第七曲 継続は力
『次のライブは1か月後』
こんな無茶苦茶なプランを提示されて、タダでさえプレッシャーなのに更に重圧が重く伸し掛かる。
だけど……だけどだ。祥と一緒ならやり遂げられる……気がする。根拠は何もないけど出来そうな気がする。 それは他のメンバーの表情を見ても同じ気持ちであることを感じ取ることができる。本当に祥は不思議な男だ。
「そうだ弟。これとこれ。あげるよ」
隣にいる祥が僕に2つのボールを手渡した。硬いボールと柔らかいボール。……なんだこれ? バンドだけじゃなくて野球チームにも入れってことか?
「少年野球で使う『軟球』とゴムボール?なにこれ?」
祥は僕が怪訝な顔をしているのを見て楽しむかのように答えた。
「軟球は左手の各指と指の間に順番に挟んで関節を柔らかくするためのものだ。ゴムボールは繰り返し握って握力をつけるためのもの。上手く使い分けてベースを操れる身体になってくれ」
ああ。なるほどね。軟球を人差し指と中指の間、中指と薬指の間と言う風に深く挟むようにすれば関節が柔らかくなるってことか。
ゴムボールは何回も握ることによって握力が鍛えられる。この方法だったら、いつでも気軽にできそうだ。初心者向けの練習ってことか。
「わかったよ。できる限りのことはするよ」
「さんきゅ弟。楽しみにしてるよ」
祥は僕の頭をポンッと叩いた。髪の毛がくしゃっと潰れる。まあ、1か月で見違えるほどの関節の柔らかさや握力がつくとも思えないが、『継続は力』と言う言葉もあるし地道にやっていこう。
「弟君。スコアはスタジオに来た時に渡すよ。今渡してもイメージつかないと思うから」
「すこあ……? 得点? なんの?」
「ああ、ごめんごめん。スコアって言うのは音楽で言うところの楽譜さ。音符を読むのは難しいと思うからタブ譜を付けておくよ」
「たぶ……ふ?」
「おおおー! これは新鮮だな。やり甲斐がある。タブ譜と言うのは、ギターやベースで弦の押さえる位置が書いてあるものだ。これをみれば初心者でもベースを弾くことが出来る」
「へー……」
僕はわかるともわからないとも言えないような反応をした。きっと実物を見ればわかるだろう。何もない状態で説明を求めたところで余計に混乱してしまいそうだ。
「何だよ。その、気の無い返事は。片瀬との約束通り弟にやってもらうのは1曲だけにする。が、がだよ。たぶんね。弟は1度始めたら1曲じゃ物足りなくなると思うのさ。だから、その時は遠慮なく言ってくれ。ちゃんと準備しておくからさ」
「いやーそれは無いでしょ。もう1曲でお腹いっぱいだよ」
僕の言葉に祥はシャボン玉が弾ける様に笑った。祥の笑顔は太陽の様にとても眩しかった。これから起こる出来事を予期するかのような笑顔だった。
「さあ! 『新生A Brief Dream To You』活動開始だ!」
「おー!」
祥の号令に合わせて皆の手が挙がった。




