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007.日常の崩壊4

 諸事情により遅れました。

 本日もう一話更新いたします。

 どこからどう見ても、それはルーシーの知る人物ではなかった。急に足元から冷えていく感覚がし、彼女の身体はわなわなと震えだす。


「ア……アァ!」

「やっぱり捜したかいがあったなぁ! 手柄は俺らでちゃんとわけような」

「ザク、手柄の件はいいから。早くしないとアイツが来るぞ」

「そう急かすなよ、クー。なぁお前らもそう思わないか?」


 ザクは後ろにいる二人に同意を求める。二人はどっちでもいいという感じであったが、ザクの視線に気圧され、縦に首を振った。


「……ザクさんの言うとおりですよクーさん。来るわけないよ、あの人は違う仕事が入ってるんですから。それに……」

「そうそう来るわけないっすよ。心配するだけ杞憂じゃないすか?」

「だからと言ってここで油売ってるよりかは手早く済ませたほうがいいだろ?」

「そんなんだからお前は硬いって言われんだよ。それよりおい、見てみろよ。コイツ、恐怖でびくついてんぜぇ~。ほーら怖くないからこっちにおいで」

「すでにザクさんの表情がこえーっすよ」

「う、うるせぇ!」


 怒鳴りはしたが、その声は怒ってるわけではなかった。クー以外、声を出して笑っている。

 四人の会話を大人しく聴いていると思われたカイトがルーシーの前に踊り出た。


「なんだなんだお前らは! 勝手に人の家で盛り上がって。用がねぇならとっとと帰れぇ!」

「あぁん?」


 ザクが目を(すが)める。あまりに鋭い眼光に、カイトは一歩退いた。


「と、とにかくよぉ! これ以上居座るっていうんなら無理矢理にでも追い出すからな! 覚悟しとけよ! 十数える内に出ていきな。じゅ~。きゅ~。はぁ──ぐはぁっ!」

「カイト!」


 ザクに蹴り飛ばされ、木壁にぶち当たる。貧弱な音を立て、カイトは床に落ちた。

 咄嗟に駆け寄るルーシー。

 今の一撃でカイトは気絶してしまっている。ルーシーはカイトをぎゅっと胸に抱き寄せ、ポケットにしまい込んだ。

 途端、ルーシーの視界が暗くなる。

 彼女の下に向かってきたザクは鼻を鳴らし、


「ふん、雑魚が粋がって出てくんじゃねぇ。喋る人形は珍しいがどうせそんなもんに大した価値はねぇよ。俺達が用のあるほうはこっちだよ」

「──っ! や、やだ。ルーシーを離して!」


 強引にルーシーの手を引っ張る。甲高い声が部屋中に響いた。

 痛い。司書さんこわいよ。あの時みたいに助けて。

 掴まれる感触はちっとも心地良いものじゃない。おぞましいという感情がルーシーの脳内を占めた。どうにかしてこの痛みから抜け出したいのだが、指先から段々力が薄れていっている。状況は絶望的だった。

 ふと、カイトの言葉が過ぎった。


『世界にはな、信用してはいけないものが二つあるんだ。一つは絆。もう一つは人の言葉。別にアイツが悪いって言ってるわけじゃねぇ。世界がそうなっているんだ』


 絆。きずなってなんだろう。


「きずな……ルーシー、分からない……」

「はぁ? なに突拍子もないこといってんだおめぇ」

「ルーシーは司書さんのこと……好き。これって絆?」

「んなもん知らねぇよ! にしも中々良い毛並みしてるじゃねぇか。なぁお前ら! いくらで売れると思う」

「ひゃああああ! うっ……い、いやぁ」


 毛が密に生えた柔らかな耳を知らない人に撫でさすられた。

 触られたくないのに身体が勝手に反応してしまう。頬が上気して自然と声が洩れる。


「ぐにゅぅ……」


 がくりと膝を落とした。びくびくと全身が痙攣している。

 ザクが唇を三日月の形にした。


「ふふ、意外とこれはこれでそそるなぁ。街にいる変態共の気持ちが少しはわかるぜ」

「ザクさん道を踏み外さないで下さいよ」

「何もしねぇって。それにもうコイツ動ける状態じゃないだろ」

「ですね」


 そう言われてしまったのが屈辱的だった。

 自分独りだと何も出来ない。少なくとも軽く抵抗ぐらいは出来ると思っていた。だけど結果は、声にもならない声を上げ、みっともなく震えただけ。


 ルーシーは自分の無力さにひどく負い目を感じていた。

 無力じゃない証明のために出来ることはないか。


 ケラケラとこちらを嘲笑うかのような視線を送っている彼等は油断している。特に先頭にいるザクは。

 ルーシーは彼の腕に噛み付いた。


「いって! なにすんだコノヤロ!」


 床に叩きつけられるルーシー。ザクの腕からルーシーの鋭利な歯が抜け、二つの大きな穴が穿たれた。

 そこから赤黒い、ねっとりとした血が染み出す。

 苦悶の表情、憤怒の表情……直後、ザクは発狂した。


「ゴミがぁ!! 俺様に楯突きやがったな! はは、処刑されるほうがまだ楽な死に方が出来たのによぉ。それを自ら捨てるとはいい度胸してやがる」

「抑えてザクさん」

「そうですよ! 生かしたまま連れてかないと価値が……」

「あぁん?」


 後ろの二人の制止が余計、ザクの気に障ったようだ。

 ザクは一人の胸倉を掴んで叫んだ。


「そんなことどうでもいいんだよ! コイツが俺の身体に傷を付けたんだぜ。血もこんなに出てる。獣人ごときがこの俺様に!」

「……き、気持ちはわかりますけど、抑えて、ください。処刑する時に、その鬱憤を晴らせば……いいじゃないですか……」


 胸倉を掴まれた者はザクに必死に訴えかけた。それが届いたのか、ザクは盛大な溜息をついてその者を放した。


「まぁそうだな。俺が短気すぎた。わりぃ」

「問題ない」


 今まで黙していたクーが静かに呟く。


「俺はお前以外に謝ったんだけどな!」


 ルーシーはそのやり取りがなされている間、ぐったりと倒れたままになってるのでもなく、憎々しげな視線を浴びせるのでもなく、もう一度攻撃出来る機を窺っていた。


 この光景がどこか懐かしい。けれど、懐かしいと感じるだけで、懐古ではない。

 ぽたぽたと滴り落ちる血。

 ルーシーの眼が大きく見開いた。


 もう一度あそこに噛み付きたい。


 これを本能と呼ぶのだろう。

 頭で考えるよりも先に身体が勝手に動いた。ルーシーをそれほど強敵視していなかった彼等は完全に不意を衝かれ、わずかな動揺を見せる。

 しかし、流石は実戦を経てきた者達。

 ルーシーの雷光にも似た突進も、少し身体を捻らしただけで、全員避けた。

 その中でも真っ先に気付いたクーが拳を精確にルーシーの鳩尾にねじ込む。


 ルーシーの見える世界は真っ暗になった。

 誤字脱字等ありましたら感想にて教えていただければ幸いです。

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