第三曲 新バンド結成
マジか! チビトリオと弘子さんがバンドを組む……?
前、祥が弘子さんに『これ以上ブリドリのメンバーは増やさない』と言っていたけれど、その本意は、『ブリドリのメンバーは増やさないけれど、新バンドは作る』ってことだったのか。
しかも、当人たちは何も聞かされていない。サプライズどころの騒ぎではない。ようやくブリドリメンバーが固まって落ち着いたところに、新バンドの結成なんて、もうメチャクチャだな。
祥は唖然とする皆を尻目に、淡々と説明に入った。
「今言ったけれど、新バンドを結成する。メンバーは『ドラムス:白旗弘子さん』、『キーボード&ボーカル:片瀬理津美』、あとは……ギター、ベースは、それぞれ『川名玲子』、『石川直美』が入る。あと、曲は、もちろん俺が責任を持って作る」
「ちょっと! 私に弾き語りしろって言うの?! 皆とバンド出来るのは嬉しいけれど、ボーカルなんて無理だよ!」
開口一番、理津美が猛烈に顔を真っ赤にして抗議する。いつも冷静な理津美が、今日に限って、珍しく興奮しているな。祥は、興奮気味の理津美をたしなめた。
「まあまあ、興奮するなって。今いるメンバーでは、片瀬が一番ボーカルに適役なのさ。昔からキーボード弾いているそうだし、音楽の授業で歌った歌もハイレベルだった」
「う……そう言われると……」
「今後、ボーカル候補が現れたら、解放するからさ。それまで頼むよ」
「わかったわ……ボーカルが入るまでね……」
理津美は、あっさりと冷静さを取り戻して諦めたように納得した。
たぶんだけど、玲子と直美を置いてブリドリに入ってしまった後ろめたい気持ちもあって、新バンド加入について納得せざるを得ない状況になっているのだろうな。
祥も、理津美の気持ちを汲み取っているから、半ば強引にガールズバンド結成を提案したのかもしれない。理津美の説得に成功した祥は、玲子と直美の方に身体を向けてニッコリ微笑んだ。
「さて、川名に石川。ギターとベース……どっちにする?」
そうだな。玲子と直美はバンドやりたいって言ってたから、あえて了承を取る必要がないのだよな。実際2人とも嬉しそうだし。
「ん~……私はどっちでもいいやー玲ちゃん選んで?」
「え? いいの? じゃあ私ベースやりたい!」
「あはは♪ やっぱりねー。じゃあ私ギター! 『ぎゅいーん!』ってかっこよさそー」
思ったより、あっさり決まったな。祥も、もっと揉めて時間がかかる思ったらしく意外そうに呟いた。
「大体は目立つギターの取り合いになるんだけどね。ベースがやりたくなるって、弟が影響しているのかな?」
「ち、ちがうわよ! 低音が好きなだけ!」
「そっかそっか。じゃあ、次のスタジオの時にギターとベース持ってくるから、よろしくな。」
思いっきり否定する玲子を受け流して、祥はベース、ギターを持ってくる約束をした。って、祥は俺にもベースを貸してくれたのに玲子にも貸すのか。一体、祥は何種類、何本の楽器を持っているのだろう。
「あの……ちょっと待ってくれる? 私、まだ返事していないのだけれど……」
あまりの驚きに絶句していた弘子さんが、やっとのことで右手を挙げて祥の話を止めた。
「あ、ああ……そうでしたっけ?」
「とぼけないでよ! やるからには中途半端はいやなの」
「はい。白旗さんが、そう言う性格ってわかっているから、お願いしたのですよ」
「!!」
あーあ……すっかり祥のペースじゃないか。弘子さんも断り切れないのがわかっていて、悔しいから必死に抵抗している感じだな。全く素直じゃないなあ……
「ぴろこおねえさんとバンドやりたいなーあ。やりたいやりたーいやりたいなー」
直美が弘子さんのことを歌いながら誘う。全く天然だなあ……弘子さんも思わず苦笑い。でもお陰で悪い空気が少し解消されたかもしれない。
「ああー……もう! わかった! わかったわよ! その代わり、あまり練習に来れなくても怒らないでよね!」
「もちろんですよ。忙しい白旗さんの事情を理解したうえで、誘っているので全然大丈夫です」
「ありゃあ……全然大丈夫って言われちゃったな。ほどほどに頑張らせて頂くね」
あーあ。結局、弘子さんも祥のペースに乗せられてしまったな。弘子さんは塾とかには行ってないみたいだけれど、バイト、ブリドリ、生徒会って忙しいのに時間取れるのかな……弘子さんのことだから何とかするとは思うけれどね。
これで、弘子さんと理津美は2つのバンドを掛け持ちすることになる。特に弘子さんは、『ブリドリ』がベース、『新バンド』がドラムと担当楽器が違うから余計に大変に違いない。
「えーと、あと、新バンドのバンマスは『片瀬理津美』、片瀬。バンド名もお前が決めてくれ」
「はい……? 今の流れでいったら、バンマスは、ひろぽんでしょ? なんで私が?!」
「片瀬は、白旗さん、川名、石川と仲良いから、メンバー間の橋渡し役に適任だと思ってね」
「はあ……」
理津美は諦めたように深くため息をついた。プライドの高い彼女的には、最初から祥に従うのが悔しくて、嫌な空気を出しただけなのだろうな。本当に嫌だったら、こんなにあっさり引き下がるはずがない。
「ねーねーりっちゃん?」
直美が理津美の傍に近寄り、袖を引っ張る。
「直ちゃん。どうしたの?」
「りっちゃん、ばんます? ところで、ばんますってなーに?」
「ああ……それはね。『バンドマスター』の略なの。バンドのリーダーってことだね」
「ふぅん……そうなんだあ♪ りっちゃんかっこいー! ばんますりっちゃあん!」
直美は口の横に両手を当てて声援するファンを真似て、理津美へ声援を送った。マイペースな直美に、理津美は苦笑いだ。玲子もバンマスが弘子さんより、理津美になった方が気兼ねも少ないことだろう。
「それで? 祥くん、まさか初ライブをブリドリと同じ一ヶ月後に設定なんて無茶なこと言わないよね?」
「あ~さすがに、そこまで考えてなかったよ。さすがに結成したばかりのバンドをスグにステージに上げることは考えてないよ。マイペースでやってくれ」
「そ? 良かった」
理津美は安心した様子で、祥に対して首を傾げてニッコリとした。気のせいか、祥の顔が赤くなっている気がする。まさか……な。
理津美は新バンドのメンバーに対して、声を掛けた。
「じゃあ、ご指名に預かりましたので私がバンドマスターを務めさせていただきます。ビシバシいくからよろしくね」
「いえーい! かっこいいぞリーダー!」
「ぱちぱちぱちぱち~ばんますりっちゃんよろしくね~」
玲子と直美が元気よく拍手して理津美を歓迎した。その隣で弘子さんは、そんな3人を姉のように、にこやかに眺めていた。




