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第四曲 新メンバー加入?


 祥が弘子さんのことをバンドに誘っているが、どう言うことだ? 彼だって弘子さんが既に『女神(MEGAMI)』のベーシストであることは分かっているはずだ。


 むしろ僕は祥から弘子さんが『女神(MEGAMI)』のベース担当であることを聞いたのだ。それがわかっているのに、他バンドの正規メンバーなのに、あえて弘子さんを誘うのは何故なんだ?


 無謀すぎるだろ。弘子さんは口をぎゅっとつぐんで頬を膨らまし困惑の表情を見せる。


 それはそうだよ。今の弘子さんの立場を考えたら祥の要望に了承できる訳が無い。弘子さんは数分考えた後に重い口を開いた。


「祥君は、私が『女神(MEGAMI)』のベースをやっていることを知っているよね?」


「もちろんです。伝説のバンド『女神(MEGAMI)』の伝説のベーシスト白旗(しらはた)さん」


「伝説かどうかは置いておいて……私が他バンドに所属していることをわかっていて、ブリドリに勧誘するのは何故なのか根拠を教えてもらっていいかな? これは責めてるのでは無くて素朴な疑問だから誤解しないでね」


「もちろんです。だって、『女神(MEGAMI)』は開店休業で事実上の休止状態じゃないですか。そんな状態のバンドで白旗さんをバンド活動休止状態で腐らせておくなんてもったいない。もったいないおばけがでちゃうくらいに勿体無い」


 もったいないおばけって……

 根拠を聞くと祥が弘子さんを誘う気持ちも良くわかる。『女神(MEGAMI)』は高校3年生4人と高校2年生の弘子さんで構成されるバンドだ。


 理津美からの話だと高校3年生組の後輩にあたる弘子さんの意見は先輩メンバー達に通し辛いこと、さらに先輩達は受験期に入っていることもあってバンド活動を休止せざるを得ない状況にあると言うことだった。


 確かに、まだ高校2年生の弘子さんがバンド活動を制限されているのは可哀そうだし勿体ない。そもそも高校三年生組の受験期が終わったら今度は弘子さんが受験期に入ってしまうのだ。


『女神(MEGAMI)』の活動休止している今の状況が解消されるのはいつのことになるのか、今のメンバーのまま継続できるのか全くの白紙と言うところだろう。


 弘子さん自身も今の状態が良くないってことくらい分かっているはずだ。弘子さんは腕組みをして考えている……ていよく祥を傷つけずに断る理由を探しているようだった。


「勿体ないって言われてもね……それにブリドリにはベース新担当の翔ちゃんがいるじゃない? 私の入る余地はないでしょう」


「入る余地ありますよ。アリアリですよ。余地があるから誘っているのですよ」


「どういうこと……?」


「ツインベースです」


「ええっ?!」


 驚きの声は弘子さんだけでは無くて、僕も含めた祥以外のメンバー全員の叫び声だ。祥が弘子さんを誘っている様子を見て、皆は聞き耳をたてていたようだ。周りの反応を見て祥は満足気に微笑んでいる。


 ところで、ツインベースってなんだ……?


 バンドのメンバーの中にギターリストが2人いる体制のツインギターなら聞いたことがある。ツインベースはツインギターのベース版ってことなのかな……と言うことはベーシストが2人居ると言うことか。そうだとしたら僕としては、カバーしてくれる人が出来て心強い。


 それにしても祥の思考は皆の想像を遥かに超えている。祥が僕に弘子さんを誘うように頼んだのは、弘子さんに僕のベースの先生を頼むことだけでは無くて、真の目的は『弘子さんをブリドリに勧誘すること』だったようだ。祥の欲望は果てしない。


「ツインベースなんて知識はあっても実際に導入しているバンドなんて見たことが無いと言うかもしれないし、独特の重低音がぶつかり合って音を壊してしまうって否定する人が多いのも把握しています」


「そうね。確かに私もベース同士の低音ってぶつかりやすいと思う」


「だけれども、あえて俺は挑戦したいと思うのです。白旗さんが現状バンド活動を制約されている状況と言うのは、神が俺に『白旗さんとツインベースのバンドを作れ』って言っていると思っています」


「神から言われているなんて大袈裟おおげさね。嬉しい誘いだけれど即決はできないかな。今、休業中とは言ってもバンドに所属しているのは事実だしツインベースなんて祥君の言う通り見たことが無いし、言うまでもなくやったことも無い。私にできるのか想像がつかない」


