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イヴァンとシェリー

「にいさん、起きて」

 なんとなく懐かしさが漂うその声にイヴァンの意識は起こされた。

 目を開けると、イヴァンと同じ色をした銀髪の少女が微笑を浮かべ、顔を覗き込んでいた。

「イリーナ……、僕は寝てたのかい?」

 イリーナの青色の瞳の中のイヴァンがそう呟く。

「うん、そうだよ。とても気持ちよさそうだった」

 イリーナはクスッと口に手を当て笑うと、中腰状態から立ち上がり部屋のドアの方へ歩いて行った。

「はやく準備して。今日は母さんも連れて出かけるんでしょう?」

 イヴァンはうん、と返事をしイリーナが部屋を出て行くのを見守った。

 自分はいつの間に眠っていたのだろうか?

 その疑問はあえて考えないようにしながら、洗面所へ行き顔を洗い、イリーナの作ってくれた朝食を食べ、着替えをした。

 荷造りをすると、イリーナの部屋へ行きドアを開ける。

「イリーナ、僕の方は準備出来たよ」

 そう言いかけ、部屋の中のイリーナを見た。

 イリーナは窓に手を付け外の世界を凝視していた。外に広がるのは何故か真っ黒な空間。窓を黒いペンキで塗りつぶしたかのようだったが、イヴァンは大して疑問に思わない。

 違和感を覚えたのはその闇を見ているイリーナの方だった。

「イリーナ……?」

 返事をせず、ただ無の空間を黙って見ているイリーナを再度呼びかけた。

「……目を瞑ればこんな景色しかないよね」

 やっと口を開く。その声音はどこか寂しげに聞こえる。

「うん……そうだね。でもなんで『景色』なんて呼び方をするんだい。何もない空間じゃないか」

「黒があるじゃない」

 イリーナはそう言ってイヴァンの方を向いた。その目には、何もない、空っぽな闇の空間があった。

 イヴァンは驚き、後退りをした。

「お前……」

 震える声を発する。

「こうなったのもすべてイヴァンにいさんのせいだよ? 知らない男の人に乱暴されて、痛かったな……苦しかったな……」

 そう言って、イリーナがイリーナのモノではないしかしイリーナとわかる声で近づいてくる。

「ごめんよ……! イリーナ!」

 そう謝るが、イリーナは近づく足を止めなかった。

 イリーナは両手でイヴァンの顔を愛しげに包み、親指の先を眼球の方に向けた。

 イヴァンの方は恐怖で目をつむることさえ許されない。

 そして、親指がイヴァンの目に突き刺さる。



                 ※


 どっと体中の毛穴から汗が噴き出た。

 イヴァンは飛び起きると目元を触り、眼球の感覚を確かめた。

 眼球は二つともある。

 はぁ、と息をつくとまだ動悸が治まってない上半身を起こし、デジタル式の掛け時計を見た。

――深夜一時四十三分。

 イヴァンは不安事がある時などは目覚ましをセットしている時間よりも少し早めに起きるのが癖のようだったが、今回はいくら何でも早すぎだ。

 イヴァンは両頬をぱんぱんと叩き、ベッドを抜けると顔を洗いに洗面所に向かった。

 顔を思いっきりよく洗い、タオルを片手に洗面所を出ると、その足でレイの部屋に向かう。

 小声で「レイ、入るぜ」と言い、返事を待たずに部屋に踏み入れるとレイはソファですぅすぅと外見にそぐわない可愛らしい寝息を立てて寝ていた。ソファの隣のテーブルには溝に燃え尽きた吸い殻が刺さってある灰皿と、JPSと洒落た書体で表記された煙草のボックスパッケージがある。

