7
レイ・マクドネルを始めとするゼロの隊員達の乗った装甲車、『インセクト』はイヴァンを追いサイレンを鳴らし、千葉県の街中を自動運転機能で爆走していた。
「人間兵器捜査部隊です! 道を開けてください!」
後部座席に座っているアディソンは、赤信号に差し掛かる度にそういう風なことをマイクに向かって怒鳴っている。そのマイクはインセクト外部に取り付けてある拡声器に繋がっており、聞きつけた車は車道の左側に寄せて停まってくれた。
アディソン(こいつ)が敬語を喋るのは似合わないな。レイはそんなことを思いつつ、今座っている運転席から後部座席の方に目を向ける。
バーンズは実戦を前にして青ざめた顔で、滝のような汗をかきながら手を組み座っており、ボンズは対人間兵器用機動兵器『ラーヴァ』の点検をしている。アディソンは「道を開けて! 早く!」と面倒臭そうな顔でマイクに吹きこんでいる。
レイは座席の下にあるレバーを倒した。レバーを倒すと運転席が後部座席へ向く形となり、席を立ちまずはバーンズに向かって歩いて行った。
「よぉ爆弾狂。そうカリカリすんなよ」
苦笑を混じえて、バーンズの肩にポンと手を置く。
バーンズは恐れの混じった目でレイを見た。
「ちょっと怖気づいてきました。無事帰れるかどうか」
表情や言葉とは裏腹に恐ろしく落ち着いた声音でそう返してきたので、レイは少し驚く。
「俺、CIAの局内に恋人がいるんです。まだ付き合って間もないんですけれど、とても大事に思っています。彼女ともしもう二度と会えなかったら――」
「バーンズ、考えるな」
置いた手でバーンズの体を揺すり、厳しい口調でそう言う。
「必ずイヴァンの野郎を連れて、お前も他のみんなもアメリカへ戻る。いいな?」
「……はい」
最後にもう一度バーンズの肩を揺すると、ボンズの方へ向かった。
「ラーヴァの状態はどうだ? ボンズ」
レイがそう問いかけると、屈み込み点火系の点検をしていたボンズは手をパンパンと叩き、
「良好だな。いや、新品同然だ。今すぐにでも起動できる」
ボンズは満足気な笑みを浮かべ、ラーヴァの体躯を見上げた。レイもそのマシンを見上げる。
専用スナイパーライフルを積んだ昆虫を思わせる外見の、この小型二足歩行兵器は車内の暗い影を被り、じっと佇んでいた。
「動かすのはこの隊のスナイパーであるアディソンだな」
ボンズはそう言って、マイクに向かって退いてください、と何度も怒鳴るアディソンを見た。
「……最後にもう一度だけ点検と装備の確認をしておけ。新品同然とはいえこいつの操縦はじゃじゃ馬だ。不具合でも起きたらアディソンが死ぬ」
「わかってるよ」
ボンズは返事をし再び点検にとりかかった。
レイは運転席に戻りながら携帯端末を取り出し、起動した。
イヴァンの顔写真のアイコンは千葉県にある遊園地『ENTER GROUND』で止まっていた。
その遊園地の中にイヴァンはいる。
レイは車内の壁に掛けてある、XM8ライフルを手に取り、運転席に向かった。
(エンターグラウンドまで、残り一キロです)
車内アナウンスが戦いの時が迫っていることを告げた。
※
「お願いします! 場内に入れてください! たかだか人間兵器一人なんでしょ!?」
「何度言えばわかるんだよ! あんたを入れたら俺らはクソ面倒な始末書とか書かなきゃいけないの! 死なれでもしたら……」
イヴァンが芽衣を置き去りにしエンターグラウンド内部に入場、あるいは潜入してから五分。芽衣は先刻からずっと遊園地の番人をしている警備員に、自分も中に入れろと繰り返し言っていたが、必死に言っても警備員は聞く耳を持たなかった。
人間兵器が場内にいるから閉鎖したのはわかるし、芽衣もこの状況で自分の意見を押し通すのは自己中心的であるとわかってはいたが、それでも煮え切らなさは収まらなかった。
「もう! バカ!」
芽衣は悪態をつき、近くにあった自販機に拳を叩きつけた。
その後で、少し赤く腫れた拳を擦る。
「ピリピリスルナ! メイ、アノヒナノカ?」
下衆な事を言って、飛び跳ねるケロビィを軽く蹴ろうと足を上げたその時、頭にふとしいた考えが思い浮かび、上げた足をそのまま降ろした。
