8.発覚
美砂子は、母親に連れられて散歩へと出かけた。本当は美砂子は行きたくなかった。それは、言うまでもないが、太平と遊ぶことなど絶対に不可能であるからだ。母親にそんなことを言い出そうものなら、本島に強制送還もいいところだろう。今日は、習い事の関係で、正午前の2時間が散歩の時間と決まった。
「いつもどこを散歩しているの?」
母親はやけに優しく美砂子に問いかけた。
「わからない。明秀が連れて行ってくれるところだから」
嘘に嘘を重ねるとそのうちぼろが出てしまうことは、この年齢の美砂子にはまだはっきりとわかっていない。ただ、明秀は、絶対に自分の見方であるし、いざとなったら自分をかばってくれると信じていた。
「それじゃあ、貝殻を拾ったところもわからないのね?」
「うん」
美砂子は、ぎこちなさを隠すために、自然に、自然にと心に何度も何度も呼びかけて、自然な笑顔、自然な受け答えを試みた。
無事に1日目の散歩は終わった。
しかし、母親は、何か推測に過ぎないことではあるが、確信しているようだった。それは、美砂子が散歩の間に、異常なことをしている。異常なこととはどんなことか?それは調べてみないとわからない。それで、今後も散歩に付き添うことにしたのだった。
普段、母親は自分の趣味(と言っても高尚なものだが)や、美砂子の教育方針に関する考え事などに時間を使うことがほとんどで、外に働きに出ることなどはもちろんなかったし、家事をすることもなかった。ただし、料理は別だった。母親は料理を家事という単語のくくりに収めていなかった。それは、母親というものは、子供に手料理を作るものだという確固たる(固定的な)概念を持っていたからである。
2日目の散歩は、午後3時から1時間半の予定で行われた。美砂子にとって、この散歩が2日前とは全く違う意味を持っていた。一つだけ、恐れていることがあるのだった。この島の中を散歩することにおいては避けられない、あることが・・・。
そのことは、早くも2日目にして起こってしまったのであった。
「あ、ミーコ!」
太平は、母親と2人で仲よさそうに歩いている美砂子に呼びかけた。太平は、少し遠くの岩の上に立っていたため、母親の目には入っていないようだった。そもそも、母親の中に美砂子=ミーコの定義はないのである。
美砂子は、「来ないで」と心の中で思った。そして、体中から変な汗がにじみ出してきた。今、この場をいち早く離れたい。どうにかして、太平の存在を母親に知られることなく、ここを立ち去りたい。そればかりを考えていた。
「お母様。トイレに行きたくなっちゃった・・・」
美砂子は、苦し紛れの言い訳をした。
「あら大変。どうして、出かける前に行かなかったのよ?」
「・・・」
「しょうがないわね。帰りましょう」
事は美砂子の思い通りに進む、・・・はずだった。
太平は、呼びかけたのに、美砂子が振り向きもしなかったことから、自分の存在に気づいていないのだと思った。そして、何度も叫ぶよりも、そこまで駆けて行ったほうがすぐに気づいてもらえると思い、何も知らず、そこへ駆けて行った。
「よう!ミーコ」
お屋敷へと引き返す途中だった2人に追いついた太平は元気よく言った。このとき、美砂子の半径3メートル以内には、自分を含め3人しかいない。どうかんがえても、この少年、太平は、美砂子に話しかけているとしか考えられない。子供でもそんな風に考えられるのであるから、横にいる大人の母親が気づかないはずがない。
「あれ?美砂子のお友達?」
母親は、小さな太平少年の目線に合わせてしゃがみこんで、小さな子供に話しかけるように優しく話しかけた。
「そうじゃ、そうじゃ。2人だけの秘密基地も持っちょる」
秘密基地を持っていることをしゃべってしまったら、それはすでに秘密基地ではないではないか、と美砂子は一瞬考えたが、すぐにそんなどうでもいい考えは吹っ飛んだ。
「今日は、美砂子、忙しいの。また今度ね」
母親は、なおも太平少年に優しく話しかけた。物分りのいい太平は、こくりと頷いて、美砂子に「バイバイ!」と言って走って去っていってしまった。
これで何もかも終わった。美砂子は一瞬にして、しかし、すべてを悟った。
お屋敷に帰るまで、母親と美砂子は一言も話をしなかった。美砂子は、その無言の母親を解釈することに混乱していた。どうかんがえても、ここは怒るべきところであると美砂子でも十分わかっていた。
「明日、本島へ帰るから今夜のうちに準備をしなさい」
お屋敷の門をくぐった母親は、こうとだけ美砂子に言い残し、すたすたとお屋敷の大きな扉の中へと吸い込まれて行ってしまった。