 イヴァンはその箱から一本取り出すと、置かれてあったライターで火をつけ、恐る恐る吸い込んだ。

 イヴァンは喫煙者だったわけではないのだが、悪い夢を見た後なので落ち着けるアイテムが欲しかった。

 しかし、舌と喉に残る煙の味はあまりにも苦く、ふた口吸っただけで(むせ)てしまい諦めて灰皿に煙を上げる棒を突っ込んだ。


 レイの部屋を出ると隣のトイレから物音が聞こえたのでそちらに向かう。トイレのドアの下の僅かな隙間から明かりが漏れていた。

 イヴァンはトイレの横のスイッチを切ると、電気が消え、トイレの中から「おい」とボンズのくぐもった声が聞こえたので電気を付け直し、すぐにそこから退却した。


アディソンの寝ている部屋を通りセーフハウスの外に出ると、冬の星空と一部もかけていない丸い月が出迎えた。


 月をバックにパジャマ姿の一人の少女がフェンスに両肘をつき、静かな鼻歌を歌っていた。

 少女はイヴァンの気配にすぐに気が付き、後ろを振り向く。

「よぉ、シェリー」イヴァンはとりあえずそう挨拶する。

「イヴァン、こんばんは」シェリーも挨拶を返した。

 二人は月をしばらく見上げていた。

「綺麗な月だね……」

 ややあってシェリーがそうぽつりと漏らす。

「そうだな。……人間兵器もこの美しさがわかるとはな」

「またそうやって悪い冗談ばかり」

 皮肉を言うイヴァンにシェリーは残念そうに返答した。

「でも、本当は悪い人じゃないよね。イヴァンは。こうやって外出の許可も与えてくれるし」

「君に危険性が感じられないからな。……人間兵器ではあるが。軟禁はするが監禁はしないってことだ」

 シェリーを一瞥して、再び月を見上げる。

「……俺の育った故郷は何もない田舎町だったから夜にはこうして月を見るしかやることがなかったよ」

 シェリーはこちらを見た。

「寝室へ行き寝付く時も、遊び疲れて帰ってきた時も、ドンパチやりあっている戦場のど真ん中でも、月はいつも変わらずにそこにあった。どんなに焦っている時も、どんなに苦難を感じていようと、月を見るだけで落ち着けたもんさ。『世界がどうなろうと、変わらないものもあるんだ』とな」

 イヴァンは続ける。

「家族を殺された時でさえ、月を見るといくらか落ち着けたよ。この方法はお袋に教えてもらったものなんだ」

「もう、俺に家族はいない。この月の輝きでさえ、俺の怨念を消すことは出来ない。だから俺は悪霊であり続ける。ロックフォードをこの手で殺すまで」

 イヴァンは手のひらを見て、握りしめて拳を作った。

 その拳をシェリーの両手がやんわりと包み込んだ。

「その気持はわかるけれど……」

 シェリーは慈悲の籠もった表情でイヴァンを見ていた。

「彼だって人間だよ? 相手を敵視する前にまずはその人の気持ちになってあげなくちゃ。……そうじゃないとどちらも永遠に苦しむ運命になっちゃう」

 イヴァンはどう返事をしたらいいかわからず、ただ「結構お花畑なんだな」と呟くしかなかった。

「シェリー。君は家族については覚えているのか?」

 シェリーは首を横に振り、

「はっきりとしたことは全然。これっぽっちも。わたしが……人間兵器になっていく過程で記憶がリセットされたんだろうね。でもこの間、迷子になった子供と一緒に居てあげた時に陽に言われたんだ。『兄弟でもいるの?』って。その言葉はちょっと気がかりかな」

 シェリーはそう答え、目を伏せた。

 イヴァンは「そうか」と言うと、「他に何か思い出せるか?」と再度聞く。

「ごく(わず)かにだけど……お母さんの記憶とかかな。そのお母さんは、いつも優しく話しかけてくれていた。僅かな記憶の中なのに、優しさが表現出来てるって凄いなと思って」

 シェリーはふふっと笑い、また月を見上げた。

 真ん丸な月は変わらず銀の輝きを見せている。

「そうか、会えるといいな。家族に」

「うん」


「わたしからも一つ聞いていい?」

 ややあってそう尋ねるシェリーに、「いいぜ。話せることなら」と返す。

「その胸につけてあるペンダント、誰かの写真が入ってあるの?」

 イヴァンは胸についてある、月の光を浴びて輝いているロケットを見た。

 ロケットを手に取り、握りしめて、

「ああ。大事な……妹の」

 そう言っただけで、イヴァンは蓋を開き中のイリーナの写真を見せようとは考えなかった。

 亡くなった身内の写真を見せることは、イヴァンにとっては局部を見せるほど恥ずかしかったのだ。

 理由はわからない。ただどうしようもなく恥ずかしかった。


 シェリーもイヴァンのその気持ちはなんとなく察したのか、深く詮索しようとはしなかった。


 二人は朝が来るまで月を見ていた。

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