過去と現在とそして私と
もし仮にあなたが昔にタイムトラベルトラベルできて、過去の出来事を変えることができるなら、あなたは過去を変えることを選ぶだろうか。
普通の人なら変えることを選ぶだろう。人生なんて嫌なことばっかりで、後悔してばっかりで、やり直したいと思うことばっかりなんだから。
タイムトラベルといえばよく話にあげられるのがタイムパラドックスのことである。
仮にあなたが過去に戻り、親を殺してしまうという結果になったとき、あなたはどうなるのか。
親を殺してしまったのだからその世界の未来にあなたは生まれないが、あなたが生まれなかった場合、あなたの親は死ぬことはなくその未来にはあなたが生まれるということになる。
こんな矛盾が生じるのがタイムパラドックスである。
タイムパラドックスが生じるためにタイムトラベルはできないという学者もいるのだが、この際そのことはおいておこう。
もしあなたがタイムトラベルできてタイムパラドックスを生じさせることなしに昔の出来事をに変えることができるなら、あなたは過去を変えるだろうか。
私もその問いに対して「はい」と答えるだけ、昔の自分の失敗に対して嫌な思いをしている普通の青年だった。
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「今日どっか遊びにいこうぜ。」
「カラオケでもいく?」
「前行った。」
「じゃあどこいくよ。」
そんな声を後ろに聞きながら、私は教室を出る。
私、田中奏は大学一年生だ。それなりの高校で自分なりに頑張って勉強し、一応名のしれた大学は受かったものの、それは第二志望の大学で…。まぁ別に大学で何かがしたかったわけでもなく、行きたいところがなかったのでネームバリューで選んだのでそこまで残念なわけでもない。
それでもやはり落ちたときは悔しかったもので…。それに落ちたことによって親には私がサボった結果だと思われていて。親もたいして受験のことについてわかっていないだろうが世間の印象を気にしたみたいで、私の頑張りは評価されなかったみたいだ。
先ほど言ったように私自身は今の大学にきたことを後悔はしていないが、なんだか残念な雰囲気になっている。
教室をでてキャンパスから出ようとしたときに、
「おーい、カナっ!」
と、私のことを呼ぶ声が聞こえた。
私の名前をカナと呼ぶのは今では私の恋人である高倉奈々美だけだ。ただでさえ女の子のような名前なのに、こう呼ばれるとさらに女の子っぽくなるのでやめて欲しいのだが。
「なんだよナナ。」
私は振り返りもせずにそう言った。
私も彼女のことを、名前のはじめの2文字で呼ぶ。
彼女は友達が多いのにこんな私といつも一緒にいてくれる。あまり社交的でなく、周りから暗いと思われている私と。
「せめてこっち向いてよ。」
ナナは走って私に近づき、
「いいじゃないか誰かわかるんだから。というか今日このあとバイトじゃなかったっけ?」
「シフト変わったの。」
「あっそ。ならメール入れてくれれば待ったのに。」
そんなことを言いながら家が近い私たちは、自宅へ帰るため二人で駅に向かった。
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ナナと別れ、駅から歩いて家に帰っているときだった。夕焼けをみながらとぼとぼ歩いていると、ふと、キンッと金属音がした。
周りを見渡すも人影は見当たらず、小動物のようなものも見当たらなかった。
奇妙には思ったが、思い違いかと思いすぐにそのことを忘れた。
…のは一瞬のことだった。
「キンッ」
私のすぐ後ろで先ほどと同じ金属音がした。私はすぐに振り返った。そこには先ほどと同じようになにもいなかった。
…ただ、なにもなかったわけではなかった。
「懐中時計…?」
下をみながら歩いたのでわかるが、先ほどまではそこにはなかったはずの、キラキラとひかる懐中時計が落ちていた。金属音の原因はこれだろうか。
拾い上げ、眺めてみるも懐中時計自体が私にとっては珍しかったので、詳しいことはよくわからなかったが、大きなつまみが時計の右側についていた。
つまみをまわしてみると、突然周りの景色がゆがんだ。
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気がつくとそこは私の家への帰り道ではなかった。
もっというと、夕方ですらなかった。
そして信じられないことに、そこは私が大学生をやっている時代でもなかった。
それがわかったのは私の家の近くのケーキ屋さんがまだ経営されているのを見たからだった。
その店は、私が中学1年生のときの10月31日に閉店したはずだった。
なぜそこまで覚えてるかといえば、10月31日は私の誕生日だからだ。
私の家では、毎年そこの店で買った誕生日ケーキを夕ご飯後にだしてくれていた。私もそのケーキが大好きだったのだが、中学1年生のその日私はそこのケーキを食べられなかったのだ。
閉店セールをやっていたその日、母と私が15時頃その店に行ったときにはもうホールケーキは売り切れていた。
泣く泣く他の店で買ったケーキを食べたというのが、思い出に残っていた。
そして、今日はその日らしい。ケーキ屋さんの入り口の前には「閉店セール!!」とかかれた看板がたっていた。
私はなにかしようと思ったわけでもなく、なんとなくその店に入った。
懐かしい雰囲気を味わっているとホールケーキが目に入った。15時という早い段階で売り切れになっていたものがそこにはあった。
店にあった時計を見てみると14時48分をさしていた。
「こんなギリギリで買えなかったのか。」
なんてことをつぶやくと、思いついたことがあった。
「すいません、このホールケーキちょっとの間とりおきしといてもらえませんか。友人と相談したいので、少しだけ。」
