■ プロローグ
ゆらりゆらり、と揺れた白い焔は、やがて玉の内側に添って丸く落ち着いた。
透き通った小さな玉の中に閉じ込められているのに、煌々と灯り続けるその焔の不思議さに、まだ幼かったユーフェルジーナはすっかり魅せられていた。
「封珠、というんだ」
「ふうじゅ?」
「そう。魔術師が自分の“気”を注いで、魔術の核にするためのものだよ」
年上の従兄はその玉をそっと手のひらに乗せてくれる。渡されたものをユーフェルジーナはじっくりと眺めてみた。
真珠粒よりひと回りほど大きな玉は、最初は水晶のように透明だった。それを従兄が取り上げて、瞳を閉じて何かを念じたと思ったら、玉の中に小さな焔が灯った。
手のひらには焔の熱は感じない。珠壁に和らげられた光が、優しく手の内を照らすだけだ。
そして、よく見たら、焔の色が単なる白ではないことに気が付いた。光を弾くかのごとく輝くのに、なぜかしら冷たくは感じない。柔らかい白銀は、目の前に立つ従兄の髪と同じ色だ。
「この焔は、兄さまの髪と同じ色なのね」
“兄さま”。
そう。この頃は、従兄の少年を兄と呼んでいた。正確には、従兄ではなく、また従兄か、さらにもう少し遠い関係か。ただ、王族の血は思わぬところで複雑さを成していて、とりあえず兄弟でない同世代の血縁は、すべて従兄弟だった。
そしてその中でもこの少年のことを、ユーフェルジーナは実の兄よりも慕っていた。
彼が、王族にしては珍しく強力な魔術を扱えるために、疎外されがちな立場にいることは彼女には関係なかった。
ユーフェルジーナはとにかく、彼の明るい灰色の瞳と、白く煌めく白銀の髪が大好きだった。そして常には素っ気ない少年の方も、彼女に対してだけは柔らかな顔を見せるのだった。
「そうだよ。封珠の焔は気を込めた魔術師の髪と同じ色になる。封珠はそれを作った魔術師しか使えないし、封珠と魔術師は互いに呼び合うんだ」
「自分だけの“とくべつ”なのね。いいなぁ……ねえ、兄さま。わたしにも作れる? わたしにも魔術を扱える素質はあるって、この前、偉い魔術師の人が言ってたわ」
それは何かの審査だったらしい。大きな鏡を前にして、魔術師が挙げるものを思い浮かべろ、と告げられた。花や鳥の名前を言われても、ユーフェルジーナには何を量られているのかよくわからなかったが、とりあえず言われたとおりにしてみた。すると、鏡の表面が曇ったり歪んだりしたので、彼女にも多少の魔術は扱えるだろう、とのことだった。
「素質? ユーフィには、もっと大きな力があるはずなんだけど……いいよ。やってみようか。きっとできるから」
従兄は懐からまだ透明な玉を取り出すと、ユーフェルジーナの手のひら、白い焔が灯る封珠の横に乗せる。
「こっちの封珠みたいに、玉の中に焔が燃えてる様子を想像してごらん。まず、目を閉じて、そっと息を吸って……」
ユーフェルジーナは従兄に言われるままに目を閉じた。そして、心の中で焔を思い浮かべてみる。
玉の中には、なかなか焔は灯らなかった。何度か失敗し、諦めかけ、そして従兄の手助けもあって、ようやく成功する。
従兄のものと似た白い輝きを放つ焔は、しかしもう少し黄味を帯びて明るい。ユーフェルジーナの髪と同じ、白金だ。
手のひらに二つ並んだ封珠に、張り詰めていたユーフェルジーナの目が緩む。
「やっと、できた!」
「……なるほど。ユーフィの力には、ちょっとクセがあるのか。だから鏡にも封珠にも、反応が鈍い……」
初めて作った封珠に夢中で、従兄が何か考え込むように呟いたことには気付かなかった。
「本当に、色が違うのね。わたしのは、わたしの髪の色と同じだわ」
長い自分の髪の上に、できたばかりの封珠を乗せて色を比べていたユーフェルジーナの姿に、従兄はくすり、と優しく微笑んだ。
「私の大好きな、綺麗な色だ。ねえ、ユーフィ。この封珠、私がもらっていいかい?」
「え? でも、封珠は作った人にしか使えないんでしょう?」
「使うためじゃないよ。この封珠は、ユーフィが初めて作った“特別”だ。だから、私が大切にとっておきたい」
従兄はユーフェルジーナの手ごと封珠をそっと握って、じっと見つめてきた。明るい灰色の瞳の真っ直ぐさに、ユーフェルジーナは息を飲む。
「今後、私がユーフィの側にいられないこともあるかもしれない。そんなときでも、この封珠があれば、私はどこかで微かにつながっていられるから」
このとき、従兄がどういう事態を想定していたのかは、今でもユーフェルジーナにはわからない。
だが、彼が真摯に自分のことを気にかけてくれていることだけは、充分に感じられた。
だから、ユーフェルジーナも従兄の瞳を真っ直ぐに見返す。
「うん。それなら、これは兄さまにあげる。その代わりに、こっちの兄さまの封珠をわたしにちょうだい!」
「これを?」
「だって、兄さまがわたしの封珠を持っているのなら、わたしも兄さまの封珠を持ってなきゃ、不公平よ」
頬を膨らませたユーフェルジーナに、従兄の目が緩んだ。
「わかった。でも、ちょっと待って。せっかくユーフィが持っててくれるのなら、もっとしっかりしたものを作るから」
そう言って、従兄は新しい玉を取り出した。
ゆっくり息を吐き出した後、再び軽く瞳を閉じて、じっと何かを念じる。一つ目の封珠を作ったときよりも長い時間だった。
そうして、玉の中に新しい焔が灯る。それは一つ目のものよりも勢いよく輝いて見えた。
「はい。ユーフィはこっちを持っていて」
「うん」
ユーフェルジーナは受け取った封珠をそうっと両手で包み込む。
焔の熱は感じないはずなのに、握った手の内側が温かくなった気がした。
「このユーフィの封珠は、ずっと大切に持っておくよ」
「わたしも! そうしたら、わたしもずっと兄さまとつながっていられるのよね」
「そうだね」
「わぁい! ありがとう、ロイエルセルト兄さま!」
封珠を持つ手にぎゅっと力を込めたユーフェルジーナを見て、少年は嬉しそうに笑ったのだった。