥が先頭に立ち、メンバー達を誘導する。格技場とは反対方向に歩き出す。そっちはグラウンドしかないはずだ。まさか……
--まさかだった。
「はーい特設ステージでござーい!」
祥がグラウンドに向けて大きく手を開いた。
「……うわっ! すごい!」
校庭に大きなライブステージが設置されている。いつの間に設置したんだろう。
昨日は祥の家で練習だったし、ライブステージを設置する時間なんて無かったはずだ。
「俺も最初は格技場でやろうと思っていたのだけれど、美術部や、有志が『狭い。キャパが足りなさすぎる』って、学校に許可もらってステージを作ってくれたのさ」
「広い。いつもは朝礼台が置いてあるところだろ? これだったら何人来ても余裕だね」
ステージもそうだが、大きなアンプ、照明、ステージの後ろの壁には『A Brief Dream To You!!』と大きくペイントされている。
「ライブ中も演劇部、放送部がアレンジしたいって名乗り出てくれたんだ。本当にありがたいよな」
祥は、僕の肩に手を回してステージを感慨深げに眺めた。まるで、プロミュージシャンのステージのようだ。嬉しい反面、プレッシャーがハンパない。周りのメンバーも身震いしているのがわかる。
メンバー達は私服のままステージに上がり、ランスルー……本番を想定したリハーサルを音響、照明のチェックをしながら行った。アンプからは今まで経験したことの無い迫力のあるサウンドを醸し出す。
一通りリハーサルを終えた後、祥はヘルプで来てくれた人たちにお辞儀をして、『今日はよろしくお願いします』と深々とお辞儀をして挨拶をした。
もちろん、僕を含めたメンバーもそれに続く。僕らの姿を見て、彼らも満足気に手を振って応えてくれた。
「うっはーいつもとは違う緊張感だわ! 変な汗がでてるぜー」
「本番はまだなのだから、あまり飛ばさないでよね」
「わかってるさー片瀬さまさま!」
「この人、ほんとウザいわ」
拓人の軽薄さに理津美も呆れる。まあ、僕が思うに拓人は良い意味で、バカなことを言って、みんなをリラックスさせてくれる存在、ムードメーカーなのかな。と思う。
自分の心内を素直に表現することで、皆は『同じ気持ちなんだ』って、ちょっぴり安心することが出来るんだ。




