第二部 二話「暮らし~生き延びるということ」
『彼』の養女となったアルラウネ。
そこで10歳の使用人の少年ソレントに出会う。
友達の様に仲良くしたいと願うアルラウネだが、使用人としての立場を重んじるソレント。
困惑する幼いアルラウネに突き付けられたのは、ルテミス共和国の「国家公認奴隷制度」という衝撃的な事実だった。
彼の家を飛び出したアルラウネは、妖精ウルの力を借り、黒森に住むトーレスの口から、奴隷制度の成り立ちと、『彼』の友人カイレフォンも元奴隷であったことを告げられるのであった。
**深夜の町のはずれ**
「…トーレス本当なの…?いつも明るく元気なカイレフォンが元奴隷だったなんて…。」
「津波は一瞬で若く、将来有望な漁師・カイレフォンから全てを奪った。
船、港、家、そして家族さえも…。」
「でも、カイレフォンは必死で生き延びることを選んだんだ…。」
「…そうなんだ…。」
「ちょい待ち!アルラウネ、ヤバいよ!招かれざる客ってやつよ!」
「ヘッヘッへ、可愛いお嬢ちゃん。
こんな夜中に一人でどうしたのかな~?
どうせ仕事が辛くて逃げ出した奴隷だろう?
こいつは、いい拾いもんだ!
明日の市場の目玉商品だ。
捕まえな!」
「兄貴、待って下せい!この娘の首のはチョーカーじゃねぇですぜ!
銀だ!本物の銀のネックレスですぜ!
危ねえ、奴隷じゃない子供を売ったら、俺達が処罰されて奴隷にされちまいますよ!」
「お嬢ちゃんがあと10歳大人だったら、たっぷり可愛いがってやるとこだが仕方ない。
お近づきの印としてそのネックレスで勘弁してやるよ。
おじさん達は優しいんでな。」
「…嫌…。大切なお母さんの形見…。
シュヴァーシュ!」
「シャー!」
「ちくしょう!猫の奴め!!引っ掻きやがった!
逃がすな!」
「はい、兄貴!」
「どうすんのさ?あんたの足じゃ、すぐ追いつかれるわよ?
魔女の予言でわからなかったの?」
「…でも、逃げるしかないでしょ?自分に近い予言は出来ないの…。」
「やれやれ、あたしの言うこと聞いて、大人しく今夜は彼の家に帰るなら助けてやってもいいわよ?どうする?」
「…た、助けて…。ウル、お願い…。」
「ちゃんと言えたじゃない!偉いわ。
任せな!
現世は幻
幻は現世
シャハルの鏡よ!
真実の中に
虚構を照らせ!」
「お嬢ちゃん、逃げても無駄って…。
ば、化け物~!!」
「助けて~、兄貴、一人で逃げないでくだせい!」
「…何で…?勝手に逃げて行った…?」
「ニンフ妖精ウル自慢のシャハルの鏡で幻を見せたのよ。
白森一番の巨漢、トロールのアストンくんをね。
人間が初めて見たら誰でも腰抜かすわ!」
「…ありがとう、ウル…。」
「いいのよ、でも約束だからね。
今すぐ、彼とソレントの所に帰るんだよ!」
「…うん。」
「…お嬢様ー!!
よくぞご無事で!
このソレント安心しました。」
「…ずっと町を探してたの?
命令されたから?」
「いえ、私の独断です。」
**家路に向う馬車にて**
「…ごめんなさい、ソレント…。」
「何の事でしょうか?アルラウネお嬢様。」
「…心配かけた…。」
「お義母様の方が心配されております。
お義父様も、帰りが遅いことに随分と心を傷められ、治安兵に捜索を依頼されてました。幼い私には、まだ力でアルラウネお嬢様をお守りすることは出来ません。
しかし、この馬車で屋敷までお送りする屋敷までお送りすることは出来ます。」
「…手綱捌き上手い…。」
「ありがとうございます。」
「…ねぇ、ソレント…。
貴方は生まれた時から奴隷だったの…?