私は店の人にそう言った。
「ええ、構いませんよ。」
カウンターの反対側に立っていた店の人は柔らかい笑顔でそう言ってくれた。
私は店をでて、少し離れたところで携帯で連絡をとっているフリをしながら、彼らが来るのを待った。
10分ほどたったとき、私が待っていた二人が現れた。母親と子供が手をつないで仲良さそうに店に入るのが見えた。
二人が入ったあとに、私も続いて入った。
「すいませんこのケーキをもらえますか。」
母親が、そういった。
「すいません、そのケーキは先ほどとりおきを頼まれまして、申し訳ありませんが売れないんです。」
店の人がすまなそうにこたえたあと、私は親子の後ろから店員にこう言った。
「ほんとすいません。さっきとりおきしてもらったケーキ買えなくなりました。ほんとごめんなさい。無茶なことを言ってしまったのに。」
「いえ、買いたいという人がいますので、気にしないでください。」
店員はまたも柔らかい笑顔でそう言ってくれた。
私は店をでた。店を出るときにみた子供の顔はとても嬉しそうだった。
私はあんな顔をできたのか。
再び周りの景色がゆがんだ。
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気がつくと、そこは駅から我が家までの道の途中で時間は夕方だった。景色がゆがむ前と時間はかわっていないようだった。
今のはなんだったのだろうか。私は昔にタイムトラベルして、中学1年生の誕生日にあった自分が残念に思っていたことを変えたのだ、という記憶があった。ただその残念だという気持ちは私の中にはなく、そのあとどうなったのかという記憶もなかった。
「これは昔にもどって出来事をかえることができるタイムマシンなのか?!」
私はそんな風に思った。
私は走って家に帰ると、自分の部屋に駆け込み、鍵をしめた。
先ほど拾った懐中時計を手の中でくるくるといじった。
「これを使えばいやな思い出を消せるんじゃないだろうか。」
そう思った私は、いやなことを思い出し、それを変えようと思いながら懐中時計についているつまみをひねった。
景色がゆがんだ。
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景色のゆがみがなおると、私は家の近くにいた。そして私は目的地である公園にむかった。その日高校1年生の私はその公園で友人と喧嘩する。たいした理由ではなかったと思うが、私も何も悪くないのにボロカスに言われ、そんな友人はいらないとボロカスに言い返したのだ。それ以来、彼とは話していない。
公園に着くと高校生二人が喧嘩していた。遅かったか。
友人のほうが怒りながら公園をでていくところだった。
私は高校生の私に声をかける。
「なんだか叫んでいたようだったがどうしたんだい。」
「ただの喧嘩です。」
「それにしては尋常じゃない様子だったが。」
「いいんですあんなやつ。」
「そうか。まぁ人生の先輩としてアドバイスしておくと、自分のプライドを守りすぎることに意味はないよ。」
「なんですかどうでもいいじゃないで
すか。」
「私も似たような経験をしていてね。ものすごく後悔している。もしあの子にもう会えなくなったとして、きみはいまの状態での別れでいいのかな?」
高校生の私は何も言わずに公園をでて行った。私の家の方向ではなく、先ほどの高校生がでて行った方向に。
昔の私はこんなに素直だったのか。
また景色がゆがむ。
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戻ってきたとき、私の頭の中にあったのは、友達と酷い喧嘩をして、絶交した過去を変えたということだけだった。昔の私の気持ちも、それから何があったのかも覚えていなかった。
「やっぱりこれは昔のことを変えることができるものなんだ!」
私は嬉しく思った。これでいやな思い出はなかったことにできると。
私は1番後悔している思い出を消そうと思い、懐中時計のつまみをまわした。
景色がゆがんだ。
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気がつくとそこは病院だった。高校生2年生の夏、私は病院に通っていた。
私が病気だったりしたわけではなく、重い病気にかかっていた幼稚園からの親友のシュンこと高橋俊哉を見舞うためだ。おそらく今日の5時、彼は容態が急変して死んでしまう。
私はそのとき彼のそばにはいなかった。その日私はお見舞いに来てはいたのだが、彼に相談ごとをし、彼のアドバイス通りにするために病院をでたのだった。彼の容態が急変したのはその後のことだったみたいだ。
その相談ごととは恋のことで、この当時の私は同じクラスだった高倉奈々美に恋をしていた。そのことをシュンに相談したら彼は、
「もう告白すればいいじゃん。」
なんて軽く言った。ただその言葉がなければ私は告白なんてしなかっただろう。珍しく私は決心し、ナナに告白するために連絡して告白しにいくことになった。また結果は伝えると彼に言って私は病院をでたのだ。
告白の結果はOK。大学の今までずっと仲良く続いている。ただそのことを伝える前には彼は死んでしまった。そのことを私はとても後悔している。今までの感謝すら伝えられなかったことを。
そのことを引きずって私は暗くなってしまった。今では仲良くしているのはナナくらいのものだ。彼女は理解してくれているから。
今回は高校2年生の私を止めるためにここに来た。後悔しないように。
彼の病室は覚えている。何度も通った部屋だから。
シュンの病室が目に入ったとき、ちょうど高校2年生の私が部屋からでてくるとこだった。
私は彼を止めようとした。現在の私がこの後悔している記憶をなくすことを思って。
…記憶をなくす…?
