表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/10

10.再会

 美砂子は、仕事の長期の休暇が取れたため、祖父祖母の墓参りのために、例の島へとやってきた。今日もいい天気である。この島は、雨の日は少ない。

 祖父祖母の墓は立派であった。美砂子は今まで葬式と、区切りの年以外、この島に来ることはなかった。しかし、この島は、日帰りで十分であるので、別段休暇が取れなくとも来ようと思えば来れたのであった。それでも、美砂子にはなんらかの動機付けが欲しかった。普通の週末は普通に過ごしたいと思っていた。オーケストラのコンサート、ミュージカル、読書、そんな非日常的な世界にどっぷりと浸かりこみたかったのだった。


 墓参りを終えた美砂子は、今は空っぽ同然になったお屋敷を眺めていた。時々、新たに雇った家政婦に掃除をしに来させていると母親に聞いた。いっそのこと売ってしまってはどうなのかと思ったが、美砂子の両親も隠居生活はここで送るのだろうと美砂子はぼんやりと想像していた。

 美砂子の服装は、白地のワンピースで、かわいらしいピンクのリボンのついた帽子をかぶっていた。さらに、首元には真珠のネックレス、腕には金色に輝く小さな腕時計、そして、赤いハイヒール。普段のスーツ姿からは全く想像がつかないような服装であった。


 美砂子は、8年前のこっそり抜け出した散歩についてゆっくりと思い返す時間が持てた。何年も何年もこの島に長期休暇ごとに来ていたのに、ほとんどこの島のことを知らずに、この島のよさを知らずに帰っていたことを残念に思った。美砂子は、8年前、ああいう風に、この島と分かれなければならなかったことはショックであったが、同時に、この島のことをいろいろ知れてよかったと思っている。もし、あそこで抜け出さなければ、一生あんな体験は出来なかっただろう。世間一般の普通の人が楽しむ遊び。美砂子は、それらにちょっとだけでもいいから触れておいたことは決して人生においてマイナスポイントだとは思っていない。母親はどうやら違っているようだったが・・・。

 現在、母親は美砂子のしつけ係を引退し、自分の趣味により一層力を入れていた。美砂子も母親のように高尚な趣味は持っている。ピアノは弾けるし、バイオリンだって弾ける。


 そんなことを考えているうちに見慣れないところへ出てきた。しかし、後ろを振り向くとお屋敷は見えている。このお屋敷は、この島のどこから見ても見えるのである。(秘密基地からはさすがに見えないが・・・)

 この見慣れないところは、どうやら漁港のようであった。いくつもの船が波の上下運動にあわせてゆらゆらと揺れていた。岸とはロープでつながれていて、それをはずさない限りはひとりでに大海原へと旅立っていくことはなさそうだった。美砂子は、この船と自分、ロープと母親を少なからず重ね合わせてしまう自分がいることに気づいた。それでも、母親が美砂子にしたことは、よかれと思ってしたことであったし、もちろん、その結果として、十分すぎる人生を送れているようである。しかし、それは、世間が言う、である。美砂子は、これが十分だとは思っていたが、十分すぎるとまでは思っていなかった。何かスパイスが足りないと・・・。


 いくつもある船を見渡していると人影が見えた。8年前の出来事が走馬灯のようによみがえった。立派な漁師になると言った太平。太平は、今、一人前の漁師となっているだろうか?それは、美砂子自信への問いかけでもあった。自分は満足のいく人生を送れているのだろうか?というものだ。


 はやる気持ちを抑えつつ、その人影へと近づいて行った。

「ター君?」

 美砂子は、思ったよりも大きな声が出て、それが、ここ数年で一番大きな声であったので自分自身で少しびっくりしてしまった。あまり大きな声を出す必要がない生活ばかりしていたから、すこし感覚が麻痺していたのだろう。

 呼びかけられた人影は、ひょいひょいと船の上の道具を飛び越えて、美砂子のほうへとやってきた。黒く日焼けして、短パンに袖なしの白いシャツ。そのシャツは汚れていた。

「おお」

 それはまさしく太平だった。

「あんまり変わってないね」

 美砂子は、一気に8年前に戻ったかのように自然に話を始めた。

「そっちもじゃな」

 太平はなぜか、ミーコと言わなかった。それ以前に、美砂子と目を合わそうとしなかった。そんな太平を見て、美砂子はちょっとほほえましく思った。

「ター君さ、」

 なんで照れてるの?とでも聞こうと思ったとき、その言葉をかき消すように大きな声がした。もっとも、この質問をしていたとしても、流されるか、ター君と呼ぶのをやめろというかのどっちかだっただろうと美砂子は思っていた。それは太平の様子を見ていればよくわかった。

「今朝のう、大漁じゃったんじゃ。お、そうじゃ、そうじゃ、ちょっと待っちょれ」

 そう言った太平は、船の裏(というのは美砂子の見えないほうである)へ回って何か白い発泡スチロールの箱を持ってきた。そして、美砂子の目の前までやってきて、その箱のふたを取った。


「ほれ、あんとき逃がしたやつ、おーきなったわい」


(完)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