第七曲 すれ違い
月曜日の放課後。
土日にバイトを入れてしまうと、休みなんて、あっという間に終わってしまう。でも土曜日は生まれて初めてスタジオに入ったし、最近とても充実していると自分でも思う。
そう言えば、ここ数日ゲーセンに行っていないし、『ボーッ』っとする時間も少なくなった。つい一週間前までは退屈な毎日だったのに不思議だな。
うん。この一週間で一年分会話していると言っても過言ではない!
……何て、僕も変わったよなあ……
これから祥と、弘子さんの現所属バンド『女神(MEGAMI)』のメンバーさん達と今後について話し合いをすることになっている。先輩メンバーさんも言いたいことあるだろうし、お互いに腹を割って話しましょう。と言うところだ。あくまでも円満に……ね。
待ち合わせ場所は、僕にとっては非常に遠い場所。東京にあるJR田町駅近くの喫茶店。田町駅って聞いたことも降りたことも無い。地元駅の藤沢駅からは電車で1時間くらいと言うことだったが、そんな長い時間電車に乗るのは、何年ぶりだろう……乗り換えもあるし、祥が居なかったら目的地まで行きつくことが出来たか微妙なところだ。
なぜこんな遠くの待ち合わせ場所になったのかと言うと、理由は単純で、弘子さんの通っている学校の最寄り駅が田町だから。こちらからお願いするのだから、相手の最寄りまで出向くのが筋だろうと言う話になったのだ。
確か弘子さんの家は、藤沢駅から江ノ電で数駅だったような……こんな遠くまで毎日通学してるんだな。僕には考えられない。
ちなみに、後で知ったのだけれど、弘子さんは都内で、いや、全国でもトップクラスの『超一流名門校』と呼ばれる高校に通学しているそうだ。そんなに頭良かったのか……人はみかけによらないなあ。って、言ったら弘子さんから怒られそうだな。言わないでおこう。
やっとのことで田町駅に到着すると改札で弘子さんが待っていた。
「翔ちゃーん! 祥くーん!」
大きく手を振る弘子さん。制服姿を初めて見るような気がするけれど、とても可愛い制服だ。
小豆色のブレザーで白いブラウスの襟元に緑地に黄色チェックのリボン。プリーツのかかったスカートはクリーム色で縁に黒いラインが引かれていて、長さはひざ上15センチくらい。紺色のニーハイソックスを履いていた。
改札を出ると弘子さんが腰をくねらせて、もじもじしながら照れている。
「どうしたの翔ちゃん? 私のことをじっと見て。恥ずかしいよ」
「あ、ごめんなさい。制服かわいいなと思って」
「制服だけ? なんて、私もお気に入りの制服なの。ありがとう」
弘子さんは笑って、クルッと一回転して見せ、スカートがひらりと翻る様に思わず見蕩れてしまう。
「弘子さん……ぱんつ見えちゃうよ?」
「おっと危ない」
笑いながら急いでスカートの裾を伸ばす弘子さん。隣で祥が僕たちのやり取りをニコニコと優しい目で見つめている。
「仲が良いのはわかったから、そろそろ行きましょうか」
「あ、ごめんなさい。こっちです。もう皆集まってるよ」
「伝説のバンド『女神(MEGAMI)』と話せるなんて光栄だな。緊張する」
祥が珍しく厳しく緊張した顔をしている。それだけ『女神(MEGAMI)』がスゴいバンドってことかな。あと、その彼女たちを説得しなきゃいけないってプレッシャーもあるのかもしれない。
弘子さんが案内してくれた喫茶店は、女の子が好きそうな、とてもおしゃれな店で、入口は全てガラス張り、ショーウィンドウには可愛い人形や綺麗な装飾が施されていた。ドアを開けると、おいしそうな沢山のサンドイッチが並んでいる。店自体は小さくて僕たちだけで店が満員になってしまう広さだった。
