不信
府中市にあるゼロのセーフハウスで陽と芽衣は言い争いをしていた。
数時間前……、芽衣は「あんたが心配だから」という理由で作戦のブリーフィングに行く陽に同行し、陽は心底迷惑がって「ついてくんなよ」と何度も言ったが、彼女は聞く耳を持たなかった。
そしてセーフハウスに着くや、芽衣は「あの人間兵器……殺さないんですか?」とイヴァンに聞いていた。イヴァンは「『生きたまま捕まえてこい』とジョ……ウチの司令官様直々に言われたんでね」と言った。
陽はとうとう我慢の限界に達し、芽衣に「なんでそんな事言うの!?」と怒鳴っていた。
芽衣も負けじと言い返し、そして今に至る……。
「何度言えばわかるんだよ。彼女はそんなんじゃない。人としての感情がちゃんとある! 芽衣はそこんところはわかっているの?」
「その『人としての感情』? がもしロックフォード社に植え付けられていたモノだとしたら? もしそこを計算に入れたスタンリー・ロックフォードからあいつが送られてきたものだとしたら? 陽はちゃんとその事考えてるの?」
「あぁ考えてるね。シェリーの笑った顔、物悲しそうな顔は偽りではなかった!」
「じゃあ証明してみせなさいよ!」
この一時間……何度も同じやり取りをしていたが芽衣は一向に自分の意見を曲げようとはしない。
イヴァンの方は、二人のやり取りなど眼中にないように、ベッドで文庫本を読んでいた。スタージョンの『人間以上』。何故か邦訳版だった。
どっちの味方もしないイヴァンに腹を立たせつつも、陽はしっかりと自分の主張を言った。
「なぁ芽衣。疑いたい気持ちはわかるよ? でもね、あの子と関わったこともない芽衣はどうこう言うのもおかしい話でしょ? なんでそれがわからないの?」
それを聞いた芽衣は、
「『あの子』だなんて! そんな言い方やめてよ! あれは人間兵器――」
その時、陽は芽衣の背後の戸口にいる存在に気がついた。
「――あたし達の生活を脅かす存在よ!」
芽衣はその一言を放つ。
「…………」
対する陽は、彼女の背後に呆然と立ち尽くすシェリーを見ていた。
芽衣は陽の視線の先を追うように振り返った。全身を静かに震わせる繊細な少女がそこにはいる。
「わたしは……」
ややあってシェリーは声を出した。怒りと悲しみが混ざっているような複雑な声音だった。
「わたしは……そんなのじゃない……!」
気まずい沈黙が部屋を支配する。
陽はどうすることもできないまま、とりあえず救いの視線をイヴァンに求めた。イヴァンは陽の視線を無視して(あるいは気がつかず)、『人間以上』から目を離し、芽衣を睨んでいた。
馬鹿な人だ、どうにかしろよ。
陽はそう思うものの、彼はしばらくすると再び読書に集中した。
芽衣はバツが悪そうに彼女から視線をそらすと、
「人間面したって同じよ! あたしは人の感情がわからないあんた達が大っ嫌い!」
と言って、シェリーの横を通り過ぎ部屋をあとにした。
部屋に再び沈黙が訪れる。しかしイヴァンは芽衣が居なくなってせいせいしたのか、陽気な鼻歌を歌いながら読書を続けていた。
「……シェリー、気持ちはわかるよ」
陽はシェリーに歩み寄りながらそう言って、その手を握った。
「わたしは……どうすればいいの……?」
手を握られつつもシェリーは悲しそうに言う。
「なにもする必要はないね。きっと芽衣だってその内、君の心に触れて、思い直してくれるさ」
陽はニッコリと笑う。しかし、シェリーの表情は晴れない。
「そう……なのかな?」
「そうだよ? ねぇ、イヴァンさん?」
陽は喧嘩中どっちの擁護もしなかったイヴァンに視線を投げかけた。
イヴァンは読書の邪魔をされたからか、ちょっとイラッとして、しかしはっきりと、
「そうだ。シェリーは人としての最低限の感情はある。それを現すのが下手な不器用ちゃんなだけさ」
陽は満面の笑顔になり、シェリーもはにかんだような顔になった。
「ただな、陽」
イヴァンが続けたので、陽は黙って聞くことにした。
「俺はこの子を取り戻して不安を感じている。あのスタンリー・ロックフォードのことさ。何かあるはずだ」
それを聞いた陽の笑顔が消えた。
「何か……とは?」
「知らねーよ。だが何かある……何か」
そう言ってイヴァンははしたなくベッドに寝そべり、再び『人間以上』に取り掛かった。
陽とシェリーは顔を見合わせる。
イヴァンはと言うと、
「この本……すごいな。人間を超える力を持った人間が差別・迫害される描写を濃密に描いている……まるで……今の我々の世界の未来、いや明日を描いているな。すごいぞ」




