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第六曲 方針転換


 もともと3人だったブリドリに僕と理津美が入って5人になる。まあ、僕は1曲だけだけれど。


 それに今まではメンバーは男だけであったが、女子の理津美が入ることでバンドの方向性も変わるのではないだろうか。

 それより僕もバイトの合間を縫ってベースの練習をすることになるだろうから、思った以上に大変に違いない。次のライブまでの期間必死になって練習しなければならない。


 1曲とは言え早くても3か月くらいはかかるのではないだろうか。いや、楽器に触ったことも無いのだから3か月では済まないだろう。祥は、ほぼ自分の思い通りに事が進んで上機嫌なようだ。これ以上無いような笑顔で宣言する。


「ブリドリは、生まれ変わる!!」


 言い切った。確かにメンバー2人増えたら音にも影響が出るだろう。それは素人の僕にもわかった。ベースとキーボードが加わる訳だから、他のギター、ドラムとの繋がりも見直さなければいけないかもしれない。


 まあ、歌詞は変わらないだろうからボーカルの拓人には影響ないか。さて、どんな風に生まれ変わるか祥からの言葉を待つことにしよう。


「まず、今後、歌詞は全て日本語にする。今までの英語の歌詞は捨てる」


「ええ?! せっかく覚えた英語が無駄になるじゃねえか! 何言ってくれてんだ祥! それに次のライブに向けてイチから覚えなきゃいけないし、何が大変って、作詞作曲する祥が一番大変じゃねーの?!」


 ボーカルの拓人が噛みつく。そりゃそうだ。ブリドリのオリジナル曲は数十曲あるに違いないし、拓人は死ぬ思いで歌詞を覚えたことだろう。歌詞の言語が変わるってことは、極端な話、ブリドリは解散して別バンドとして再結成したのと変わらないのではないだろうか。


 僕としては日本語にしてくれた方が意味もわかるしやりやすいが、メンバーとしては納得がいかないところだろう。


 祥は、さすがに申し訳なさそうな顔をして拓人をなだめる。


「弟だって、イチから音楽を初めるんだ。俺たちだって同じ土俵に立ちたいと思ったし、英語の歌詞だと俺が作ることになるけど日本語の歌詞だったら他のメンバーでも作詞できると思ってさ。哲太はどう思う?」


「俺は祥に任せる。英語だろうが日本語だろうが関係ない。それより一番心配なのはファンの反応だな。あとは祥の体力。次のライブが何時いつだかわからないけど作詞作曲をイチから始めるとしたら気が遠くなるほどの時間がかかるだろう」


 さすがドラムの哲太は冷静だ。腰が据わっていると言うか、懐がデカい。

 確かに今までのファンはブリドリの次のライブが全て日本語歌詞だったら驚くだろうな。


 しかも全て新曲だ。ファンの反応は『盛り上がる』か『批判を浴びるか』の両極端、どちらかになるに違いない。祥は大きな賭けをしたと言うことだろう。


「次のライブは、1か月後だ」


 祥は、決意したかのようにテーブルの上で手を組んだ。僕の手から祥の手が離れてホッとしたが、ちょっと待てよ?


 ……1か月?


 作詞作曲してメンバーが覚えてバンド内で合わせて1か月?

 いくらプロ級のバンドと言ったって無理じゃないか? それは拓人の反応を見てもわかる。と言うか、僕も1か月でやれってことか。拓人が悲鳴を上げる。


「おいおいおいおいおい。祥さんの頭はどうにかなってしまったのかい? 今から1か月で新規10曲以上とかありえないっしょ?」


「さっきも言ったけど、前から考えていたことだし、数曲は出来上がってる。皆に今日SNSで送るよ。もちろんキーボードも入っている。ベースも入れてあるけど、それは機会があったらでいいや」


 祥は、拓人の反応を予期していたようだ。準備していた答えを淡々と語る感じ。拓人は何も言い返せなくなっていた。むしろ、この言葉を聞いて諦めたようだ。


「わかったよ。歌詞が日本語になって安心した俺もいるし、今まで新曲が出来る度に意味も分からず発音だけ必死になって覚えるプレッシャーが無くなったから良しとするわ」


「さんきゅ。拓人」


 シナリオ通りとは言っても、拓人が納得するかが肝だったのだろう。祥はため息をついて、椅子にもたれ掛かった。


 ……って、いつの間にか、また僕の手を握ってるじゃないか!!


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