なんでお兄ちゃんの所の使用人になったの…?」
「聞きたいですか?アルラウネお嬢様。」
「…聞きたい…。」
「私は…。オリーブ栽培をする両親に何不自由なく育てられました。
しかし、父が亡くなると私は叔母夫婦の家に預けられ、そこで私の運命は大きく変わりました。
度重なる従兄弟からの陰湿な嫌がらせに堪えられず、遂に家を飛び出しました。アルラウネお嬢様と同じ年に。」
「…飛び出して…行くあては…?」
「ありませんでした。
とにかく逃げ出しただけです。」
「…どうやって暮らして…?」
「世間は冷たい。身寄りの無い市民階級の子供を誰も受け入れてくれませんでした。仕方なく衣服や靴を売り、野山で暮らし、大木の陰で寝泊まりしました。
しかしある日、あまりの空腹に耐えられず、市場でパンを購入したある男性から横奪りしたのです…。」
「…まさかその人が…。」
「はい、お義父様でした。」
「…やっぱり…。」
「その場で治安兵に取り押さえられた私は、本来なら有罪が確定し、奴隷以下の『犯罪者』としての未来が待っていたはずでした。
しかし、お義父様は言われたのです。
『治安兵よ、その少年を放せ。
そのパンは私が少年に与えたものだ』と。」
「…それ以来使用人として…?」
「屋敷に着きました。
続きは後で。」
**屋敷にて**
「アルラウネちゃんごめんなさいねぇ、この人ったらまだ幼い貴女に難しい話をちゃんと説明もせずに…。
最初からソレントのことをしっかりと理解させるべきだったわ。」
「アルラウネよ、帰って来てくれて何よりだ!
取りあえず今夜はゆっくり寝て、明日ゆっくり話そうではないか!」
「…そうする…。
途中でカイレフォンの昔も、ソレントの昔の事も少し聞いた…。
私の寝室で直接続きを聞く…。いいでしょう?」
「ああ、構わないとも。願ってもないことだ。」
「…おやすみなさいい、お義父さん。」
**アルラウネの寝室**
「へ~、やるじゃない。『嫌いな』ソレントを自分の寝室に呼ぶなんて♪」
「…お兄ちゃん…ううん、お義父さんの命令じゃなくてソレントが自分の意思で私を探してくれたのは嫌いじゃない…。」
「そう、ソレントが部屋に入るまでにあたしは姿を消すからしっかりやりな。」
「…ウル、ありがとう…。」
「コンコン」
「アルラウネお嬢様。就寝の準備は終わりましたか?」
「…うん、入って…。」
「失礼します。」
「ソレント…。今日はとても怖い思いをしたの…。一人で寝たくないの…。一緒に居て。」
「わかりました。
馬車での話の続きをして、眠くなったらそのまま寝て下さいませ。
私は傍にいます。」
「…何で…?何でそんなに優しいの?
私はソレントにあんなに酷いことしたのに!ごめんなさい、ごめんなさい!
ソレントの事嫌いじゃない…。嫌いじゃないから酷いことした私を嫌いにならないで…!」
「お嬢様、ソレントからのお願いです。
どうか泣かないで下さいませ。
私は大丈夫ですから。
本当に嫌いな人を、お義父様の命に逆らってまで捜索しようとは思いませんよ。」
「…ソレントは飛び出した家に帰ろうと思わなかったの?」
「もう少し空腹が続き、もう少しお義父様に出会うのが遅ければ、なりふり構わず叔母に泣きついたかもしれませんね。
しかし、私はお義父様に促され、自分の 責任で生きる為に、自らの意志で奴隷登録しました。
そして正式にお義父様に使用人として雇われました。
それが家無し、職無しは要らない首都ダイダロスの掟なのです。」
「お義父さんはソレントに身分を買い戻させる為に雇ったの?」
「いいえ、それだけではありません。お義父様は自身の夢の実現の可能性を、私の歌声に見出だしたのです。」
「…確か…劇作家になる夢…?」
「そうです、私の歌声が、お義父様の夢をいつか叶えるのです。
そしてそれが私の夢。
お義父様を主人ではなく、お義父様と呼ぶ理由です。
お嬢様、今夜は遅い。私が子守唄を歌いましょう。」
「…子供じゃない…!」
「♪神々はお喋りをやめ、小鳥達は歌うことをやめた。
全ての者が眠りにつく♪
眠りにつく♪
おやすみなさいませ。
アルラウネお嬢様。」
「…本当に綺麗な声…。」
「明日は二人で自由広場とオーケストラ(無料劇場)にいきましょう。」