「否定の言葉『ないない祭り』ですね。やったことがないからやらないなんて、白旗さんらしくないですよ。ちょっとこれ弾いてもらえますか?」


 祥は弘子さんに楽譜を手渡した。いきなり楽譜を渡された弘子さんは面喰(めんくら)っていたが、少し考えた後、楽譜に目を通して鼻歌をうたった。譜面を見ただけでメロディがわかるとか、さすが現役のベーシストさんだ。


「おっけい!」


 弘子さんは楽譜を床に置き、ベースのチューニングを終わらせた。


 ドゥワン! ドゥドゥドゥドゥ……


 譜面を一通り見終わった弘子さんは、ベースを持ち『譜面を見ない』でベースを弾きだした。重低音が響き渡る凄い迫力の演奏だ。一回見ただけで譜面を覚えてしまったらしい。彼女の頭の中はどうなっているのだろう。今からライブやると言われても普通にできそうだ。


「今ひろぽんが弾いているのスラップ奏法って言うテクニックだよ!」


 理津美が僕の耳元で叫ぶ。弘子さんの右手の指先をよく見てみると、中指を弦の下に潜りこませて引っ張って、その反動を利用して親指を弦に叩きつけているようだ。


 この弾き方をスラップ奏法って言うみたいだ。弘子さんの目線は僕の方を向いていて全く弦、ベースを見ていない。弘子さんって、どのくらいの期間ベースをやっているのだろうか。ベースが身体と一体化しているように見える。


「弟! ベース借りるよ~」


「う、うん」


 祥が僕が持っていたチューニングが終わったばかりのベースを受け取ると弘子さんに合わせてベースを弾きだした。音がぶつかるどころか、さらに重低音に厚みが生まれ大迫力になっていた。


 この曲……前に祥が僕に渡してくれた『金のルージュ』だ。


 この短期間でツインベース仕様にアレンジを入れたってことか。彼らの演奏を見ていると自分が同じようにベースを弾ける気がしない。もうツインベースじゃなくて弘子さんのソロベースでいいんじゃないかなと思うくらいだ。


 次のライブで、僕は『金のルージュ』を弾かなくて良いんだよな。あんなの何年経験を積んでも弾ける気がしない。


 祥と弘子さんがベースを弾いているところに、今度は哲太のドラム、理津美のキーボードが入った。


 ブリドリに入ったばかりの理津美が当り前の様に、今までもブリドリのメンバーであったかのように、メンバー、音の中に溶け込んでいて、陰で相当練習したのがわかる。


 今は祥がベースをやっているけれど、本来はツインベースにギターが入るのか。祥の想定としては弘子さんと僕がベースを弾いて、彼がギターを弾く体制だけれど、本当に僕が、この超高レベルのバンドで音を崩さずに演奏出来るのか不安になってくる。


 ……これでお膳立てが出来たと言うことで、最後に拓人のボーカルが入った。実際、この曲は女性が歌っていたのだが、高音の甘い拓人の美声に曲がマッチして良い意味で本来の歌とは違った印象で心に響いた。


 弘子さんの目が嬉しくて楽しくて堪らないと言う感じでキラキラ光り、頬を赤らめ水を得た魚のように演奏している。

 バンドで演奏するのは久しぶりなのかな……彼女の姿を見ていると祥の言う通りブリドリに入って貰いたいと切実に思う。まあ、彼女の先輩のことを考えると簡単には行かないことなのかもしれないけれど祥なら何とかしてくれるんじゃないかと思ってしまう。


 弘子さんは今『女神(MEGAMI)』のメンバーの中で一番年下ではあるけれど、理津美いわくバンド内でテクニックと人気ともに一番だと言うことだ。そんな最重要メンバーを先輩たちは素直に手放してくれるのかな……


 まずはブリドリのヘルプメンバーとして入って貰って徐々に正規メンバーとして迎え入れるのが現実的では無いのかなと思ったりもする。


 演奏が終わるとメンバー達のハイタッチ合戦が始まり演奏の大成功を祝い合った。祥が弘子さんに握手を求め、弘子さんは祥との握手を一瞬ためらったが苦笑いして差し出された祥の手を握った。


 たぶん、弘子さんの気持ちとしては祥との握手は『ブリドリのメンバーになる』と言う回答になってしまうのでは無いかと思って、一瞬の躊躇ちゅうちょがあったのだろうな。祥は握手に応じた弘子さんのことを見て、彼女の気持ちを感じ取ったようだ。


「どうですか……? やっぱりバンドマンって演奏してナンボですよね」


 祥からの言葉を聞いて弘子さんは複雑そうに首を傾けて微笑んだ。



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