後ろにいる警備員をちらっと見る。彼らは、やっとわかってくれたかと安堵した表情で芽衣を見ていた。
「ケロビィ、フラッシュ機能は使える?」
警備員たちに聞かれないように小声で聞く。
「ツカエルゾ! カナリマブシイゾ!」
ケロビィは元気に返事をする。
陽はこのケロビィに無駄に色々な機能をつけていた。
ご飯を作るときも、なんでもごった混ぜにして、結果とんでもないモノを作る陽らしいといえばそうだが、今の瞬間だけでもフラッシュは実用的な機能に思えた。
芽衣は再び警備員を見る。二人の男は「これだから最近の女は面倒だ」だとか「やれやれだな」とか話をしていた。
少なくともたった二人を相手にするには使える。と芽衣は改めて判断する。
芽衣は用心深い性格だったが、こうやって色々考えていてもどんどんイヴァンに距離をつけられると考え、行動に移した。
警備員の方へ振り返り、そのまま駆けた。
その様子に気づいた警備員は「あぁ! こいつ!」と身構える。
その前をケロビィが横切った。
「ケロビィ! やっちゃって!」
芽衣はそう叫んで、視線を横に向けた。
「ケロビィ、フラッシュ!!!」
小さなロボットの目から眩い閃光が走り、周囲を一瞬光に照らした。
写真撮影をするときのカメラから発せられるフラッシュを少し強くした程度の威力ではあったが、それでも二人の警備員の目を眩ませるには十分であった。
芽衣は警備員を横切り、鉄柵を乗り越え場内へ入る。ケロビィもその後を追従した。
「ごめんなさぁぁい!」
芽衣はそう叫びながら、無人の遊園地を駆けて行った。
「クソアマが!」
その後で、後ろから怒りと無念さの混じった警備員の声が虚しく聞こえた。
※
暴れまわっていた人間兵器の男を駆逐したガルダは、シェリーに近づき彼女の方へホバリング状態で向き直った。
ガルダから発せられるジェットの轟音の中、シェリーは強風で髪をなびかせながら、ただガルダを睨んでいる。
彼女から様子は見えなかったが、後ろにいる警備員たちはざわついている気配を出していた。
あの機体、遠隔操作で操縦している人がいるな、とシェリーは思った。
人工知能(AI)で操作される無人兵器はどうしても機械的な操縦にしかならない。
どんなに高度なAIでも、挙動一つ見ても機械っぽさが出てしまうものなのだ。
一方、人間が操作する無人兵器は操作する者の上手下手をうかがい知れる事ができる。
目の前にいるガルダは空の彼方からカラスが急降下するようにシェリーに接近し、そして目の前で羽根が地面に落ちるように綺麗に着地した。
それだけであれを操作している者がどれほどの技量かは十分に伝わってきた。
「敵対意思はない……よな?」
後ろでそのような声が聞こえる。
いや違う、とシェリーは思う。理由はわからなかったが、なんとなくこの無人兵器からは怒りの混じったオーラがにじみ出ていた。
(シェリー……)
ガルダの拡声器から聞き覚えのあるその声が聞こえた時、シェリーはぎょっとすると同時にやはり、と感じた。
「スタンリー様! あなたが操作しているのですか!」
(あぁ、そうだとも。今日は色々な事が起きるものだ。従順だと思っていたメイドはクソガキと一緒に逃げられるわ、この遊園地にどこからか来た人間兵器が迷い込むわ……)
その言葉を聞き、先刻爆散した人間兵器の男はスタンリーが送り込んだものではない、と認識を改める。
(ダメじゃないかシェリー。メイドがご主人様を裏切るような真似をしてちゃあ)
優しく、諭すような口調がかえって不気味に思われ、シェリーは肌を粟立たせた。
後ろの警備員は何事だ、とざわついている様子だった。
「ひとつ聞きたいことがあります! スタンリー!」
シェリーは後ろの様子を気にしながら声を張り上げた。
(なんだね?)
スタンリーの声が優しい口調のまま発せられる。
「わたしが人間兵器として誕生する前の、人として生きていた頃の記憶の事です」
わたしが人間兵器、のところで後ろが更にざわついた気配を出したがシェリーは黙殺した。
(……それがどうかしたのかね?)
