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1.別世界

 大洋に浮かぶ島。この島はそれほど大きくはないのだが、十分な存在感をかもし出している。地形は山がちで、木が多く生い茂っていて、自然がタップリという感じであるが、特に観光できる場所があるわけでもないため、ほとんど観光客は来ない島であった。その影響もあり、定期便はほとんどなく、本島への移動は、島の漁師に頼むことが多くなっていた。この島は潮の流れの関係で好漁場となっていることから、漁師が多いのだ。


「釣れないねぇ〜」

 少女は竹で出来た釣竿を海に垂らしながら少年に向かって言った。黄と赤の浮きは波の上下運動にあわせて、ぷかぷかと上下に動いていた。それが普通の動きなのだが・・・。

「おかしいのぉ。昨日はここで釣れたんじゃがのぉ〜」

「ほんとに〜??」

「そうじゃ。腕ほどの長さのんが釣れたんじゃ」


 そのとき、少女の竿がぐいぐいとしなった。黄と赤の浮きは水中に沈んでブルブルと小刻みに動いている。水面はその浮きによって揺らされていた。

「おい、ミーコ。来ちょる、来ちょる」

 ミーコとはこの少女のことで、三井美砂子、8歳である。

「え、わ、わ、・・・」

「かしてみぃ!」

 少年はうろたえる美砂子から竹の竿を奪い、獲物と格闘し始めた。竹の竿がしなる。リールはついていないので、そのまま上に引き上げればいい。なので、糸はそれほど長くないはずだが、なかなか獲物は姿を現さない。海からの引きが強すぎて美砂子は、この少年が海に連れて行かれるのではないかと思った。この針に引っかかっているのは、魚ではなく、なにか恐ろしいものではないかとも思った。そして、美砂子は不安になっていった。

「ター君、落ちないでよ!」

 ター君とはこの少年のことで、大海太平、同じく8歳である。いつも短パンで、白の袖なしのシャツを着ている。そのシャツはいつも汚れていた。替えはないのであろうか?

「大丈夫じゃい!」

 太平は意気込んで、一気に獲物を引き上げてしまおうと思った。太平の体重に対して、獲物の重さが重過ぎるのだろう、それでもなかなか上がってこない。ただ、水面が忙しく揺れるだけである。

「ター君、がんばれぇ!」

 無邪気な美砂子の声が聞こえてきた。太平はいいところを見せようと一層、意気込んだ。


 数分ほど経ったが、依然として獲物と太平の勝負は続いていた。

「わしは漁師の息子じゃ〜!」

 太平の大きな声と供に、竹の竿の先端から海に伸びていた透明の糸が プツン という音をたてて無残にも切れて、太平は海からの力が突然なくなってしまった反動で後ろへと吹き飛んだ。もちろん、獲物を逃してしまったのだ。

「痛いよ、ター君。お魚逃げちゃったし・・・」

 太平は美砂子の上にドスンと着地した。太平少年は背も小さく、体重も軽い、小柄な体格で、身長に関しては美砂子とさほど変わりなかった。肌は小麦色の香ばしい感じに日焼けをしていた。

「すまんのぉ・・・」

 太平は美砂子にいいところを見せられなくて、とても残念に思った。

「なんでじゃろ・・・」

「わたしがやったらよかった」

 美砂子は自分の当たりを逃がしてしまった太平を少なからず責めていた。それがわかっていた太平は悔しかった。美砂子に嫌われてしまうのではないかとさえ思った。

「だめじゃ、だめじゃ。あれはミーコには無理じゃ。海に落とされちまう」

 太平は今回の失敗を正当化した。しかし、美砂子は納得していない様子だったので、太平は焦っていた。しかし、こればっかりは仕方のないことだと自分に言い聞かせることしか出来なかった。子供なりに美砂子になんと言えば納得してもらえるかと思考をめぐらせた。このとき、太平はぎらぎらと輝く太陽がうっとうしく感じていた。

「そうじゃ、ミーコ。あんなちっけぇの逃がしてやりゃよかったんじゃ。次はもっとでけぇの釣っちゃる!」

 後で考えれば非常に苦しい言い訳であることは言うまでもないであろうが、太平には精一杯の言い訳であった。

 美砂子はこくりと頷いて見せた。その様子を見て、太平は、ほっとした。だが、すぐに自分がとんでもない約束をしたことに気づいてしまった。

 太平は、漁師の息子であるのは事実ではあるのだが、父親の手伝いをしているわけでもないので、特別魚釣りが上手いわけではなかった。それでも、美砂子に少しでも格好いいところ、男らしいところを見せたいと思ってムキになっている。そして、時には今回のように大きな約束をしてしまったり、また、とんでもない嘘をついたりしてしまうのであった。太平はそんな自分が嫌ではなかったが、後悔するときが時々ある。


「あーあ、お洋服が汚れちゃったよ」

 さっき転んだので、美砂子の白いレースのついたワンピースには土がついていた。

「・・・」

 太平はうつむいていた。

 美砂子は服についた土を払って、

「帰らないとお母様に怒られるから、じゃあね」

と言ってその場から駆けていった。

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