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祥と翔~友達発親友経由xx行き~  作者: 桐生夏樹
第七幕 日々是練習
35/66

第五曲 ライブ前日(前編)


「ひろ~い!」

「ヘタなスタジオよりスゴい! 防音もバッチリだ」

「POWで練習する意味あったのかな? 最初からここで練習すれば良いじゃない?」


 メンバーから次々と驚きの声が上がる。ここは祥の家……ライブ前日と言うことで、メンバー全員が招待されたのだ。皆の驚いている様子からわかると思うけれど、家の中とは思えないくらい半端なく広いスタジオがある。


 スタジオは、家とは別の離れにあってスタジオPOWの一番広いAスタよりも全然広い。むしろ、ここでライブが出来るのでは無いかと思うくらいの広さだ。



「あー毎回だと、色々不都合があってさ。今回は特別な」


「そうなんだよ! 祥の奴、中々使わせてくれなくてさー俺も今回2回目だよ。ケチくさいよな」


「まあ、怒るなって。POWの方が、駅から近いし、達也さんにお世話になっているし、都合良いだろ?」


 不服そうな拓人をなだめる祥。別に僕は最低限の設備が整っていれば何処でも良いかな。それにしても、祥は金持ちだったのだなあ……僕、玲子、直美にポンっと楽器を渡してくれたのも納得できる。


「祥って、お金持ちなんだね。知らなかったな……」


 まあ、祥とは知り合ったばかりだから、知らなくて当然と言えば当然なのだけれど……僕が感心しながらドラムセットを眺めていると、後ろから弘子さんが顔を覗かせた。


「そのドラムセット、私の見立てによると高級車一台買えるくらいすると思うよ?」


「え?! うそっ!」


 弘子さんからの爆弾発言に、僕は思わずドラムセットから離れた。いや、壊したら弁償できないし。パートがドラムじゃなくて良かった……


 あ、そうだ。丁度良いから、弘子さんに姉さんのことを聞いてみようかな。姉さんが嘘をついているとは思わないけれど、弘子さんが姉さんのことを、どう考えているか興味がある。


「弘子さん。僕の姉さん……知ってる?」


「ん? 翔ちゃんのお姉さん……翔ちゃんの苗字何だっけ?」


弥勒寺(みろくじ)……だよ」


 弘子さんが、俺の苗字を知らないとか少しショックだな。バイトで名札もつけているのに。僕に興味がないのかな。


「おお! そうだったそうだった。いつもあだ名で呼んでいるから忘れちゃってたよ。みろくじ……みろ、くじ……弥勒寺(みろくじ)?! 翔ちゃんって、もしかして香先輩の弟?!」


「あー……やっぱり姉さんのこと知ってたのか」


「知っているも何も、私が一年の時に、香先輩は三年生で生徒会長……生徒会で、かなりお世話になったんだよ~プライベートでもたくさん相談にも乗ってもらったし、私にとっての憧れの先輩。学校内ではアイスドールの異名を持っていたんだよ」


 弘子さんは夢うつつな表情で宙を見上げた。まったく『アイスドール』って……次々と姉さんの回想シーンが頭に浮かんでは消える。


『翔ちゃん! おっぱい触ってもいいよ?』


 アイスドール、ね……


『翔ちゃん! 欲求不満解消してくれるの……?』


 アイスドール、か……?


『翔ちゃん! 結婚しよう!』


 どこが『アイスドール』なんだ!


 やっぱり姉さんは、学校で猫を被っていたのだな。家では弟に胸を押し付けてくる『逆セクハラ姉さん』だってことは、弘子さんの幸せのためにも黙っておいた方が良さそうだ。


「そっか……姉さんも弘子さんがブリドリのメンバーになったって聞いて驚いていたよ。絶対ライブにくるってさ」


「え?! そうなの?! うわーテンション上がる~! 香先輩が見に来てくれるんじゃ半端なライブできないよね。よっしゃー! がんばるぞー!」


 うわー……弘子さんのテンションが一気に上がったみたいだ。姉さんが弘子さんに会った時、どんな感じになるのか見てみたい気がする。別の意味で楽しみだな。



「よーし。みんな、チューニング終わったかー? 明日のライブの曲順と同じ流れで行くぞ!」


『はーい』


 祥の号令にメンバーが元気よく応えた。曲順通りか……と言うことは、一番最後の曲に出演する僕は、暫く出番が無いな。僕はパイプ椅子に腰かけると、祥がスタスタと近寄ってきた。


「弟~暫く時間あいちゃうけれど、良い子に待ってるんだぞ~特に白旗(しらはた)さんの弾くベース、特に指先は芸術だから注目してくれ。フッ」


「ちょっと! やめてよ!」


 祥は、僕の肩を優しく抱いて耳元に息を吹きかけた……何かやってくるかなと思って、心の準備をしてはいたが、まさか、耳に息を吹きかけてくるなんて……背筋がゾッとした。でも、祥からはレモンの甘酸っぱい香りがした。とても良い匂いに心が奪われそうになった……何を考えているんだ、僕は……


 そして、祥は笑いながら自分のポジションに戻った。



「じゃーいっくよーん!」


 ボーカルの拓人が号令をかけるや否や曲が始まる。


 --ダダダダダダダ!