「わたしには兄弟や母親がいたのですか? そしてその人達は今もどこかで生きているのでしょうか?」
ガルダが沈黙した。そしてその後、
(……やはり、人間兵器に感情は持たせるべきではないな。感情があれば余計な事を考えてしまう。あの宇佐美とかいう小僧に何をされたのか知らないが、私にこれ以上残念な思いをさせないでくれるか? 最高傑作の名が泣くぞ、シェリー・チェインズ)
家族のことには触れずに、挑戦的にそう告げるスタンリーをシェリーは軽蔑した。
違う。感情があれば自分の都合通りに動かないから、人形に出来ないから、あなたは怒っているだけだ。あなたは母親の幻影をわたしに重ね、歪んだ愛を向けているだけ。その歪みきった精神はいずれ自分を殺すことになる。
「そんな名前、欲しくない」
我知らずそう呟く。
決して大きな声ではなかったが、なんだと、と拡声器から声が響いた。
「わたしはシェリー・チェインズ。あなたの母親でも、人形でもない。わたしは――」
黙れ! と耳朶を打つ罵言が発せられ、バルカン砲が唸り、一拍置いてドドドと乱射された。
バルカンから発せられた二七mm口径の銃弾は、すべてシェリーの左右を素通りし、後ろから警備員らの断末魔の叫びが響いた。
バルカンは立て続けに火を噴き、その度に背後から悲痛な声が響く。
シェリーは耳を塞ぎたかった。バルカンの轟音がうるさいからではない。大勢の人が突然死に行く叫びが嫌だった。まるで、自分の心も銃弾でズタズタにされているかのようだ。
耳に両手を当てようとするが、全身が硬直して言うことを聞かない。
やめて、とシェリーは叫ぶが、銃声が止むことはない。
これからどれほど自分は苦しみぬくのだろう。
気が付くと、銃声は止んでいた。
頬に生暖かい液体が伝っている事に気がつく。自分は今泣いているのだろうか。
硝煙のニオイとからんからんと薬莢の雨が地面を打つ音だけが静かな世界にあった。
シェリーは恐る恐る右後ろを振り返る。まず目に入ったのは、おびただしい量の赤い液体。そのまま、左の方に視線を流していくと、手首や足首、脳漿らしきピンク色のゲル状の物体や肉片が散乱していた。臓物が山を作っている。まだ元の人物の面影を残した顔の破片が地面にへばり付いている……。
ガルダ、いやスタンリーは罪のない警備員を皆殺しにした。
その事実を認識した時、心の中で何かが燃え広がっていくのを感じる。
「どうして……こんなことするの……?」
驚くほど低い声が出たものだ。それはシェリーが自分でもまだ聞いたことがない静かな、それでいて身の毛もよだつくらいの声だった。
(意味など無いさ。強いて挙げるならお前が言うことを聞かないから見せしめだよ)
警備員を虐殺したのにも関わらず、平然とした声でスタンリーは続ける。
(聞かない子は殴ってでも躾けないとな? 私はお前の潰し方、いたぶり方をよく知っている。シェリー、お前が本当に感情のカケラもない人形だったなら私もお手上げだっただろうよ。だが――)
「黙ってよ……」
スタンリーの嘲り混じりの話を、シェリーは遮った。
シェリーは生まれてから此の方、誰かを憎んだことなどなかった。
自分の特殊な出生のせいでもあるし、閉鎖的な邸で過ごしてきてロックフォードの執事、ベンジャミンくらいしか人と触れ合えなかったというのもある。
でも、今は違う。
陽を始めとして色々な人を見て、触れ合ったことで自分の中の価値観が変わった。
あの警備員達にもそれぞれ人生があったはずなのだ。彼らにも家族や子供がいて、これからの事もあったのだろう。
それをどうしてこうも簡単に。どうしてそうも平然と。
よくも、よくも。
シェリーは落としていた視線を、正面に向けた。
心の中では既に憎悪の炎が焼きつくさんばかりの勢いで燃え上がっていた。
殺意という名の悪霊が自分にも宿ったかのようだ。
「スタンリー……あなただけは、絶対に」
敵は見えている。正面の怪物を睨んだまま、右足を前に出し左足の踵を上げる。
