0.5
「ニュースです。千葉県T市にある遊園地『エンターグラウンド』に人間兵器が出現し、多数の死者、重傷者が出ました。これからの映像はたいへん残虐かつショッキングですので、お子さまや心臓の悪いお年寄りなどは周りの方が細心の注意を払いつつ、ごらんください」
映像にはトレンチコートを羽織った長身の男が、警備員や民間人を虐殺している様子が映しだされている。
「ロックフォード社の監視無人機が捉えたこの映像。刃物を持った人間兵器と思わしき男が、女性客や子供までも手にかけている」
映像はあまりにも残虐な箇所はぼかしが掛けられていたが、それでも、いやそれこそ視聴者の不安をかきたてさせるにはじゅうぶんだった。
「すぐさま無人兵器が出撃するものの、男はそれを次々と撃退。ピストルを持った警備員が応戦するものの当然太刀打ちできず、次々と殺害」
「男はその後、現れた重武装ドローン『ガルダ』で撃退。しかしこの人間兵器が残した傷跡は深く、死者は二十三人。重傷者は七人にも及びました」
※
イヴァン・ハーンはシェリー・チェインズが作ってくれた朝食のスクランブルエッグをがっつきつつ、そのニュースを見ていた。
どう考えても何かを食べながら見る内容の報道ではなかったが、彼はホログラフィック式のテレビから目を離さなかった。
テーブルの向こうのシェリーも、自分の分のトーストを食べながら真剣な眼差しでニュースを見ている。
宇佐美陽はパソコンで何やら作業に勤しんでいて、時々イヴァンとシェリーに得体の知れないものを見るように、ちらっと視線をよこしていた。
「こんなニュースを見ながらの飯は美味いですか? おふた方」
陽はとうとう我慢できなくなった様子で、もぐもぐと口を動かしながら残酷映像を垂れ流し続けるニュースを真面目に見ている二人に皮肉を投げかけた。ニュースは先ほどから何度も虐殺映像が流れている。
イヴァンは、
「メシなんてついでだよ。このニュースがメインディッシュでそのつまみでしかない。作ってくれたシェリーには悪いが……」
シェリーは、
「悪い人だよね、イヴァン……。わたしはこんな映像を見ててもちゃんと味わって食べてるんだよ……?」
とヤケ気味にトーストをがっついて、がっついて、平らげてしまった。意外とストレスやフラストレーションが食に向くタイプなのかもしれない。
「ほら、味わう暇もなくグル呑みしてるじゃないか!」
イヴァンが興奮気味にシェリーを指差す。
「イヴァンが酷いことを言うからだよ……?」
イチゴジャムを頬につけたままのシェリーは、イヴァンの指先を忌々しげに一瞥して、そして彼を睨みつけた。
「こんな調子じゃ、ブクブクデブデブになるのも時間の問題だな」
イヴァンは腹を包み込むようにして持つジェスチャーをしながら笑った。
「言ったね、この朴念仁。そうやって女の人とも別れてきたんでしょう? マクドネルさんから聞いてるもん……」
「なにをー!」
陽は作業をしていたがその二人のエスカレートしていくやり取りに、徐々にイライラして行き、終いには、
「てめぇらは朝っぱらから! 夫婦喧嘩は俺の居ないところでやれ!」
「夫婦喧嘩じゃない」
イヴァンとシェリーは同時に陽の方に向いた。さすがエンターグラウンドで共闘しただけあって息もぴったりに。
(……次のニュースです。ロックフォード社の社長、ジョン・ロックフォードさんが昨日お亡くなりになりました。六十五歳でした……)
イヴァンとシェリーと陽は同時にテレビに向いた。
(……ロックフォード・ジャパン本社を率いていたジョン・ロックフォード氏。……昨日の午前三時頃、未知の病『デーモンフィーバー』によりお亡くなりになりました。ロックフォード社と言えば、人間兵器問題に率先して対応していたことで有名な企業ですが――)
「父親が死に、いよいよスタンリー・ロックフォードによる独裁の始まりか」
ニュースを見ながらイヴァンが苦々しげにつぶやく。
事実上の社長はスタンリーだったとはいえ、ジョンが社長の座に坐っている以上、権限上の問題もあり、多少の不自由はあったはずなのだ。そのストッパーが死に、いよいよあの御曹司は暴走していくだろう。
「奴……リペニーは『マンドレイク計画』というワードを口に出していた。一体何なんだ?」
スクランブルエッグを食べ終わりディケンズの『オリバー・ツイスト』の文庫本を開きながらイヴァンが言う。
「マンドレイク……。鳴き声を聞いたら発狂死するという植物ですよね?」
陽が聞くとイヴァンは頷いた。
「ひょっとして、新しい人間兵器の名前とかじゃないでしょうか? その人間兵器が叫ぶと、周りの者は死ぬ、とか……」
イヴァンは陽をジロっと見、
「そんな馬鹿な……。馬鹿すぎる、馬鹿馬鹿しすぎる。だいたいなんで周りの奴らが死ぬんだ? うるさすぎるからか?」
思っていることをそのまま言った。
バカにされたからか、陽はちょっとムッとした様子で、
「違いますよ。ほら、二十歳を過ぎると聞こえなくなる音とかあるじゃありませんか。そんな感じで一定の周波で叫ぶんですよ。それとか……」
さらに続ける。
「nanoを投与した人間にしか聞こえない声で鳴くとか、色々あるでしょ?」
イヴァンはハッとした。本をバタンと閉じ、陽の方を見る。
陽は少しビクッとして、
「なんか変なこと言いましたか?」
いまやnanoは日本、いや全世界の人たちにとって当たり前のように身に着けているものだ。それを利用した無差別殺戮兵器を仮にスタンリーが開発していたとしたら?
ありえない話ではなかった。
イヴァンはシェリーの方へ向き、気になった事を言った。
「なぁシェリー。君が前に話したスタンリーの事についてもう一度言ってくれないか?」
シェリーはニュースから目を離さずコーヒーを音を立てずに啜り、
「彼は世界に恨みがある。お金持ちなのに、幼少の頃から数多くの理不尽、不公平、不平等を受け、生きてきた。冷えきった家庭、母親の死、友達の戦傷、多くの出来事が今のスタンリーを作り上げ、同時に彼という牢獄に閉じ込めている。……だからもしその識別式の破壊兵器を使うなら……おそらくだけど、それを公開して世界を脅迫し、転覆させ、彼にとっての『夢の王国』を築きあげるんじゃないかな?」
珍しく長台詞を言うと、再びコーヒーを一口運びニュースに集中した。
「が、まだこれは仮定の域を出ない」
イヴァンはそう言って、ニュースを見た。ニュースにはスタンリーが父親の死についてのインタビュー映像が流れており、
(父親は死にましたが、彼から受け継いだ人間兵器から人類を守る意思は生きています)
とさも白々とした様子で答えていた。
「ねぇ、もしかして僕の情報が役に立ちました? きっかけになりました?」
陽は嬉しそうに調子に乗っていた。
あぁ、とイヴァンは返事をしニュースの中の魔人を睨んだ。
「デチャンスに連絡する必要があるな。今後の作戦についても考えなくては」




