こたつ怪異譚
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と、内容についての記録の一編。
あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。
こたつ、こたつー! もう我慢できないわ。
ほらほら、あなたもセッティング手伝って。こたつ布団は用意するから、本体と乗せる板を持ってきてよ。今日の残りはもう、温まるだけの簡単なお仕事にするんだから。
ふへ〜、極楽極楽。こたつと、背もたれがついたクッション座椅子! この組み合わせのフィットっぷり! 「ああ、冬の天国極まれり」ってところね。
――そんなに頻発したら、極楽や天国のありがたみが薄れる?
はいはい。空気読まないマジレス、ありがとうございますぅ。でもね、今の私たちはある意味での天上人かもよ。
私たちが使っている置ごたつ、江戸時代に原型が作られたことは知っているわよね? 当時は「こたつ開き」の日が決まっていて、旧暦10月、最初の亥の日。つまり、イノシシの日となっていたわ。
その日が来るまでは、いかに将軍様であろうと、こたつを使うことはかなわなかったみたい。
そして、こたつ開きが来ても、最初に使えるのはお武家さんだけ。庶民は次のイノシシの日まで待たなくてはいけなかった。この間は、20日前後の開きがあるわ。
すなわち、二回目のイノシシの日以前にこたつを出している私たちは、少なくとも庶民を超えた存在というわけよ。
いわば神! どーよ、この完ぺきな方程式!
――神を僭称する奴の末路なぞ、腐るほど知っている?
ほんと、物書きって口が減らないわねえ。でも、そんなあなたが釣れるエサ、私が把握しているの、忘れていないわよね。
面白い話。――ほーら、目の色が変わった。
そんじゃ、ぬくぬくしながらこたつにまつわる話、いってみましょうか。
こたつの持つ魔力は、寒いと感じている人をひきつけるばかりじゃない。入っている人の眠気を誘発する効果もある。
理由について、一言でいえば、「頭寒足熱」。頭が冷えて、足が温まると眠気が誘発されるのね。
人間の体は、内臓が熱を帯びていると、なかなか眠れないようにできている。
そこで足を暖め、体の血をそこへ集める。すると血と一緒に、身体の各所から熱が運ばれて足へ届けられ、代わりに頭などは冷えて働きが低下。
頭は冷えると、メラトニンという物質を出す。これは身体のお休みモードを促す効果を持ち、したがって熟睡の準備が整う……という手はずよ。
そうなると「足を暖めるため、こたつで眠るのは理想的じゃ?」という考えをする人も出てくるでしょうね。
ところがどっこい。こたつで寝ることは、とっても身体に悪いのよ。今は科学的にダメな理由がいくつも挙げられているけど、それらが判明する前。
私の地元で起こった、こたつをめぐる事件が、今回の話よ。
こたつに入っていた男の子が昏睡状態に陥った。この知らせが町に広まったのは、江戸時代も終わりに差し掛かっていた頃。
事情の聴取が行われたところ、その朝、親たちが目覚めた時、八歳になる息子の姿が見当たらなかったそうね。
昨晩、その子が眠っていたはずの布団はすっかり冷たくなっており、出てから相当の時間が経っていることをほのめかしていた。家の中を見て回った母親が、やがてこたつの中に足を突っ込み、寝転びながら目を閉じている息子を発見したの。
その時は、寝ているだけかと思った母親は、火の用心を優先。置ごたつの中にある火鉢の火を消そうとしたんだけど、すでに鉢の中は白い灰。熱気はこたつ布団に囲まれたその空間に、ほんのりと漂うだけだった。
ひとまずの安全を確認した母親だけど、いざこたつの中から息子を引っ張り出し、肩を叩いたけれど、反応がない。耳元で名前を呼んでも、水に顔をつけても同じ。呼吸だけは辛うじてしているけど、意識が戻らない。
すぐに医者のもとへ運ばれたけど、息子は昏睡状態のまま、何日たっても回復しなかった。
これは大きな衝撃を呼んだの。
当時は今よりもずっと寒い時期が続いていて、冬場の暖房はひときわ欠かせないものだった。その有力候補のひとつが禁じられるとなれば、不便なことこの上ない。
こたつの使用を我慢できず、その結果、同じような症状を起こしてしまう者も現れたわ。それらの事例が照らし合わされて、原因が探られた。