ガルダもウォンと唸り、シェリーの出方を待った。
「許さないっ!!」
地面を蹴り、怪鳥に向かってシェリーは駆けた。
※
重症を負った警備員にガルダが向かった先を教えてもらった後、イヴァンは南の方へAKを構えながら小走りで向かっていた。
遊園地は依然としてガラッとしたままだ。
メリーゴーランドのあるエリアに差し掛かったところで、イヴァンは足を休ませるために、歩きに切り替えた。
「イヴァンさぁん!」
不意に後ろから自分を呼ぶ声が聞こえ、イヴァンはぎょっとして振り返った。
芽衣がケロビィを抱きかかえ、凄いスピードで駆けて来る。その足の上げ方、走っている時の体勢まで、イヴァンがCIAに入った時に習得した走り方と同じだった。
「よくも置いていきましたね!?」
イヴァンに近づくなり、芽衣はメラメラと怒りの炎を燃やしながら詰め寄った。あれだけの速さで走った後だというのに、息は上がってないことが驚きだった。
「今の走り、どこで習ったんだ?」
恨み言には答えず、そう聞く。
特殊部隊の訓練では、飾りを極力取り払った、目的地に速く到着するための走りを体得させられる。
その走りは単純に分けて二つに分類される。一つは、足と足の幅を大きく広げ駆ける、スピード重視の走りだ。そしてもう一つは、逆に小さく広げ出来る限りのスピードで駆ける持久力重視の走り。この二つを訓練で習い、作戦の状況や展開を見て、臨機応変に使い分けることが求められた。
芽衣の今の走りは、スピード重視の走りそのものだった。
「へ? いえ、あたしは普通に走っただけですけど?」
怒り顔からキョトンとした顔になる芽衣。
「独学で習得したってことか?」
「えぇ、ランニングを始めとするトレーニングは趣味なんです」
趣味であの走りができるものなのか、とイヴァンは首を傾げた。
「ここに来る途中で嫌な光景を見なかったか?」
先刻、観覧車の近くで警備員たちが血塗れで倒れていた事を思い出しながら、聞いた。
「いえ、とにかくイヴァンさんを追うのに必死で……」
もしかしたら別のルートを辿って来たのかもしれない。
イヴァンはまぁいい、と言うと、
「ついてきたのなら、仕方がない。俺から離れるな。この遊園地にどこからか迷い込んだ人間兵器は手強いようだぞ」
「覚悟のうえです」
芽衣が決意を新たにした目で言った、その時であった。
「ダレカイル! メリーゴーランドフキン!」
芽衣の腕の中に収まったまま、ケロビィが目をピコピコ発光させつつ言った。
その音声でイヴァンはバッと、AKを構える。芽衣もイヴァンの背中に隠れつつメリーゴーランド付近の様子を窺った。
メリーゴーランドをよく観察すると、南側のレーンのブリキの馬に誰かが跨っているのが見えた。
あいつはまさか、とイヴァンが思った瞬間、メリーゴーランドに灯りが点き、馬たちが回り出した。呑気なメロディが流れ、跨った者がイヴァン達の視界に流れ込んでくる。
イヴァン達が見える位置に、差し掛かったところでメリーゴーランドは停まった。
「はぁーい! CIAのボウヤ! 来てくれたのね?」
マシュー・リペニーが姿を現す。
「リペニー……!」
イヴァンはリペニーの方へAKを構え直しながら、怒気を孕んだ声を出した。
「あら、嬉しい。アタシの名前、覚えててくれたのね!」
リペニーは口に手を当て、愉快そうにクスクス笑う。
「この遊園地に人間兵器を放ったのは貴様らか!?」
イヴァンが疑問に思っていたことを問う。
リペニーは気色悪い笑いを止めずに、
「いえ、まさか。そんな事してアタシとスタンになんの特があるっていうのよ?」
では誰が、とイヴァンは再度質問した。
「アタシの予想だとぉ、たぶん目に見えない第三勢力が奇襲をかけてきたのだと思うわ。目的が何なのか、それは知らないけれどねぇ」
第三勢力だって? とイヴァンは驚きの声を上げる。ロックフォード以外に人間兵器を製造、所有、使用している勢力があるとでも言うのだろうか?
