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6

 シェリーは部屋を落ち着きなく歩き回っていた。

 ひとしきり歩きまわった後、ベッドに腰掛けては、再び立ち上がって歩き回る。

 陽はどうやってここを脱出するのだろう。なんでわたしと一緒に抜け出すんだろう。


 そんなことを考えているうち、落ち着きがなくなり、今こうして部屋を歩いている。

 人間兵器(ヒューマノイド)なのでいくら歩いても、疲労は感じなかったが、とにかく落ち着きたかった。

 飲み物が欲しくなり、キッチンで水を飲む。

 あ、そうだ。

 と、シェリーは思いついた。

 自分の部屋に客が来るのに、飲み物なしとはいただけない。

 メイドのくせに、そんなことも忘れていたなんて。

 シェリーは手首を返し、腕時計を見た。

 午前十時五十分。

 陽が来るまで、後十分。


 お湯をケトルで沸かし、ティーバッグを取り出す。紅茶はインスタントの物しかなかった。

 ポットにティーバッグとケトルのお湯を入れ、ポットを少し揺らし、ティーカップに茶を注ぐ。

 注ぎながら、シェリーはここからの脱出のことを考えていた。

 ロックフォード社の無人兵器(ドローン)工場のすぐ隣ということもあり、エンターグラウンドは無人兵器達の庭だった。

 その最新式の遊園地の中には色んな無人兵器が、人間兵器を取り締まっている。

 人間兵器を識別する機能と、尻尾型の電流ムチが装備された、犬型無人兵器『ケルベロス』。鳥型で高いところから周囲を見張る、飛行型無人兵器『ピジョン』。そして中でも気をつけるべきなのが、空陸両用で戦闘機ほどの大きさと形状に、大木サイズの生物的とも機械的ともつかない足が付いている戦闘型(バトル)無人兵器(ドローン)『ガルダ』。

 このガルダは、非常時に本部から飛んでくる実戦配備用無人兵器で、戦闘機に足をつけたような外見をしている。対人間兵器用のバルカン砲とグレネードランチャーが装備されており、普通の人間には何人で掛かろうが到底敵いそうにない無人兵器であった。