共通点は、いずれもこたつに入っていた際、どこかしらで意識が途切れた経験があること。これは、一緒にこたつに入っていた人の証言によるもので、短時間の失神か、本格的な眠りかは個人によって差がある。
それを何度か繰り返すうち、いずれ何に対してもほぼ無反応な状態に陥ってしまうというものだったわ。もしもひとりでこたつに入るなどの、注意する人が周囲にいない状態で、眠ってしまったら危険というわけ。
必ず複数人でこたつを利用すること、という一時しのぎの注意が成され、その間に有識者たちの分析が続いていたわ。
当初、有力視されていたのが、火鉢の中身の燃焼による、有毒な物質の生成。それが呼吸器に深刻な影響を与え、意識障害をもたらしたのだと。
けれど報告例の中には、数人で同時にこたつへ入りながらも、横になってまぶたを閉じてしまった一人のみが、症状に見舞われたというものが、ちらほらと見受けられる。もしも有毒な物質が出ているのなら、至近にいる他の者にも同じ症状が出ないのは、不自然。
医者たちが科学的な歩み寄りを続ける一方、伝統的な祈祷やお祓いに依る高僧たちは、最初の被害者である、庶民の息子。彼がこたつで寝転んでいた場所の畳を取り寄せたわ。他の者たちが寝転んでいた場所の、床板なども同じく。
数日間に渡り、僧たちによって丹念にそれらが調べ上げられた結果、ある実験が試みられることになったわ。
とある寺の境内に、人が集められる。境内の中央には、大人が数人寝転ぶことができるほど大きな布団が敷かれ、その上に置ごたつが乗せられていた。
研究をしていた高僧たちが、こたつの四方を囲むように立つと、ひとりが周囲にいる者へ、次のような手はずの儀式を行うことを呼びかけたの。
これからこたつに火を入れ、自分たちが四方からその中へ足を突っ込みつつ、寝入ること。
周囲にいる者は、自分たちが目を閉じてから600の拍を数え、それが終わったら速やかに自分たちをこたつより引き出し、覚醒させること。
起きたら、同じように600拍を置いたのち、再び自分たちはこたつに入って同じ動作を取ること。
この流れを5回続けること。
これまでの事例から鑑みるに、半ば自殺行為といえる。けれども、僧たちは実際に行ったの。見ている者は、僧たちのいずれかが症状を引き起こしてしまうのではと、はらはらし続けていたらしいわ。
僧たちはというと、起き上がるたびに小僧さんたちが用意した、青菜の汁物をゆっくりと時間をかけてすすり、ふとんの端で、次のこたつ入りの時を待ったとか。
そうして、一刻近くをかけた儀式が終わった時、僧たちは、いずれ身体がすっかり冷え切っていたけれど、意識は保たれていた。
うまく進まなかった時を見越してか、続く指示はすでに紙へ書かれており、一部の小僧さんたちに託されていたの。
その小僧さんたちはこたつを片付けると、めいめいが手にした小刀で、こたつが乗せられていた敷布団に、刃を入れ始めたわ。
かの僧たちが寝転んでいた箇所を、人形を取るかのごとく、丁寧に。
それが済むと、裂かれた4つの布団の一部は、切られた部分を改めて縫い合わせられ、等身大の膨らみとなったわ。今の感覚でたとえれば、抱き枕ってところかしら。
「これらのいずれかを、今も寝入っている者たちに抱かせなさい」
いまだ、顔に青さが目立つ僧の一人が、そう指示を出したわ。
ほどなく、町の各所に散った枕たち。これにしがみつくような形でくっつけられた、今までの被害者たちは、早いもので四半刻。遅いものでも翌日には、意識を取り戻したそうよ。
身体に衰えが見られる者もいたけれど、それは眠り続けていたがための鈍り。適度な運動を重ね、少しずつ体力を取り戻していったそうよ。
僧たちいわく、自分は彼らから離れていた守護霊を戻す手助けをした、とのこと。
眠りとは死に近いもの。それがあまりにこたつに入っている時にもたらされるから、守護霊もてっきり、お役目御免かと思い込み、身体から抜け出て畳や床にしみ込んでしまったとのこと。
一度、離れた場所へ戻るのは、誰でも決まりが悪い。だからあの布団に、自分たちの守護霊の一部を託した。元の場所へ戻るための仲介とするために。
それを合図と目印にして、彼らは本来の仕事場へ戻れたのであろう、と語ったそうよ。




