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装甲車用のタイヤが地面を擦り、この鬱陶しい昆虫はエンターグラウンドの北方面に爆走していた。その後ろには巨大な怪鳥が、この獲物を逃すまいと猛烈な勢いで追従している。その図体に見合わずガルダは小回りが効き、右へ逃げても左へ逃げてもピッタリと食いついてきていた。
「あの野郎、鳥のくせにスッポンのように食いついてきやがって……!」
操縦桿を動かしているレイは舌打ちをしつつ、イヴァンの方を向き、
「おい三枚目! あのガキにスッポン鳥の足止めを命令しろ!」
「なんでだ?」
あのガキ、と言うのは陽を指しているとわかったが、イヴァンはレイが何をしたいのかがよくわからなかった。
「バァカ! 陽動だよ、陽動! 敵を引きつけるのは俺らなんだ!」
イヴァンは後ろを振り向いた。インセクトの脱出ポッドであるラーヴァの収納されている位置には大きな空洞が空いていた。
そこでやっと納得し、ニヤと口を歪める。
「わかったぜ、レイ」
イヴァンはスマートフォンを取り出し、陽に指示を出した。
※
スタンリーは無人兵器工場宿舎の一室で、ガルダと同期したタブレット端末を操作しながら舌打ちをしていた。
傍から見ると、ゲームコントローラを弄りながら苛ついている大人を見ているようでシュールではあったがスタンリーは真剣そのものだった。
せめてシェリーは、シェリーだけは。
そんな思いがあり、ガルダに信号を送り続けていた。
「クソ……!」
なかなかあの装甲車に追いつけない苛立ちから何度目かの悪態をついたその時、部屋の窓の外が一瞬キラっと光ったように感じ、窓ガラスが割れ、タブレット端末がまるで魂が宿ったかのように手から離れた。
何が起こったか理解する暇もないまま、スタンリー自身も後方に吹っ飛ばされていた。
※
ぺたぺたと生物的な、実に気味の悪い脚が地面を踏みしめる。
CIAの開発班が造った試作型対人間兵器用機動兵器、幼虫を操縦しているアディソンはエンターグラウンドの観覧車付近で停まり、頭上のロックフォード社無人兵器工場の宿舎を見上げた。宿舎の中もこのエンターグラウンドと同じく、もぬけの殻の様子で、廃墟にも似た謎の不気味さが漂っていた。
アディソンは無線端末を取り出し、イヴァンに教えてもらった陽の携帯番号をタップした。
呼び出し音が二、三回鳴り、スピーカーから、もしもしと苛立ち混じりの陽の声が響いた。
「少年、アディソンだ」
(……いや誰だよ)
アディソンは苦笑を浮かべながら、
「イヴァンの仲間だ。貴様の部屋にも邪魔させてもらったことがある」
事細かに説明している時間はないので、手短にそう告げる。
(あぁ……。なんか用ですか? 僕は今忙しいんですが)
「忙しいのは十分にわかっている。ちょっと簡単な操作を知ってほしい。エンターグラウンドの名物の観覧車の電力を復旧させてほしいって相談だ。できるか?」
(……舐めないで下さい。そんなこと瞬きする間に終わらせれますよ)
その言葉を聞いた次の瞬間、観覧車に光が灯り、ゆっくりと回転を始めた。
(はい! もう切りますね。いい加減色んな所からこき使われて気が狂いそうなんで)
通信が切れた。
「……冗談だろ」
陽のハッカーとしての有能さに驚愕しながら、観覧車の乗り場へとマシンを動かした。
ゴンドラに乗り、片方の触手を使いハッチを閉める。
窓ガラスをサプレッサー付きのベレッタで割ると、びゅうと冬の風が室内に入り込んできた。
ゴンドラは上昇し続け、アディソンはサプレッサー付きのスナイパーライフルの照準器を覗き、獲物が射程内に入るのを待った。
しばらく経つと、宿舎の一室でタブレット片手に苦戦しているスタンリーが見えた。