奥の席に弘子さんと同じ制服を着た高校生が4人座っていた。あの人たちが『女神(MEGAMI)』のメンバーか。なんか怪訝な表情をしている。そりゃそうか。メンバー1人引き抜こうとしているのだから怪訝な顔にもなるよな。
「初めまして。高倉祥です。こいつが弥勒寺翔」
祥が形式通りの挨拶をすると、先輩メンバー4人は緊張した面持ちで一斉に立ち上がった。
『ぶ、ブリドリの祥さん! 私たちファンで……! 会えて嬉しいです!』
僕たちは、予想外の反応にキョトンとして彼女たちを見つめた。怪訝な顔をしていたと思っていたけれど、それは誤解で彼女たちは『ブリドリの祥』を目前にして『緊張していた』らしい。祥は彼女たちの姿に優しく微笑み座るように促した。
「そんなに畏まらないでください。ただのクソガキですから。むしろ『女神(MEGAMI)』の皆さんと話せて光栄です。何回もライブ見させて頂きました」
祥からの言葉に『キャーッ』と盛り上がる先輩たち。何か、来る前に想像していた展開とは真逆で驚いた。これは良い意味での驚きだ。
「それで相談なのですが、単刀直入に言います。『女神(MEGAMI)』のベーシスト白旗弘子さんをブリドリのメンバーとして迎え入れたいのですがどうでしょうか……」
「お願いします!」
「お願いします!」
祥に合わせて、弘子さんと僕も並んでお辞儀をした。顔を上げて先輩たちの方を見ると、決心したかのように4人で顔を見合わせ、うなずきあっている。
そして……先輩たちのうちの1人、たぶんリーダーかな。優しい笑顔で自分たちの気持ちを語ってくれた。
『自分たちのために弘子さんがバンド活動を出来ないことは、ずっと気に病んでいたこと』
『自分たちが大学に進学、就職した後もバンドを続けるかは全くの白紙であること』
『自分たちから弘子さんに『別バンドに移る』ようにお願いするのは、弘子さんのことを傷つける可能性があり、中々言い出せなかったこと』
実は、弘子さんと先輩メンバー達の気持ちは一緒で、ほんの少しのすれ違いで、メンバー間の関係が拗れたようだ。相手の気持ちは『言葉にしないとわからない』とは良く言ったものだ。
「み、みんな……ありがとう……ごめんね……」
弘子さんはうつむき、真珠のような涙をポロポロと落とした。
『全く、弘子は泣き虫だね』
先輩たちは弘子さんを取り囲んで、ヨシヨシと娘を慰めるかのように頭を撫で、ハンカチを手渡した。『泣き虫』と言っている先輩達の目も潤んでいて、鼻をすすって涙を一生懸命こらえているように見えた。
店に入る時の覚悟とは違って、あの緊張感は何だったのだと言うくらい拍子抜けな結末だった--
最後に、先輩たちを今度のブリドリのライブに招待することを約束して、和やかに話が終わった。店から出て先輩たちに駅まで見送ってもらい、弘子さん、祥と一緒に電車に乗る。
「祥くん……今日はありがとう。本当にありがとう」
「いやいや、俺はキッカケを作っただけで、何もやっていませんよ」
「そんなことないよ。祥くんが居なかったら、きっと私は卒業するまでバンド活動できなかった」
「それは俺も困ります。弘子さんの音聞けないのは困りますよ」
祥は冗談めかして言っているように見えたけれど、照れ隠しで、実は本音なんだろうな。スタジオでの弘子さんのバンド演奏をしている姿は誰でも見蕩れて魅了してしまうに違いない。
「それより祥くん。当初メンバーの3人から、私を含めて倍の6人になったけれど、これ以上増えないよね?」
「いやー、さすがに6人で限界ですね。これ以上増えたらオーケストラになってしまいますよ」
「良かった。安心した!」
「はい。『ブリドリのメンバー』は、これ以上増えません」
……え?
ブリドリのメンバー『は』、これ以上増えない?
何か意味あり気な言葉だな……祥が更なるサプライズを企んでいることを、この時、まだ僕は知る由もなかった。