もしここで私が高校生の私を止めたら、今の私の記憶はどうなるのだろうか。ここで病室をでたことを後悔したことを忘れて、シュンにしてもし尽くせないくらいの感謝の念を抱いていたことを改めて理解したことを忘れて、シュンにたいしての気持ちを忘れてしまう…?
そう考えると私は声が出なかった。その間にも高校生の私はエレベーターに乗って一階に降りようとしていた。
まだ追いかければ間に合うかもしれないが、私は追いかけなかった。
私はシュンのことを忘れたくなかった。彼に感謝していることを忘れたくなかった。人生で一番後悔しているほどの彼に対しての感謝を、それまでの思い出を、私は決して忘れたくなかった。
ただ感謝はつたえなければ、そう思った私はシュンの病室にはいった。
彼はまだ元気そうだった。こっちをみて誰だろうかと不思議そうな顔をした後、気がついたような顔をし、懐かしい微笑みを浮かべながらこう言った。
「大人っぽくなったな、カナ。」
私の目から涙がこぼれた。今でこそナナしか呼ばない呼び方で、私の親友は記憶の通りに私の名前をそう呼んだ。
「なんで…わかるんだよ…シュン。」
「そりゃ、長い付き合いだからな。なんで泣くんだよ。」
「だって…お前もう…。」
「あーやっぱりそうか。そんな気はしてたよ。お前を追い出して正解だったな。そんな風に泣かれちゃかなわん。」
やっぱりシュンはシュンだった。
「ところでなにしにきたんだ。」
シュンは私が未来から来ていることを疑わないらしい。
「いや、このときの俺を止めようと思ったんだけど、やめて俺が代わりに感謝を言いに来た。」
「そうか。」
「うん。ありがとな。今まで。楽しかったよ。」
「そんなこと言うなよ。俺まで泣きたくなる。」
「シュンが死んでからずっと後悔してたんだ、なんであのときに限って決心して病室をでたんだろうって。」
「まぁ俺が追い出したか…ゲホゲホッ!」
「おい大丈夫か?!」
「大丈夫じゃねぇよしってんだろ⁈もう無理だわ。俺からもありがとうをら言わせてくれ。あとその後悔を引きずって暗くなって友達作らないとかやめろよ?お前らしい笑顔でいろよ。そうだな、あとは彼女とお幸せに。」
何もかもお見通しだった。
シュンの体につないでいる機械から緊急を知らせる音が鳴る。
「じゃあな、カナ。」
「おう、あと70年くらいしたらそっちいくわ。じゃあな、シュン。」
景色がゆがむ。最後に聞こえたのはナースが医師を呼ぶ声だった。
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戻ってきたらしい。私の目からは涙が溢れていた。私はベッドに倒れこみそのまま眠りについた。
次の日の朝、私は懐中時計を壊し、ゴミ箱に捨てた。
今までの失敗とかを後悔しつつ進んできた結果いるこの場所。何か違うことがあったなら、私の立っている場所はすこしずれたところになるのだろう。
人間だからミスも後悔もするだろう。
それでもいいじゃないか。その結果で私ができてるんだから。
いつも通りに大学へ向かう。その途中にナナを見かけた。
「おはようナナ。」
「おはよう!珍しいね、カナがそんな笑顔なんて。」
「ちょっと親友にね。」
「え?カナ友達いたの?」
「うっせぇばか。」
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さて、もし仮にあなたが昔にタイムトラベルトラベルできて、過去の出来事を変えることができるなら、あなたは過去を変えることを選ぶだろうか。
あぁ、私の経験上条件を付け加えなければならない。
もし仮にあなたが昔にタイムトラベルトラベルできて、過去の出来事を変えることができるなら、あなたは過去を変えることを選ぶだろうか。ただし、過去を変えることは結果だけでなく、そこまでの過程や自分の気持ちを否定することである。
今の私ならこの問いにははっきりとNOと答えるだろう。
今までの経験は全てが私をつくる材料なのだから。