人魚と〇〇の悲恋歌
こんにちは、人魚です。
なんて言ったら人間の皆様は困惑なさるのかしら。
水色の尾びれに光をかざせば銀にも金にも見える鱗、胸に沿うようにしてある白い大きな貝殻。
ここまで言えば信じてもらえるかしら、まあ、信じてもらえなくても気にしないけれど。
伊達に人魚歴127年生きていないのよ?
見た目は、人間の方で言うと20歳くらいだけれどね。
私の日課は、岩場に座って、近くにある人気のない砂浜を見ることなの。
日中は人が多いから驚かれることもあって、岩場に出れるのは夕方と夜の境目くらいのほんの短い時間。
砂浜にほとんど変化はないけれど、うっすらと聞こえてくる人間さん達の声は、聴いていて飽きないわ。
今もいつものように、
『君は人魚?』
あら、誰かしら。
見渡しても声の主らしき影は見当たらなかった。
とりあえず、キョロキョロと辺りを見ながら、
「ええ、そうよ」
って答えると、声の主は
『へぇ、人魚なんて初めてみたよ』
って答えたの。
ずっと探して、やっと彼は木の上にいるのに気がついたわ。
そして、彼を見た瞬間、私の心に衝撃が走ったの。
そう、これはおばあさまが
「おじいさんを見た瞬間、心が締め付けられるように痛んでね。あぁ、私は彼に恋してるんだって気付いたんだよ」
って言ってたみたいに、つまり、一目惚れだったのよ!!
私が衝撃に驚いている間に彼は木から砂浜に降り立ったの。
それはもう、綺麗な降り方で、また胸に衝撃が走ったわ。
「人魚は珍しいもの。私も自分の家族ぐらいしか見たことないの」
『そうなんだね。それにしても、君は僕に怯えたりしないのかい?』
「なぜ?むしろね、私今心臓がドキドキしてるの。ねぇ、多分私貴方に恋しちゃったみたい」
そう言うと彼は飛び上がったの。相当驚いたのね。
『え!?あ、ありがとう』
「ねぇ、そういえばどうして貴女はここに?」
『周りから五月蝿いと言われてしまってね。人気のないところに行こうとフラフラしてたらここにたどり着いたんだ』
「まぁ、五月蝿いですって!?」
誰かしらそんなこと言うのは!?
だって彼の声はいつまででも聞いていたいと思うほど心地良いのに。
それを言うと彼は『そんなこと言うのは君くらいだよ』って。
そんなことは無いと思うのだけど、それとも恋は盲目ってこういうのを言うのかしら。
そのまま彼と話す時間はあっという間に過ぎ去ってしまって、もう日没。
早く帰らなきゃ、お腹も減ってるし。
あぁでも。
「ねぇ、また、明日も会える?」
不安と焦りで声が詰まってしまう。
けれど、彼は落ち着いた調子で『大丈夫。まだ大丈夫だから』って言ってくれた。
嬉しい!お別れを言って別れた。
彼からの『また明日』の言葉は私にとって何にも替え難い甘い蜜に思えた。
そして多少の引っかかりもあったけどそのまま別れたの。
それから私達は毎日同じ時間に会って話すようになったの。
時間は限られてたけど、とても、とても、楽しかった。
こんなに胸がいっぱいになったのは初めてのことだった。
けど、昨日、お別れの挨拶の前に言われたの。
『僕は明後日くらいに死ぬだろう』
「え、どうして!?」
なんで彼が死ななきゃならないの!
『それが運命だから、仕方ないんだよ』
彼ともう会えない、そればかりが頭をかけ巡って、その日はお別れの挨拶もせず海に戻ってしまったの。
彼が死ぬ?なんで?
