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7

 福岡空港に着くと、イヴァンは東京行きの旅客機に乗り換えた。

 飛行機に乗り込むと窓際のエコノミー席に座る。離陸までまだ十分(じゅっぷん)はあるようだ。

 窓の外を見ていると、隣に髪を茶髪に染めた青年が航空切符を確認しながらこちらへ

向かってきた。

 言い方は悪いが東欧系のイヴァンでもわかるほど、小学生がそのまま成長したような軽薄で馬鹿そうな若い男だった。

 青年は被っていた黒のキャスケット帽を脱ぐと、イヴァンの隣の座席に座った。

「ふぃー、やっぱり我が家っていいもんだな……。年明けも頑張ろう……」

 ニタニタ笑いながら青年は独り言ちる。

「……君もそう思わないかい? 見たところ東欧系の顔立ちをしてるけど、ロシアあたりから来たの?」

 といきなりこちらの方に顔を向けて日本語で聞いてくるものだから、イヴァンは面食らった。

 日本人は礼儀を重んじる人種だと聞いていた。几帳面で、礼で始まり礼で終わる。フランクでフレンドリーなアメリカ人とは大きく違うから、肝に銘じておけとデチャンスに聞かされたものだった。

 その筈だが……。

「いやーロシアってなんか寒そうだから、今の日本の季節とか平気そうだよねぇ? 全裸で外に放り出しても四時間は凍死しなさそう! 僕は寒がりだから、せいぜい三十分くらいで凍死しちゃうかな? だってロシアって凍死する人なかなかいないでしょ? 僕がロシアのまっ外で全裸になったら十分(じゅっぷん)で凍死――」

 青年は眉をひそめるイヴァンに気づく様子すらなく、初対面であるはずのイヴァンにベラベラと一人喋り続けた。

 その口は飛行機が離陸してからも一向に閉ざされることはなかった。

 よく喋るな、こいつ。イヴァンはそう思い、ふうと息を吐いた。

「……さっきから黙っているけど、日本語わかる?」

 ようやく青年がそう聞き、イヴァンの返答を待った。

「……さんざん喋っておいて今更か?」

 イヴァンは日本に入って初めて日本語を使った瞬間だった。

「おおぉ!! 日本語話せるんだ? しかも訛りもあんまりない! ペラペラじゃん! なんか感動……」

 青年がにんまりと笑顔になった。それからこう続ける。

「僕はさ、テレビとかでよく外人の芸人が鈍ってる日本語使ってるけど、あの喋り方聞いただけで笑ってしまうんだよね。君はそうじゃなくてよかったよ。ほら、初対面の相手に笑われるとなんか嫌な感じじゃない?」

「初対面で蛇口が壊れたかのようにベラベラくちゃべる奴もどうかと思うぜ」

 イヴァンは皮肉っぽくそう言った。

「あー……」

 青年の顔が曇る。イヴァンは心の中でどす黒い笑みを浮かべた。

「いるよねそういう奴!」

 イヴァンはぎょっとなった。

「相手が喋る暇も与えないまま、一人だけ喋ってる自己中心的なクソ野郎。言葉責めっていうのかな? 俺もああ言うのは苦手だな! なんかわかんないけどムカつくし! この間もさ――」

 イヴァンは諦めて、再度窓の外を見た。上の方を見れば夜空、下を向けばどんよりとした雲のプレートがあった。


 飛行機が成田空港の滑走路に着陸して、スロープが接続されると青年は席を立った。上のボックスからハンドバッグを取り出すと帽子をかぶり、

「色々話せて楽しかったよ! また会おう、ロシア系のイケメン! アディオス、ふははは!」

 そう言って一足先に客室から去っていった。

 嵐のごとく去っていった青年を見て、イヴァンは呆然としていた。

 それもつかの間、

「……まぁ、退屈はしなかったな。と言うか、出来なかったというか……」

 そう独り言ち、荷物を取り出し、出口へと向かった。


               ※


 スロープを潜った先のロビーはざわざわとしていて、イヴァンは違和感を覚えた。このざわつきは人が混み合っているものでも、人々が話しているのが混ぜ合っているのでもなかった。

 騒ぎが起こった時のざわつきだ。

 何があった? イヴァンは適当に友人らしい日系人と話し合っていた黒人に聞くと、

人間(ヒューマ)兵器(ノイド)の陽性反応が出た奴が居たらしいぜ……。福岡空港発の便に乗ってたみたいだ。……若い青年だったとよ」

イヴァンはよく喋っていた青年の顔を脳裏に浮かべた。


 ……まさかな。

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