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5.祭り

 太平が、美砂子の竿にかかった大物を逃がす少し前、秘密基地で一緒に過ごしていたときに美砂子に島の夏祭りの話をしたことがあった。

「夏祭りはな、いろんな店が出て、歌をうとうたり、盆踊りを踊ったりして、みんなで盛り上がるんじゃ。最後はみんなで花火大会をやるんじゃ。金がねぇから空には打ちあがらんのじゃがな」

 美砂子は目を輝かして、秘密基地の中に作られた美砂子の椅子に座っていた。その椅子とは、中に古本をいっぱい敷き詰めたダンボール箱である。太平は、その上に自分の家から持ってきたレジャーシートを敷いて、美砂子の服が汚れないように工夫した。なぜそんなことをしたのかというと、最初にダンボールだけで作ったときに

「これじゃあお洋服が汚れちゃう」

と、美砂子が言ったからであった。

「そうじゃ、今度の夏祭り、ミーコに見せちゃる」

 太平は、美砂子に夏祭りの日を告げた。美砂子は、絶対に行くからと何度も何度も言った。


 太平と会うと美砂子は釣りに行くことが多かった。ミミズは未だつけられなかったが、何匹か魚を釣り上げることが出来るまでになっていた。しかし、未だ魚も満足に触れていなかった。

「ター君。とって、とって」

 美砂子は魚が連れるたびに太平に頼んだ。太平は特に嫌がることもなかった。

「しょーがないのぉ」

といいつつも、自分が頼られていることがとてもうれしかった。


 そして、ついに、美砂子が大物をヒットさせたが、太平が逃がしてしまうという出来事があったのだった。



 お屋敷に帰ると、美砂子はトイレに入り、必死に白のワンピースについた茶色い土の汚れを洗い流そうとした。明秀とお屋敷に帰る途中では、ずっと汚れている箇所を見せないように歩いていたため、明秀には、バレていないようであった。

 何度も何度も水をつけて、こすってみた。服が今にもびりっと破れそうだった。それでも美砂子は必死にこすった。何度も何度も。しかし、一向に汚れが落ちる気配はなかった。美砂子の目からは涙が溢れてきた。これは、服が汚れた事の悲しみではなく、これが母親にバレてしまったときのことを考えてであった。


 仕方なく、トイレから出て、自分の部屋にとぼとぼ戻った。そして、クローゼットを開け、他の服を取り出して着替えた。まだ目からは涙が溢れていた。

 さっきまで着ていた白のワンピースをクローゼットの中に隠し、習い事に出るために目の涙をハンカチでぬぐって笑顔を作る練習をしてから部屋を出て行った。すると、そこには母親が立っていた。

「美砂子、どうして着替えてるの?まあいいわ、先生がいらっしゃってるから早く行きなさい」

 幸いにも、母親は服を着替えたのには気づいていたが、習い事の時間の関係で急いでいたため、深く触れることなく、美砂子を先生の待つ部屋へと向かわせた。

 この時間は、算数の勉強の時間であったのだが、全く集中できなかった。少し油断したら目から大粒の涙が溢れてきそうだった。頭からクローゼットに隠した白いワンピースのことが離れなかった。


 しかし、このことがバレてしまうのも時間の問題であった。次の日の朝には、母親が発見してしまった。

「美砂子、これはなに?」

 きつい、母親が子供を叱りつけるような口調だった。いつもは、ほとんど怒らない母親であったが、何か隠し事をしたり、うそをついたりしたときにはとことん怒った。

 美砂子は答えなかった。

「何って聞いてるの」

 それでも美砂子はじっと立って黙ったままだった。

 らちが明かないと思った母親は、明秀を呼び寄せた。電光石火、明秀が気まずい空気を出しているこのふたりの所へやってきた。

「これはどういうこと?あなた何か知ってるでしょう?」

 明秀は

「存じ上げません」

と言いそうになって、やめた。それは、自分の監督責任が問われることになってしまいそうだという自分勝手な考えからであった。そして、

「お嬢様が転ばれまして・・・」

と下手な言い訳をした。美砂子の立場は、明秀が「存じ上げません」と言おうと、「転んだ」と言おうとそれほど変わりはなかっただろう。どっちにしろ、お屋敷から外へは出られなくなるのだろうから・・・。


 その後、母親は美砂子に汚れた服を隠したことをこっ酷く注意した。このことも加味され、美砂子は習い事のとき以外は部屋の外に出ることが許されなくなってしまった。ドアのところには明秀を立たせて見張らせた。

「あきひで〜、ちょっとでいいから〜」

 美砂子は何度も明秀にねだった。

「申し訳ありません、お嬢様」


 こうして、太平との約束の夏祭りの日に一歩も外に出ることは出来なかったのであった。


 夏祭りなど、美砂子は夏休みごとにこの島にやってきているのであるから過去に1回や2回は行っていてもよさそうなものである。しかし、習い事が夏祭りもなにも関係はなくあるものだから1度も行ったことがなかったのである。もちろん、母親が教育に必要のないものとして位置づけていたのも大きく影響していたのは事実である。

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