 --ドドドドド!

 --キュイーン!


 凄い迫力に思わず仰け反ってしまった。ライブ前日だからか、いつもよりメンバーに力が入っているようだ。隣に居る玲子と直美は席から立ちあがり拳を突き上げ、ノリノリだ。


 そう言えば、弘子さんの『指元が芸術』って祥が言ってたっけ……どれどれ?


 --なんだそれっ?!


 弘子さんが指弾きなのは知っていたけれど、指を3本……?  4本? とにかく、たくさんの指を使ってベースを弾いている。指の動きが早すぎて見えない。一体どんな仕組みになっているんだ?


 僕的にはベースの指弾きは、人差し指と中指の2本指、2フィンガーで弾くのが一般的だと思う。僕も祥から言われて指弾きしているけれど2フィンガーでも、いっぱいいっぱいだ。



「さあ、弟くん、出番だよ」


「…え? もう?」


 長い時間待たされると思っていたのだが、彼らの演奏を見ていたら、あっと言う間に時間が過ぎてしまった。彼らの音は、それだけ人を魅了させて時間を忘れさせてしまうと言うことだな。『束の間の夢』とは良く言ったものだ。反面、僕がその輪に入って音を乱すことがないかと心配になってしまう。


 僕はチューニングが終わったベースを肩から掛けて弘子さんの隣のポジションに入った。


「真打ち登場だね」


「嫌味ですか」


 弘子さんからの激励に僕は苦笑いで応えた。超緊張するなあ……深く深く深呼吸して気持ちを整える。ここで緊張していたら、明日の本番ライブはどうなるんだ。しっかりしろ僕。



「さーて、ラス曲いっくよーん」



 拓人からの軽いノリの号令に少し気持ちが軽くなる。


 ……さあ行くぞっ!



 --ドゥワーン!



 何とか無難に演奏が終わった。ミスは無い……よな?

 自分なりにはやりきったと思う。


「弟~おつかれ~」

「翔ちゃんレベル上がってるじゃない」

「まだまだだけど、まあ、あなたにしては良い方じゃない?」

「弟ちゃーん。歌いやすかったよーさんくすねっ」

「翔くん。お疲れさまでした」


「お疲れ様です。ありがとう!」


 メンバーの皆からも及第点をもらったようでホッとした。何とか明日のライブに間に合ったかな。まだ気が早いけれどライブが終わったら、ブリドリのオリジナル曲に挑戦したい。前に祥が一曲では満足できないって言っていたけれど、本当にその通りだった。


 現状に満足してはいけない。立ち止まるな。前に進もう。先に進もう。


『もう、惰性で生活していた、あの頃の僕ではない』


 それには、もっとベースのテクニック磨かなきゃね。あ、そうだ。さっき弘子さんがたくさんの指で弾いていたの凄かったな。


「弘子さん。いつもと弾き方違ったみたいだけれど、何あれ? そもそも何本指で弾いていたの?」


「3フィンガーと4フィンガーをフレーズで変えて組み合わせた感じかな。でも、祥君が作ってくれた曲の譜面通りに弾いただけだよ。いやー出来るか出来ないかのギリギリの線を攻めてくるから焦ったわ」


「……え? そうなの? 弘子さん自分で弾きやすいから弾いてたわけじゃないの?」


「あはは。私だけだったら、あんなチャレンジしてないよ。厳しい監督のせいで頑張らされちゃったよ」


 頬を膨らませてワザと不機嫌そうに振る舞う弘子さん。まあ、内心は楽しんでいるに違いないけどね。


 祥が割って入ってきて、弘子さんに対して憎まれ口を叩く。


「厳しい監督の期待に応えてくれるのがエースの白旗さんですから」


「まったくもー! ほどほどにしてよね。やらされる方はたまらないよ~」


「はいはーい気が向いたら気をつけまーす」


「……まったくもう! 全然説得力ない!」


 祥と弘子さんも良いコンビになりそうだ。2人のやりとりに、みんな微笑んで見守っている。拓人はツボにハマったようで腹を抱えて笑っている。


 とても良い雰囲気に僕も自然と笑顔になる。ブリドリのメンバーになって本当に良かった……本当に、本当に。


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