「アタシにもそいつらの正体はハッキリとはわからないわ。でも、あなた達、知らないことがまだたくさんありそうよぉ?」
小馬鹿にした口調でリペニーが続ける。
「例えば、我がロックフォード社のことだけど、最近ちょっと面白そうな計画を企ててるわ。コードネームは『マンドレイク計画』と言うんだけど」
マンドレイクってなんだ、芽衣? とイヴァンは後ろをチラッと見て聞く。
「植物の名前じゃないでしょうか? イギリスの昔話とかには『その鳴き声を聴いた者は発狂した末死ぬ』と言われてます。確か。うろ覚え」
緊張を混じえた声で芽衣が言う。
「一体なんだ? そのマンドレイクとやらは!」
そこまで言った時、リペニーはパンと手を叩いた。
「はいはぁい! ロックフォード社が企てている計画の話はここまでぇ!」
イヴァンはリペニーを睨む。
リペニーはヘラヘラ笑いながら、
「あなたは優秀な素質を持った工作員のようだけど、残念。その素質が開花される前に、殺さないと、後々面倒なのよねぇ? せめて殺す前くらい、一戦交えたかったんだけどぉ……」
イヴァンさん、と芽衣が自分を呼ぶ声が聞こえる。
イヴァンは周りを見渡した。犬型の無人兵器……『ケルベロス』という名のロボットが、いつの間にか周りに集まってきていた。
「さすがにスタンも怒り心頭って感じだし、ごめんね? ここであなた達を殺すわ」
さぁお行きなさい! アタシの可愛いワンちゃん達! とリペニーが叫ぶと、ケルベロスの群れの一体が、イヴァンに向かって駆けて来た。
それに続き次から次へとケルベロス達が、獲物に襲いかかろうと駆ける。
「くっ!」
イヴァンは喉を鳴らし、ケルベロス達に向かってAKを単発式で撃った。
ケルベロスの一体が勢い良く倒れこんだのを確認すると、すぐ次の一体へ標準を合わせ、撃つ。それを繰り返す。
イヴァンの狙いは正確だった。イヴァンの銃弾を前にケルベロスは次々と倒れこむ。
「あはははは! お上手お上手!」
パンパンと手を叩く音と、リペニーのヒステリックな笑い声がどこからか聞こえる。
ケルベロスは無数にいた。
このままでは、AKの弾が切れるか、襲いかかるケルベロスの餌食となるかだ。
そう判断して、ケルベロスの群れの中に小さな突破口があることに、イヴァンは気がついた。
こうなったらイチかバチかだ。
イヴァンは、動くぞ、芽衣と呼ぶと返事を聞かず、その突破口へ走った。
後ろから芽衣が走って追従する気配は感じ取れた。
突破口の周りにいるケルベロスが近づき、イヴァンの顎を噛み砕こうと、大口を開け飛びかかった。
「屈め! 芽衣!」
素早くそう叫び、自分も屈む。
ケルベロスが二、三体、イヴァンの頭上を素通りし、後ろに行った。
それを確認するとイヴァンは再び走りだす。
後ろから芽衣の気配と、残ったケルベロスがガシャンガシャンとイヴァン達を追跡する無機質ながらも不気味な音が響いていた。
「あのコーヒーカップのところまで走れ!」
イヴァンの視線の先には、アトラクションの一つである回転するコーヒーカップが無秩序に並んでいた。
そこまで走ると、イヴァンはピンク色のコーヒーカップに素早く身を隠す。芽衣もその隣にあった赤色のコーヒーカップに隠れこんだ。
ケルベロスの駆動音が北から徐々に近づいていき、南へ向かって遠ざかっていった。
イヴァンと芽衣は、はぁと息をついた。
「行ってくれたようですね」
安堵の笑みを浮かべ、声を潜めながら囁く芽衣。
イヴァンは訝しげに芽衣を見た。
「なんです……?」
視線に気づき芽衣は言う。
「いや、君は本当に特殊部隊らしい走り方をするんだな、と思ってさ」
「やだなぁ、褒めても何も出ませんよ?」
イヴァンは立ち上がった。
「あのカマ野郎に一泡吹かせたいところだが、陽を見つけないとな」
その時、ドドドと南の方から銃声が聞こえた。
イヴァンと芽衣はその方へ向く。
ガトリング砲のそれと思しき銃撃音は嫌に長く続いた。
どれくらい続いたのだろう。その銃声がピタリと止む。
「今の……ガトリング砲の銃声か? それも無人兵器の」
「わかりません……。でもなんだか変に長かったですよね。まるで撃ちまくった時のような……」
「芽衣、君はここに隠れてろ。これから先は本当に見ない方がいい光景が広がっているのかもしれない」
なんとなくそんな予感がしたので、AKの弾倉を交換しつつ、指示した。
「イヴァンさん、でも……」
予想通り芽衣は反論しようとしたが、イヴァンは手で制した。
「それを差し引いても、怪物たちと戦うには君は足手まといだ。じっとしていろ」
はっきりとそう言われ、芽衣は黙って少し考える素振りを見せた。
そして、
「生きて帰ってくださいよ。陽も必ず生きたまま連れ戻して」
「おうよ!」
ニッと笑い、コーヒーカップから出て、先を急いだ。
少し移動すると子供用ジェットコースターの向こう側で、足のついた戦闘機が歩行しているようだった。
あれがガルダか。
イヴァンはガルダのいる方向をよく見る。
足を取って付けたような外見の戦闘機は誰かと交戦しているようだった。
この遊園地に侵入した人間兵器か?
イヴァンはそう思いながら、そっちの方へ歩を進めた。
不意にポケットの中のスマートフォンが鳴る。
こんな時に誰だ?
そう思いつつ、携帯電話を出し応答する。
「もしもし……?」
(イヴァ…………さ…………)
僅かに聞こえるその声には聞き覚えがあった。
「陽か……! おい!」
電話に向かって怒鳴るが、再びノイズ混じりの音声が耳に入る。
「よく聞こえん! おい、陽!? 陽なんだよな?」
(イヴァンさ……ん! 僕です! 陽ですよ!)