彼はまだ活き活きとしてたわ。
私が瞳がきれいねって行ったら照れたようにありがとうって言ってくれた彼が。
クールな見た目なのに、子供っぽい可愛い一面も持つ彼が。
私の話を熱心に聞いてくれた彼が。
たった1週間前にあったばかりなのに、私は彼がいなくなった世界なんて想像できなかった。
食べ物の味も感じられなかった。
寝ようと目を閉じると彼のことばかり浮かんで涙が止まらなかったわ。
こんなに辛いのならいっそ、死んでしまいたいと思った。
彼がいない世界なんて生きる価値なんてない。
それで思いだしたの。
人魚の肉は不老不死の効果をもたらすって言う伝説を。
もう私はこれ以上思い残すことのないくらいの幸せを彼に貰えた。
なら、年若くして死ぬ彼に私の肉を食べてもらおうって。
私が彼に与えられるものがあれば、命だったとしてもあげられる。
それだけ彼のことを愛していたから。
いつもの時間になった。
私は岩場じゃなくて、浜辺に半身だけ乗り上げた。
下半身は流石に海に漬けてないとものの数十秒で私は死んでしまうから。
『珍しい………ね、今日、は』
彼はよろよろとこちらに寄ってきた。
昨日とは違い、今はすっかり弱ってしまっていて、彼の死という現実をまざまざと見せつけられているようだった。
彼の近くにいれて嬉しい反面、苦しそうな彼を見ているのが辛かった。
私はとりあえず本題に入った。
「ねぇ、人魚の肉を食べると不老不死になれるって知ってる?」
『いきなり………何を、』
「どうか私を食べて欲しいの。別に貴方にならいくら食べられたって良い。それで、若くして死んでしまう愛しい貴方が生き続けられるなら私は構わないわ」
『そんなっ………要らない!』
息も絶え絶えになっているのに、彼は頑なに拒否した。
けれど、私は構わず続けたわ。
「私ね、貴方のことを愛してしまった。貴方のいない世界に生きることに耐えられなくなってしまったの。ねぇ、お願い………私の肉を食べて………生きて………」
涙をボロボロ流しながら彼に訴える。
お願いだから、死んでしまう前に、早くっ………!
彼は必死に考えているようだった。
そして、私の目をしっかり見ながら、よろよろと私に近づいてきた。
そして、私の腕が届くところまで来て、ピタリと足を止めた。
「どうしたの、早くしないと、」
『無理だよ』
「どうして!?」
『僕も君に会えて………幸せだった。君と、話した時間、は、僕の中………での、かけがえの、ない思………い出になった。………だから、だから、こそ………大切な君を、傷つけ………るなんて、僕には、無理だよ』
「でも、食べなきゃ貴方が死んじゃう!」
『良いんだ…………これが、僕の…………う、ん命なんだから。………今まで………ありが、とう。来世で…………会えたら………良い……………な………………』
彼はそう呟いてパタリと私の腕に倒れた。
「う、嘘でしょう………ねえ!冗談でしょう?死んだフリをしてるだけなんだよね?ねえ!」
でも、いくら呼びかけても、いくら体を揺さぶっても、彼は全く動かなかった。
彼がいない?
もう話すこともできない?
笑ったりできない?
この世界に彼は存在しない?
涙も出て来ず、声も出せず、暫く彼を見つめることしかできなかったわ。
彼を失った悲しみやいろんな感情がぐるぐるしていた。
でも、気づいたの。
彼がいない世界に私がいる意味がないって。
私は万が一の時に、自分の肉を切り取るための剣を取り出し、そのまま自分の胸に刺したの。
胸についた貝殻がパリンと割れる音とともに、私にこれまでにない衝撃が走った。
苦しかったけれど、彼のいない世界で生きることに比べたら何倍もマシだったわ。
そのままよろよろと彼を優しく抱き抱えて私は海に身を投げたの。
彼と一緒なら、たとえ海の底でも怖くないわ。
そうね、もし来世を信じるんだったら、
………次に会うときは、ずっと一緒にいましょうね、蝉さん。