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第五曲 弘子さんの相談


 バイト終了時間22時。俺と弘子さんは藤沢駅前のファミレスで夕食を取ることになった。


 弘子さんは大きいギターケースを背負っての移動。とても重そうだ。ギターケースも重そうだけど空気も重かった。弘子さんは、うつむいて僕の後ろをトボトボとついてくる。


 僕は先頭に立つタイプでも無いのだが、事情が事情だけに黙って歩いた。ファミレスまでは歩いて5分程度なのだけれど、とても時間が長く感じて何キロも先の目的地を目指して歩いてる感じだった。


 ようやくファミレスに着き、店員から席に通される。


「よっこいしょ」


 弘子さんは重そうなギターケースを下ろして席に座った。そして、申し訳なさそうに僕に声をかけた。


「翔ちゃん。ごめんね。いきなり誘っちゃって……」


「いえいえ。とんでも無いですよ。ところで話って何ですか?」


 時間も時間だし、話は早く聞いてしまった方が良いだろう。確か弘子さんの家は電車に乗らないと帰れない。終電無くなってしまったら冗談にもならないよな。もちろん弘子さん自身、わかっていることだとは思うけどね。


「うん。話って言うのは翔ちゃんのブリドリ参画について。さっきは祥くんが来て途中で話が切れてしまったし、落ち着いて話をした方が良いと思ったの」


 なんと! さっき弘子さんがバイト先で落ち込んだ様子だったのは、弘子さん自身のことではなくて僕のことを真剣に考えてくれていたのか!

 今まで弘子さんのことを姉みたいに思っていたけれど、これほどまでとは思わなかった。


「そうなんですね。僕自身、迷ってしまっていて……バンドに入るのは簡単かもしれないけれど継続できるか。不安で仕方が無いのです」


「そうだよね。不安だよね。翔ちゃんにとって、バンドは未知の世界だろうし、そもそもベースって何?!って感じだよね。丁度ベース持って来ているから見せてあげるよ」


 弘子さんは大きなギターケースのファスナーを開けてベースを出した。


「でかい!!」


 思わず声を上げてしまった。近くで見ると想像より大きい。弘子さんは驚いている僕の様子を見て笑う。


「あはは♪ その通りだよ。一般的にギターよりベースの方が一回り大きいの。それで『ギターは6弦』で『ベースは4弦』。ベースの方がギターより低い音を出せるの」


「へぇ! すごーい!!」


「ベースはね。正式名称はベースギターって言うの。ギターより低音でバンドのリズムを支える重要な役割」


「そうなんだ? リズムと言えばドラムをイメージしていたけどベースもリズムを支えるのか」


 僕の言葉に対して、弘子さんはニッコリと微笑んだ。どうやら解釈は間違っていなかったと言うことらしい。そして、弘子さんはハッキリと言い切った。


「翔ちゃん……ブリドリ。やるべきだと思う!」


「いきなりなんすか?」


「あのね。翔ちゃん。ブリドリ入るか迷っているって言ったよね? 何故迷っているか。『自分がバンドに入ることでメンバーに迷惑をかけてしまうから』違う?」


 弘子さんに心を見透かされてしまっているようだ。


「その通りです。素人の僕が人気バンドに入って挫折してしまったら迷惑をかけてしまう。それが嫌なんです」


「だよね。確かに祥くんたちに迷惑を掛けてしまうのは気が引けるよね。でも。でもだよ? むしろ祥くんは翔ちゃんに『迷惑を掛けて欲しいと思っている』んじゃないかな? それだけ翔ちゃんのことを見込んで、祥君はバンドに誘ったんじゃないかな?」


「『迷惑を掛けて欲しい?』 どういうことですか?」


 弘子さんの意味不明の言葉に僕は混乱した。


「だって考えてもみなさい? 自分が超人気バンドのメンバーだとして、普通ね? 楽器をやったことの無い人をメンバーに入れようと思う?」


「思わないです」


「でしょ? なのに、あえて素人の翔ちゃんを誘った。ブリドリレベルの人気バンドだったら他にもメンバーになりたい人たくさんいると思うよ?」


「そうですよね。芸能事務所からスカウトされるレベルなんだから、もっと他にベース上手い人でブリドリ入りたい人たくさんいますよね」


 確かにそうだよな。

 あれだけの超有名バンドなのだから、わざわざメンバーを誘わなくても、ある程度のテクニックを持っていたらブリドリに売り込む人も居たに違いない。今まで、祥達は売り込んできた人を『全て断っていた』と言うことだよな。


 さすが弘子さんの分析力はすごいな……弘子さんは念を押すように僕を諭した。


「たくさん居るだろうけど、あえての翔ちゃん」


「はい」


「それって相当の覚悟があると思うよ? 上手く行かなくて当り前。祥君は、むしろ翔ちゃんに潜んでいる実力を見込んで困難を乗り越えて成長したいと考えた……と思う」


「!!」


 僕は、ハッとした。自分の事しか考えていなかった。祥目線、祥の立場で考えていなかった。

 そうか。祥からすれば、僕が最初から上手くやれるなんて思っていないんだ。『信頼していない』と言う意味ではなく俺の成長を『長い目で見る覚悟ができている』からこそ、僕を誘ってくれたんだ。


 僕の顔を見て弘子さんは微笑んだ。


「本当に翔ちゃんって素直だよね。考えていることが顔に出てるよ。少しはスッキリしたかな?」


「はい! 悔しいけどスッキリしました!」


「それは良かった。これで前向きに悩めるようになったかな? 後ろ向きに悩むより、前向きに悩んだ方が楽しいよね」


「確かにそうですね。ありがとうございます」


 弘子さんの言葉に、一気に気が楽になった。ここに来るまでは弘子さんのバンド「女神(MEGAMI)」についての相談かと思ったが、僕のことを心配してくれていたことがわかって嬉しかった。


 この場で「女神(MEGAMI)」について触れるのは、やめておこう。きっと時が来れば弘子さんから話をしてくれるだろうから……


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