アディソンはまず、スタンリーの持っているタブレットを撃ち、次に右肩を撃った。
二箇所とも命中で、スタンリーが部屋で無様に転がる。
トドメを刺そうとした時、射程内に飛行型のドローンがこちらを銃撃してくるのが見えた。
くそったれ。もうガーディアンのお出ましかよ。
アディソンはゴンドラの窓の外にマニピュレーターを伸ばし適当な付け具を掴んだ。ベルトを腰に巻くと、ハッチをラーヴァの足で蹴破った。
一呼吸置くと、ラーヴァの身を窓の外に投げ出した。
※
気が付くと、逃走劇は終わっていた。
主を失ったガルダは、空中でその巨躯をゆらゆらと不安定に揺さぶると、そのままフリーフォールの塔にぶつかり、爆発、炎上していた。
「成功したようだな」
イヴァンはガルダの残骸を見ながら深々と息をついた。
夕日が西の空に沈みかけている頃、イヴァンとシェリーはインセクトから外に出て、赤々と燃え上がるその残骸を見つめ続けていた。
「スタンリー……」
シェリーがぽつりと呟き、イヴァンは視線をシェリーの方へ流した。相変わらずの無表情だったが、その目は潤いを帯びているように見えた。
シェリーにとってスタンリーはどういう存在だったのだろうか? とイヴァンは思う。その答えを得たところで、故郷に火を放ち、家族を惨殺した彼に対する憎しみが消えるわけでもないのだが、あのような残酷非道な男のためになぜ彼女は泣くのだろうか。
そこまで考えたところで、無線端末が鳴った。
「俺だ。アディソンか?」
(ああ、そうだ。すまないイヴァン。ロックフォードにとどめを刺せなかった。護衛用ドローンに邪魔されたよ)
イヴァンは苛立ちに舌を鳴らした。
「……わかった。シェリーの奪還は完了したんだし、あまり気を落とすことはないぞ、アディソン。じゃあ、後でな」
無線を切ると、再度シェリーの方を向く。
「聞こえてたか?」
「うん、丸聞こえ」
シェリーは無表情のまま答える。
「そう、スタンリーは生きてたんだね」
そう言っただけで、シェリーは再びガルダの残骸へ視線を戻した。
不意に後ろから走り寄ってくる音と気配が感じられた。
来たか。
イヴァンは覚悟を決め後ろを振り向き、レイを待った。
広大な遊園地に派手な殴打の音が響いた。
※
スタンリーは壁で体を支えながら、廊下を歩いていた。
右肩の傷口からは血がどくどくと溢れ、手から指先を伝って床に落ちていた。
幸いにも、骨や脈には当たっていないようだったが弾丸を摘出する必要がありそうだった。
「クソッタレ」
一言毒づき、壁を支えにして床に腰を下ろす。
息を荒げ、汗を滝のように流しながら、スタンリーは今後の事を考えた。
シェリーは完全にイヴァン達の手に渡った。もはやシェリーは自分ではスタンリーの元には戻らないだろう。だが、打つ手が無いわけじゃない。こういう時のために最終手段は残してあった。あまり好ましくないやり方ではあるが……。
そう思ったところで不意に傷口に鋭い痛みが走り、右のほうを見る。
マシュー・リペニーが真顔で屈み込み、注射器を傷口に刺していた。
「……何の注射だ? ぐぅ……!」
「強心剤よ。後で弾は摘出した方が良さそうね」
リペニーは注射器を傷口から離すと、フッと笑った。
「これで大丈夫よ。スタン」
「大丈夫なもんか。シェリーに逃げられた。俺とお前がいながら……! クソが」
傷口が痛みだし、スタンリーは再び呻く。
「マンドレイク計画の事もある。今すぐにでも作戦を練り直さないと後が……」
そう言いかけ、不意に胸のポケットの携帯電話が鳴った。
スタンリーは負傷していない左手でポケットから携帯を取り出し、タップし、もしもしと応答した。
(スタン様、大変です。ジョン様の容体が……!)
