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祥と翔~友達発親友経由xx行き~  作者: 桐生夏樹
第七幕 日々是練習
31/66

第一曲 スタジオ練習


 ドン、ドン!


 ギュゥワーーン!


 ボボボボボボボ……


 あーあー!

 あーあー!

 とぅるとぅるとぅるとぅるとぅー♪



 スタジオ『POW』のAスタジオ。

 この前入った所と同じスタジオで、メンバーが練習前のチューニングを行っている最中だ。チビトリオの玲子と直美は、当然の様な顔をしてパイプ椅子にちょこんと座っている。


「翔ちゃん! ちゃんと家で毎日練習したの? 大丈夫?!」


 玲子が僕の耳元に口を近づけ大声で叫ぶ。色んな意味でうるさいな、こいつ……


「ちゃあんと練習してるよね~? 翔ちゃん、授業中も机の下でボール『にぎにぎ』してるもんね~」


 横に座っている直美が玲子からの質問に対して僕の代わりに答えてくれた。


「い、いや、私だってわかってるけどさ! ちゃんと授業も聞きなさいよね!」


 玲子が頬を膨らませて、ぷいっと拗ねる。


 何だかんだ言っても、ちゃんと見てくれているのだなあ……授業中もボール握っているのは先生には黙っていて欲しいけどね。ボール没収されたら目も当てられない。


 僕は彼女たちの会話にウンウンうなずきながら、チューニングを続けた。いや、だってさ、もう他のメンバーチューニング終わっているのだ。彼女たちの無駄話に入っている余裕は全くない。


「どうだ弟? チューニング終わったかい?」


 とっくにチューニングを終わっている祥が、僕の肩に手を回し耳に息を吹きかけながら話しかけてきた。祥の身体からはとても良い香りがする……香水でもつけているのかな……なんかドキドキしてしまう。


「も、もう少しだよ。って、言うか邪魔!」


 僕は祥の脇腹を強く押して突き放した。肩を抱かれて心臓バクバクしている中で、チューニングなんて出来るもんか。


「つれないなあ……チューニングが終わったら弟担当の曲を1回メンバーで合わせるからよろしくな」


「えっ?! まだ、いいよ……」


「何でさ? みんなから自主練してるって聞いてるぜ? もうそろ大丈夫だろ」


「いや、ブリドリのレベルにはまだ追いつかないよ。失敗して迷惑かけちゃうし、まだやめておく」


「おいおい……何を言っているんだい弟くん。まだベース初めて1か月なのに失敗せずに完璧に弾こうだなんて、図々しいにも程があるぞ。むしろ俺は弟に『山盛り失敗して欲しい』と思っているんだぜ?」


 ……なんだって?

 そう言えば前に弘子さんから『祥は、迷惑を掛けて欲しいと思っている』みたいなことを言われたことがある。弘子さんの方を見ると僕の方を見てウィンクをして『ほら、私の言った通りでしょ?』と合図しているように見えた。


「マジで山盛り失敗で、ついていけなくて途中で弾けなくなるかもだけどいいのかよ?」


「もちろん。むしろ失敗しろ。失敗して人は成長するんだ。その代わり、失敗しても諦めるな。何とか食らいついてこい。音のスピード感を身体で感じ取ってくれ」


「食らいつく……」


「そう。食らいついてこい。そのうち、ついてこれるようになるさ。天性のリズム感を持つ弟くん♪」


 そのうちって……全くついていける気がしないのだけれど、いつかはやらなくちゃいけないのだよな。これはリズム感だけでは何ともならないだろ。何しろ身体がついていかないに違いない。


「よし! POOWYのCloudy Heatやるぞ!」


 祥は右手を挙げて号令をかけたと同時に、メンバー達は応えるようにうなずいた。


 いよいよだ。僕はシールドをベースとアンプに差して弘子さんの隣に立った。


「いよいよだね! 翔ちゃん!」


「う……うん」


「ほら! 肩のチカラ抜いて! 祥くんも失敗しろって言っていたでしょ? 気楽にいきましょ」


 弘子さんから、ポンと尻を叩かれる。わかってはいるのだけれど、あのブリドリと演奏すると思うと無意識に身体が固くなってしまう。

 玲子、直美も心配そうに俺の方を見守っている。



 シーン……



 演奏前の無音状態に緊張感が増す。プレッシャーがかかる理由の1つは、この曲の出だしは僕と言うことなのだ。僕が弾き始めなければ曲が始まらない。


 よ、よし……


 いくぞ!


 僕はベースの弦に右手、ネックに左手を置いて準備した。手が細かく震えている。



 ドッドッ



 震える指先で弦を弾く。



 チャラチャーチャチャー



 祥が僕のベースに続いてギターを奏でる。さすがに上手い。それに自分キッカケで音が続くのって気持ちいい。



 ドッドッ



 バラード曲で、曲の入りはスローテンポなのだけれど、Bメロになると突然早くなる。



 ドドドドドドド……


 ドゥ、ドッ…



 うわっ! 指が空振った!


 頭が真っ白になるが、どんどん曲は進んでいく。もう追いつけない……ダメだ……


「翔ちゃん!」


 弘子さんが僕の名前を呼んだ。涙目で弘子さんの方を向くと、彼女の口が『大丈夫だよ』と動いた……ような気がする。


 すると、弘子さんのベースがメロディラインから、ベースラインに移行した。僕の弾くパートを弘子さんが代わりに弾いてくれている。



 ドドドドドドド……



 弘子さんは、自分の弾くメロディだけでは無くて、ベースラインも覚えているのか。本当に凄いな、この人は。弘子さん的には、『自分がベースラインを弾いている間に立ち直れ』ってことなのだろうな。


 弘子さんの音に合わせて僕はベースラインを再び引き始める。



 ドドドドドドド……



 僕がベースラインに復帰したのを見て、弘子さんは首を傾げてニッコリ微笑み、メロディラインの演奏に切り戻した。弘子さん凄いな、事もなげに奏法を切り替えることが出来るなんて神技以外の何物でもない。



 ドゥワーン!



 曲を一通り弾き終わると、祥がギターを置き僕の方に飛びつき抱き着いた。


「弟~! ベースデビューおめでとう! 良く最後まで諦めずに弾ききったな!」


「あ、ありがとう。ちょっと……離れてよ。汗臭いよ」


「こういう時くらい抱き着かせろ! うりうり」


 祥は僕の頭を撫でくり回した。もう……髪の毛グチャグチャになるじゃないか。僕は、微笑む弘子さんの方に向き直り感謝した。


「弘子さん。途中、助けてくれてありがとう」


「いえいえ、どういたしまして。想定内だから大丈夫だよ。翔ちゃん頑張ったね~初めてにしては上出来だよ……それにしても祥くんの『弟愛』は半端ないね……」


白旗(しらはた)さんに俺の弟は渡しませんよ!」


「あ、ああーうん。はいはい」


 祥が僕のことを後ろから羽交い締めにして弘子さんに威嚇した。弘子さんも少し呆れている感じ。


 いくら嫌がっても離れない祥のことを諦めて、弘子さんと話をつづけた。弘子さんから『失敗したことは想定内』とか言われてしまうのは悔しいけれど、これが今の僕の実力なのだ。


 でも、僕が失敗しても周りのメンバーがフォローしてくれることを目の当たりにできて、一気に気持ちが楽になったのも事実だ。


 こうして初めてのバンド参加は、ほろ苦い、だけど清々しい形で始まった。


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