やっと通信が回復し、陽の緊迫した声が聞こえる。
「あぁ、聞こえた! 陽、無事なんだな!?」
(僕の方は無事です!)
今どこに、と言いかけると、
(管理室です! この遊園地の管理室ですよ!)
イヴァンは困惑した。デヴァイスに標された立体地図にはそれらしき部屋はどこにもなかった。そもそも、陽がなんでそんなところにいるのか、それすらもわからない。
(管理センターの無人兵器データベースに侵入して、『ピジョン』と呼ばれる無人兵器を乗っ取って、空からあなた達を見ています!)
イヴァンは頭上を見上げた。よく透き通った青い空に五機の飛行型無人兵器が滑空飛行で飛んでいた。
そのうちの一機が急降下で、イヴァンの目の前に降りてきた。
「……聞きたいことは色々あるが、無事ならいい」
その小さな機体をポンポンと手で叩くと、ガルダの方へ目を向ける。
「あいつ、誰と戦ってやがる?」
(シェリー・チェインズ)
その言葉に虚を突かれた。
「あいつ! 一人でなんでも抱え込みやがって……。陽、ピジョン(そいつ)に武装は付いているか?」
(バルカン砲と、一発撃ち切りのミサイルがあります。ジャックしたのは五機だから、ミサイルは×五ですね。あのデカブツと戦うにはだいぶ頼りないですがね……)
イヴァンはAKを構えた。
「ないよりかはマシだ。行くぜ!」
イヴァンと、陽の操縦するピジョンはシェリーの方へ向かった。
※
シェリーは憎悪の炎に身を委ねながら、ガルダと交戦していた。
バルカン砲から来る銃撃を凄まじい速さで回避し、隙を見てはガルダに駆け寄り、胴体に飛び移り内部コンピュータ(CPU)が内蔵されている頭部に拳を打ち付ける。考えることもなく、ただ憎しみに支配された体の動く通りに。
たとえ拳に血が滲もうと、体が焼かれようと、かまうものか。怒りをぶちまけろ。何もかも殺してしまえ。破壊してしまえ。
そんな思いがあり、内部CPUを守っている強化ガラスに拳を打ち込む。何度も何度も。
自分の顔が映っているガラスにぴし、とくもの巣状のヒビが入った。
とどめだ。
そう思って、拳を振り上げて降ろそうとした時、ふとヒビが入ったガラスの中の自分の顔が目に入った。
顔に合わさる形でヒビが入ったその顔は悪霊のように歪んでしまっている。
ヒビのせいなのか、それとも今本当に悪霊の形相をしているのか。
わたしは、今、何をしている?
シェリーは我に返る。
その時、ガルダが生物的な身震いをして、シェリーを振り落とした。
地面に落下する途中で、体勢を調整し、腕を水平に広げてストンと着地する。
(素晴らしい……。さすがは最高傑作だよ!)
スタンリーは興奮した様子で感嘆の声をあげた。
(だが……!)
そういうスタンリーの声が聞こえるやいなや、シェリーはガルダから発せられる超音波振動にその体を飛ばされていた。
今度は地面を転がり体のあちこちをぶつける。
常人ならとっくにショックか、脳震盪で死んでいるような、痛々しい転がり方だった。
シェリーはショックも起こさず脳震盪にもならず、痛くもなかったが。
(お前がいくら最強でも、実戦という経験が無いのだよ!)
スタンリーの嘲り混じりの声がどこからか聞こえる。
シェリーの全身の骨格は特殊な骨を使っていた。
名前は覚えにくい名称であったが、いかなる衝撃も緩和する、魔法の技術が使われたような特殊骨格だった。
言葉では表現できないほどの苦痛を伴う、その生体拡張の手術をシェリーは耐えた。
だが、何のために耐えたのかは覚えていない。
ひょっとすると、家族や兄弟の関係で乗り切ったのだろうか?
そう考えていると、大の字になって地面に倒れている自分に気がつく。
ちょっと陰りがある目の前の空から、白い丸いものが飛んでくるのがわかった。
あれはミサイルか、と他人ごとのように視認した。
狙われているのは自分にもかかわらず。
シェリーは死を思い、目を閉じた。
その反動で目から暖かな液体が漏れ出ることに気がつく。
なんでわたしは泣いているのだろう。
さっき、警備員が殺された時も自分は泣いてた。
なんで涙って流れるんだろう。
爆発音が聞こえた。
『聞こえた』と言う事は、自分はまだ生きているということだ。
シェリーは目を開けた。上空にはミサイルは跡形もなく無くなっており、代わりに煙の中から小さな無人兵器が出てくるのが見えた。
あれはピジョン?