緊迫した様子のベンジャミンの声が耳朶を打った。
※
ガルダが撃墜された後、陽はすぐさま管制室を出て階段を上がり、遊園地に出た。
がらんとした無人遊園地の西の空には眩しい夕日が、まるでなにもなかったかのように沈みかけていた。
紅に塗られた空を見ながら、陽は歩く。
自分がチームの役に立った。ロックフォード社の高性能無人兵器をゼロの隊員と共にやっつけた。
まるで映画のような出来事に達成感を感じる。
そう思った瞬間、陽は自分ではまだ聞いたことのない妙に低い声が漏れ出てくることに気がついた。
ふふふくくく、と笑い終いには悪役じみた高笑いを始める。
近くに人はいないんだし、かまうものか。
そう思い、がはははははと笑い続けた。
「俺は勝った! 勝ったんだぁぁ!!」
空に向かって両手を広げ跪き、そう叫んだ。
さすがにデカく叫びすぎたか? と感じたが、どうせ気づかれはしないだろう。
「うるさい! なによその笑い!」
「陽! キモイゾ! キモイゾ!」
聞き慣れたハスキーボイスと電子音が響き、陽は笑いを中断し、その方を見た。
黒髪をロングストレートにした少女と緑色のカエル型ロボットがそこにはいた。
陽は一瞬なにが起こったのかよくわからなかった。
「はぁーあ、心配して損した……。返しなさいよ、ここまでの運賃……」
芽衣は呆れ顔になり頭を抱えた。
「カエセカエセ、カエセー!」
ケロビィも合いの手を打つ。
陽はハッとなり、
「芽衣!? なんでこんなところに?」
「こっちのセリフだわ、このアンポンタン!」
芽衣が人差し指を突きつける。
「突然消えるわ、連絡を何も寄越さないわ、あのイヴァンとか言う変な男の人といつの間に知り合いになってるわ、ホンット! お前はいつもいつも!」
芽衣は眉間を軽く揉みながら、陽に対し呪詛に近い言葉をぶつける。
「待てよ芽衣、これには理由があってだな……。聞いてくれ、俺は――」
「陽!」
自分を呼びかける声に陽の話は中断された。
声の方を見ると、手を控えめに振りながら歩いてくるシェリーと何故か右頬を真っ赤に腫らしたイヴァンが、こちらに向かってきていた。
「おう! イヴァンさんにシェリー! 無事だったんだ?」
陽は苦笑いを浮かべつつ、彼らのいる方に手を振る。
「陽、その子は……?」
芽衣が陽に問う。
「陽、その人は?」
シェリーも陽に問うた。
陽はまずはシェリーに、
「彼女は芽衣。僕の幼なじみで一緒の大学にも通ってるんだ。そして芽衣、彼女は」
「――シェリー・チェインズ。ここに来る時の電車の中で芽衣にも話した、ロックフォード社が造り出した人間兵器……その最高傑作だ」
イヴァンが遮ってシェリーを見ながら言った。
陽は「イヴァンさん!」と怒気を露わにした声で叫び、シェリーは悲しげに目を伏せ、芽衣は不安と恐れの混じった目でシェリーを見た。
空気が一瞬にして冷めた。
「……悪いな。俺たちはまだこの子を完全に信用したわけじゃないのでね」
イヴァンはそれだけ言うと、踵を返し歩き去って行った。
陽は睨みを効かせた視線でイヴァンの後ろ姿を一瞥して、その後作り笑いを浮かべ、
「べ、別にシェリーには敵対意思はないよ! だから安心して? 芽衣」
と芽衣に向かって言った。
芽衣の畏怖の混じった視線が変わることはなかったが。
「……陽もそう言ってるけれど、その通りだよ。わたしはただのちょっと変わった女の子。だからこれからよろしくね? 芽衣さん」
シェリーは芽衣に向かって手を差し出した。
その時だった。
芽衣は手を差し出しほんの軽くだが、シェリーの手を叩いた。
「芽衣……!」
陽が失望混じりの声を上げる。
「あたしに、……あたしに触らないで」
芽衣は恐れの混じった口調でそう吐き出し、踵を返しイヴァンの後を追った。そのすぐ後ろをケロビィが黙って追従する。
残された陽とシェリーは、ただ一言も発せずに俯いているしかなかった。
気が付くと夕日が完全に落ち、寒々とした夜の風が吹いていた。




