裏庭の秘密
『これが、事件の終幕だ』
携帯のスピーカーから流れる少女の声。春佳はそっとボタンを押し、携帯電話の電源を切った。
夏奈が落ちたのは、事故だった。どうして見ていてあげられなかったのだろう。
夏奈自身もまた、寂しかったのだ。
悲しみを見せないように力を入れて、気を張ってきたけれど、夏奈は敏感に感じ取っていたんだろうか。母親に迷惑をかけないために、今まで言わなかっただけなんだろうか。
「私、母親失格だ――」
自分のことで精一杯で、娘の心の声に、必死のエスオーエスに、気付いてあげられなかった。
長い、本当に長いあいだ流していなかった涙が、頬をこぼれて首筋を伝った。一人にならなくては涙を流せなくなったのは、いつからだっただろう。
「う……ぅあ……」
病院の裏庭の一角で春佳は一人、泣き続ける。
病室に戻ると、清潔な白に満たされた部屋で夏奈が眠っていた。
夫とは違って、夏奈はその命をこの世に繋ぎとめることができた。
七海のことは恨んでいなかった。少し早くいきすぎてしまったけれど――彼は、命と引き換えにでも子供を助けられる人だった。それをちょっとだけ誇りに思う。
「良かった」
夏奈が雅喜くんに会いに行ってしまわなくて、本当に良かった。
いつか、話してあげようと思う。あなたのお父さんは、本当に勇敢でやさしかったんだと。素敵な人だった、大好きだったんだと。あなたが目を覚ましたら、笑って話せるようになったら、いつか……。
小さなその手をきゅっと握る。
「夏奈」
雅喜くんがくれた、大切な命。もしかしたら、天国の雅喜くんが守ってくれたんだろうか?
ふわっと、背後に誰かが立った気がした。――いや、気のせいじゃない。背の高いどこかの誰かさんは、ちょうど今みたいに後ろから夏奈を覗き込むのが好きだった。そう、今みたいに私の頬をそっと撫でて、夏奈の髪を優しく梳いて。
今みたいに、私に微笑みかけてくれるんだ。
「くすっ」
また、涙がこみ上げてきた時――。
夏奈の長い睫毛が揺れ、そして――。
「……おかあさん……?」




