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最後の疑問へ

ちょっと一話が短くなってしまいました。

すみません。

 

 からん、ころん――。


「いらっしゃい」

 ドアベルの音、櫻井さんの静かな声。柔らかな紅茶の香りが僕の鼻をくすぐる。

「こんにちは。櫻井さん、美玖さん……と、長谷川さんと高梨さん」

「おう」

 鷹揚に片手をあげてみせる長谷川さんと、無言で軽く会釈をする高梨さん。

「えっと……」

 この二人が、何でここにいるんだろうか。

「どうしてこの店のことが分かったんですか?」

 にやにやした長谷川さんが、ばちんとウィンクをきめる。日に焼けた頬がひきつり、歪んだ唇から鋭い犬歯が覗いた。幼い子どもなら一発で泣き出すだろう。

「警察に不可能はない。ましてや、この俺だ」

 何だかもう意味が分からない。なんで自信満々に親指を突き出してるんだ。高梨さんもちょっと自慢げな顔しないでください。

「それより嬢、どうだ」

 がらりと雰囲気が変わった。喫茶店の空気が一瞬で全て塗り替えられたみたいだ。高梨さんの目が鋭くなり、長谷川さんも心なしか威圧するように身を乗り出している。

『大体のことは分かりました』

 稀子は一歩も退かない。堂々とした態度で返し、小さい整った顔に凛とした表情を作る。

「犯人は?」

『いません』

「……は?」

 長谷川さんと高梨さんがぽかんとした表情で、座っている自分と背丈があまり変わらない少女を見つめた。僕も、あんな表情で稀子を見つめていたんだろうか。

『この事件に犯人はいない。事故です』

 稀子は繰り返す。高梨さんが呻くように呟いた。

「じゃあ、佐々木春佳は」

『あなた方は、佐々木春佳を犯人と決め付けて捜査していたのか』

 一気に稀子を取り巻く空気が冷え切った。謎を解き、佐々木さんの無実を証明した瞬間にあれだけ嬉しそうな輝きを放った瞳は、液体窒素を流し込んだように冷えきっている。

「そういう訳じゃない」

 長谷川さんが言った。普段の鷹揚さは影を潜め、真剣な眼差しが稀子を貫く。

「ただ、あの状況から見て一番怪しいのは佐々木春佳だった。俺たちは確率の高い真実モドキどもから順々に消していく。嬢のような推理能力は持っていないんでね」

 その言葉を聞いた瞬間に稀子が浮かべた、痛みを堪えるような表情を僕は見逃さなかった。どこか刺のある沈黙のあとで、稀子は画面を突き出す。

『そうですね。とにかく、佐々木春佳は無実です。彼女を追い詰めるような捜査はやめてください』

「最初からやってねぇよ」

 長谷川さんはそう言って笑い、稀子も『分かっています』と返す。

「マスコミの奴らの方がヤバいんじゃないですかね?」

 高梨さんが心配そうに頷く。僕も同じ気持ちだった。部屋に行った時のあの対応は、確実に佐々木さんを追い詰めていた。

『そっちはもう対策を練ってありますよ』

「嬢に隙はなし、ってところか」

 カカカッと笑う長谷川さん。どれだけ稀子を信頼しているのかが分かる。

「何をしたの?」

『ちょっとな』

 稀子ははぐらかして答えてくれない。僕がむくれていると、目の前にカップが置かれた。淡いミルク色の湯気が、優しく僕の鼻先に触れていく。

「お疲れさま、七海さん」

「ありがとうございます」

 甘いミルクティー。どうして櫻井さんが笑いを噛み殺しているのか、全く分からない。あれ? 美玖さん、肩が震えていませんか?

『また、追って連絡します』

「ああ、頼んだぜ。嬢」

 高梨さんはちらっと僕に同情的な視線を向けて、店を出て行った。

「ごっそさん!」

 ……長谷川さん、ここはラーメン屋でも飲み屋でもありません。


 稀子は俯きがちだから顔は見えないけれど、機嫌はそう悪くなさそうだった。今なら聞けるかもしれない。

「ねえ、稀子」

『嫌だ』

「即答かよ! まだ何も言ってないじゃないか!」

『嫌だ』

 サーモンとアボガドのサンドウィッチをちょっとずつ齧りながら、稀子がぷいっと明後日の方を向く。

 僕はマスコミ対策について聞くのを諦め、自分のチキンとサニーレタスのサンドウィッチに集中することにした。

 昼食を食べ終えた僕らは、稀子の提案でマンションへ戻る道を歩いた。時間帯的には一日で最も暑い筈だけど、迷路道はじめじめとした日陰ばかりで涼しい。

「どこへ行くの?」

『マンションの向かいに、小さな家があっただろう』

「え? うん、あるよ。北側の北川さん家だね」

『洒落だな』

 稀子がくすりと笑う。普段の老成した表情とは違う、柔らかな女の子らしい表情がとっても可愛らしい。

「普段からそういう表情、すればいいのに……」

『うん? 何か言ったか?』

「いや、何も」

 僕は慌てて笑いをおさめる。稀子はそんな僕の様子を不思議そうに見つめ、ちょっとだけ首を傾げた。


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