朦朧とした視界の中で、黒い影が佇んでいる事に気がつく。
「ほら、起きろ。いつまで寝てやがるんだよ」
視界が回復し、銀髪の青年がライフルを持ち、優しげな顔で見下ろしていた。
「イヴァ……ン……?」
唇をヒクヒクさせつつ、そう発する。
「悪霊でも見たような顔しなさんなって……」
冗談めかした口調で、イヴァンはそう言った。
「なんで……?」
イヴァンはガルダのいる方向にAKを向けつつ、
「CIAは君の保護を目的としている。エージェントなら目的を果たさねばな?」
そして再びシェリーを見た。あの優しげな目で。
「約束通り会いに来てやったぞ、姫様。あとは俺たちに任せろ」
シェリーは微笑んだ。
陽といる時もそうだが、なんで微笑んだのかはわからない。
だが、感情というものには理由なんて必要ではないと思う。
嬉しい思いをした時は笑い、悲しい思いをした時は泣く。
それだけである。
「あの機体は前部にある、突き出ている部分が弱点です。イヴァン、頼みましたよ」
シェリーが教えると、イヴァンはおうよ、と返事をした。
「……やっぱりわたしも戦います」
正直、さすがの自分でも休んでいたかったが、イヴァンとあの陽が操縦していると思われる無人兵器だけに後を任せるわけにもいかなかった。
「どっちだよ……。君の手は煩わせない、と言いたいところだが、……やっぱり俺らで戦うのは少し心細い……かな?」
弱々しげにそういうイヴァンが、またおかしくてシェリーは笑った。
わたしは一人じゃない。
生まれてから此の方、他人に興味など持てなかった。
でも、今は違う。
わたしには大切な人がいる。
それは最強の人間兵器だった自分が持ってなかった究極の強さだと思った。
シェリーはイヴァンに目を向ける。イヴァンはガルダに向かって突撃していた。
シェリーも立ち上がり、地面を蹴った。
孤独で独り善がりの象徴であるガルダに向かって。
※
カッコつけたのはいいが、このままじゃ埒が明かんな、とイヴァンは最後のマガジンをAKに叩きこみつつ、思った。
あのガルダという、想像以上にデカいマシンは先刻から、バルカンを連射しており、シェリーにもイヴァンにも近づけさせなかった。
イヴァンはシェリーの教えた弱点を狙おうと、AKを先頭部の尖った部分に連射していたが、ガルダは馬鹿でかい外見とは裏腹に機動性があり、機敏な動きでそれを回避していた。
(虫けらの分際でちょこまかと……!)
バルカンをもはや乱射に近い勢いで撃ちまくり、三流悪役のようなことを言うスタンリー。
彼もまともな思考が徐々に失われつつあった。
「そんなセリフ、まさか映画以外で聞けるとは思ってなかったぜ!」
スタンリーに聞き伝わるようにそう叫び、セミオートでAKを撃つ。
ガルダがイヴァンの方を向く。
(イヴァン・サーシェンカ・ハーン! 東欧の国『アリョリーニア』で生まれ育った少年兵! 忘れるはずがないさ。妹は残念だったな? 奴ら、コトがとっとと済んだら愛しのイリーナの死体をつついたりして遊んでいたよ)
その言葉でイヴァンは、怒りを開放しそうになる。
挑発だとはわかっていたが、スタンリーの他に類を見ない残虐性に腸が煮えくり返りそうになったのだ。
イヴァンは手を胸元に伸ばし、イリーナの写真が収められたロケットを握る。
たったそれだけの仕草で、強くなったような気がした。
「俺のことを覚えててくれたのか? 以前会った時は忘れたような言い回しだったぞ? 嘘はよくないなぁ! 嘘つきは小悪党の始まりだって、ママに習わなかったのか?」
自分でも上手いこと言ったつもりはなかったが、その言葉を聞いた途端、シェリーはいけないと言う顔をしてイヴァンを見、スタンリーは、
(貴様ァ!!)
ともはや絶望的とも言える怒りがスピーカーを割らん勢いで周囲を響かせ、ガルダのウィングの下から、何かを射出した。
背後にドンという音が響き、イヴァンはすかさず背後を見た。
子供用ジェットコースターのレールの下の土台に大穴が空き、支えを失ったレールは今にもイヴァンを下敷きにしようとしていた。
おそらく特殊性のグレネード弾を使ったのだろうと、その穴を見てイヴァンは思った。
レールが崩れていく。
イヴァンは前方に向かって走った。大掛かりな作りではないレールだったので、間一髪でそれを避ける。
粉塵が舞い、視界が塞がった。
奴を怒らせたのだろうか? とイヴァンは思う。今の一撃は、明らかに怒りが籠もった一撃であった。
イヴァンは耳に手を当て、イヤホンの繋がった携帯電話で陽と通信をした。
「陽、時間稼ぎを頼む! 奴の足にミサイルを当て、バランスを崩せ!」
(了解! ロックオン!)
続いて発射! との声が耳朶を打ち、二発目のミサイルが発射される音が上空に響いた。
生物的な足に着弾したことがわかる爆発音が響き、イヴァンは口元をニヤと歪めた。
「お前と組んでよかったぜ」
心からそう言うと、目を開けた。
粉塵で塞がっていた視界は徐々に透き通っていき、不気味に赤く光るガルダの眼がこちらを見ていた。バルカン砲はシェリーを近づけさせまいと威嚇射撃をしたままだった。
そのまま、ガルダは生物的な足を利用してしゃがみ込み、そして跳んだ。
日が照っているにも関わらず、急に陰りが差したなとイヴァンは感じた。
上を見る。
巨大な三角形の無人兵器が、今にもイヴァンを下敷きにしようとしていた。
イヴァンは死を覚悟した。
その時、ガルダが大きく横にずれその上の太陽が除き、目が眩んだ。
視力が回復する間にガチャンと巨大な音が響き、地鳴りがし、何かにぶつかる音、金属同士のこすれ合う嫌な音、色々な音が耳に響いた。
視力が完全に回復すると、上空を一瞬見てガルダがそこにいない事を確認すると、周りを見渡した。
ガルダはすぐに見つかった。子供用ジェットコースターの残ったレールにその図体をめり込ませていた。その手前のアイスクリーム屋の手前で、灰色の装甲車がタイヤの跡を残しながら停止している。
前部が大きくへこんでしまっていたが、その装甲車には見覚えがあった。
「インセクト……?」
その後部ハッチが音を立てて開き、
「おいバーンズ! お前はもう運転禁止だ! 何も遊園地だからってな、あんなアトラクションをジャンプ台にしなくてもいいだろ!」
レイがカンカンになった様子で出てくる。
「ご、ごめ、すみません!」
バーンズがオドオドして出てきた。
「説教は後だ。実戦行動中だぞ……うっぷ、吐きそう……」
青ざめて口に手を当てながらボンズが出てきた。
ついてきたのか、とイヴァンは思った。
それだけじゃない。一連の会話から察するに、あの装甲車で無謀な体当たりを試みて、そして自分は九死に一生を得た。
助けてくれた。その実感がひしひしと胸を打ち、イヴァンは親しみを込めて手を軽く上げ、「よぉ、みんな」と挨拶をした。
レイはイヴァンを視認すると、睨みを効かせ、
「おまえ、あのガルダを片付けた後、頼むから一発殴らせろよ?」
「独断での行動だって言っただろ」
「まだ言うか……」
そんなやり取りをしつつ、ダウンしたガルダが起き上がるのを待った。
「……本当に俺の独断での行動だ。それでもいいのか?」
レイの方には視線をよこさず言葉だけを発する。
「あいつはここでぶっ飛ばさないと、地の果てまで追ってくるからな。それは面倒だ。イヴァン、お前が優れたリーダーだとはクソほどにも思わねぇ。だが優秀なエージェントだとは思う。だから助けるさ」
レイらしい言い方だな、とイヴァンはフッと笑った。
(小賢しいだけのネズミが、次から次へと!)
その叫びが聞こえ、ガルダがふらつきながら立ち上がった。
「アディソンはどこだ?」
イヴァンがガルダの方を睨みながら言う。
レイはイヴァンの方を横目で見てニッと笑い、
「狙撃場所に居るぞ」
「狙撃に適した場所がこの遊園地にあるのですか?」
いつの間にか横にいたシェリーがレイに問う。
本当にいつの間に、と言うツッコミはともかく、恐らくイヴァン達以上にこの遊園地のことを知っているシェリーは狙撃に適した場所がどこにあるのかわからないといった様子だった。
「なぁに、すぐにわかるさ。さぁイヴァンも人間兵器のお嬢さんも、車に乗ってくれ」
レイにそう勧められ、イヴァンとシェリーは車に向かった。
気のせいかもしれなかったが、レイから『人間兵器のお嬢さん』という言葉が発せられた時、シェリーは目を半開きにし、ムスッとした顔になっていたような気がした。