 この三機を相手に普通の青年である陽はどうやって立ち向かうつもりなのか。


 そこまで考えて、ティーカップの中の紅茶が溢れそうになっている事に気が付き、慌ててポットを戻した。

「どうかしてるね……わたし」

 苦い表情を浮かべ、独り言ちる。

 しかし……。

「どうかしてるよ……彼も」

 それがシェリーの本心だった。


 コンコンとノックする音が聞こえ、シェリーはドアに向かった。

 ドアを開けると、陽が姿を現した。手には中型のアタッシュケースを持っていた。

 やぁ、と陽が爽やかな笑みで挨拶をする。

「入って」

 そう言って、陽を部屋に入れた。

 ガチャンとドアを閉め、念入りに鍵をかける。

「ちょっと殺風景な部屋だね?」

 陽が部屋を見渡す。

 シェリーは少し恥じらいを覚えた。

 恥じらう、なんて自分には特に無縁な感情だと思っていた。

「あんまり見ちゃダメ」

「わ、悪い……」

 陽は慌ててシェリーを見た。

 ジッとこちらを見つめる。

 再び恥じらいを感じる。

「な、なに……?」

 シェリーは狼狽えた。

「いや、『部屋をジッと見るな』と言うから、シェリーだけを見てる……」

 陽がはにかみながらそう言う。

「……ふふっ」

 なんだか可笑しくなり、思わず笑ってしまった。

 彼といると、わたしは自然に笑える。

 それもシェリーが最近思った事実だった。

「なにがおかしいのさ?」

 陽はちょっとムッとなった様子で言う。

「いや……陽って面白いこと言うね、と思ってね」

 笑いを交えた声音でそう言う。

「よく言われるけどさ……」

 陽は釈然としない顔で、アタッシュケースを横にして置き、地べたに座った。

 その後で、アタッシュケースの錠を指紋認証で解除し、開けた。

 タブレット端末と、スマートフォンがそこにはあった。

「それは、なに?」

 シェリーが純粋な疑問を問う。

「僕用のハッキング専用のタブレットと、君用のスマートフォンさ」

「わたし用の……?」

 シェリーは再度疑問に感じた。

「このスマホにはちょっとした細工を施しておいてね。近くにいる無人兵器(ドローン)人間兵器(ヒューマノイド)識別機能を妨害(ジャミング)することができるんだ」

 なるほど、と思う。

「人間兵器の君でも、これが君を守ってくれるし、僕だってナノが無効化されるようなら……」

 そう言って、シェリーが今手にしているのと同じスマートフォンを取り出した。

「そういうことか……」

 口に出し、納得した。

「ハッキング専用のタブレットは、無人兵器工場に忍び込んで普通のタブレットとその他必要なパーツを失敬して作ったよ。ちなみにこのスマホもね」

 その後で、「いやぁ、工場に忍び込むのはなかなかスリリングだったな」とぶるっと震えながら言った。

「なんだか……お守りみたいだね」

 シェリーはそう言って笑った。

「だろ?」

 陽も得意気に笑う。

 その後で立ち上がり、

「さぁ、そうと決めたら行くか! 外の世界は面白いぞぉ!」

 そう言って部屋を出ようとした。

 シェリーは陽のジャケットの襟を掴み、地面に彼の体を叩きつけた。

「イテッ! ……なにすんのさぁ」

 陽が情けない声を出す。

 ちょっと乱暴なやり方だった、とシェリーは反省した。

「まって。陽のために紅茶を淹れたの。飲んでいく?」

 ここまで積極的になれる自分にも驚く。

「その為に叩きつけておいて、『飲んでいく?』って疑問形で聞くのは可笑しくない?」

 陽はムスッとしつつ、起き上がりながら言った。

「ごめんなさい……」

「別に謝らなくてもいい。いただくよ」

 陽は苦笑しつつそう言った。



          ※


 宿舎の一室でスタンリーは、窓の外を見ていた。

 カラッと晴れた空と、のどかに回る観覧車が手前に見える。アトラクション郡はいつも通り稼働していて、つまりいつもの光景だった。

 いつも通り過ぎて実につまらない。

 だからこそ、こういうところが混沌(カオス)に蹂躙されるところが見たい。


 我知らず口が引きつって笑みの形になっていることに気が付き、慌てて真顔に戻る。

「いかんな……」

 その後で独り言ちた。

 こう言う性格の子供じみた残虐性を、スタンリーは父親からの遺伝のせいだと決めつけていた。

 父がああだから俺はこうなった。

 父が規範するべきだった母を殺したから俺はこうなった。


 そういう思いがあり、ジョンに憎悪を向けていた。


 コンコンとドアのノック音が部屋に響き、スタンリーの思考はそこで中断された。

「入りたまえ」

 ドアが開き、リペニーが入ってくる。

「陽くんとシェリーちゃんが逃げ出したわ」

 開口一番に真剣な顔でそう言われた。

「……クソが」

 スタンリーは毒づく。

 その内、反逆され痛手を見るだろうよ。

 スタンリーの脳内には陽の言った言葉が反響していた。

 それだけじゃない。確かにシェリーは彼の言ったとおり、自我のようなものが徐々に芽生えつつある。

人間兵器(ヒューマノイド)に感情は持たせるべきじゃないな。あれじゃむしろ欠陥品じゃないか」

 眉間を揉みながら言うと、リペニーはふふっと笑い、

「自分の都合通りに動いてくれないから?」

 と見透かしたような笑みで言った。

 スタンリーはなんだかムカついた。そのムカつきは支配欲から来るものだという自覚もあったが、とにかく感情のままに従いたかったので、

「黙れ!」

 と息を荒げる。

「そもそも独断でCIAエージェントを生かせておいて、君はこれからどう責任を取ろうというのだ? リペニー隊長よ」

「いやーん、スタンこわーい! だってCIAの彼、まだまだ成長の余地がありそうだったんだもん!」

 両頬に手を添えつつ、リペニーがわざとらしい反応をした。

 スタンリーが窓に向き直る。

「……とにかく、ここで決着(ケリ)をつけるぞ。宇佐美のポストに手紙は入れたな?」

「えぇ。あの手紙通りに動くなら、彼はここに来るはずよ」

 年末のある夜、リペニーは陽を誘拐し、陽のアパートのポストに、彼を探しに来たイヴァンへの挑戦状とも言える手紙を入れた。

 そろそろイヴァン達、CIA連中が来てもいい頃合いである。


 どこからか携帯電話のバイブレータが振動する音が聞こえた。

 スタンリーは失礼、と言ってスマートフォンを取り出す。

「……なんだ? ん、わかった」

 通話を切ると、リペニーに向き直る。

「若い銀髪の男の目撃情報が来たぞ……」

 そう報告し、ニヤリと口元を歪めた。


             ※


 そろそろ偵察機(ドローン)が返ってくる頃か。

 イヴァンはホテルの一室の窓際で、サンドイッチを頬張りながらそう思った。

 開々と開いている窓の縁に肘をついて寄っかかりながら、朝食を食べていたイヴァンは、地平線の向こうからこちらに向かってくるひし形のシルエットを視認すると、残りのサンドイッチを口に押し入れた。

 羽根を広げた鳥型の形状をしている偵察機は窓に近づくとホバリング状態で室内にいるイヴァンに向き合った。

「該当エリアの地理情報を入手しました。お持ちの端末に転送します」

 偵察機から電子音声が鳴る。

「いい子だ。引き続き偵察にあたってくれ」

「了解」

 偵察機はUターンをすると、凄まじいスピードで地平線に戻っていった。

 イヴァンはホログラフィック式の携帯端末(デヴァイス)を取り出し、今偵察機から送られてきた遊園地の地図(マップ)を読み込んだ。

 デヴァイス上に巨大な遊園地の立体映像が浮かぶ。

 偵察機の視覚データから入手したその地図をずっと見ていると、部屋をノックする音が聞こえた。

「入って」

 イヴァンが声を張り上げる。

 失礼します、と芽衣が緊張をにじませた表情で室内に入ってきた。

「おはようございます。イヴァンさん」

「ああ、おはよう」

 朝の挨拶をすませ、イヴァンはデヴァイスの地図を芽衣に見せた。

「遊園地とその周辺のマップだ。この遊園地……バカデカいアトラクションの缶詰のようだが、構造自体はそこまで複雑じゃない。このエリアのどこかに、陽は居る」

 芽衣は固唾を呑んだ。その様子を見て苦笑し、

「そう固くなるな、芽衣。君の幼なじみを見つけて、そして連れ戻す。……簡単じゃないか」

 ですけど、と異議を唱える芽衣を手で制し、ベッドに歩み寄り、その上に乗せてあるアタッシュケースを開いた。

 AK-12とレッドホークがその中にある。

 AKの銃床(ストック)側面についてあるスイッチを押し、光学迷彩を起動させた。

 無骨な突撃銃が瞬く間に透明に包まれた。これで持ち運んでも人に怪しまれる心配はなかった。

「彼の幼なじみとしての君に聞きたい。陽はこの事態、どう動く?」

 レッドホークをガーゴパンツのウエストに挟み、シャツで拳銃を隠しながら、芽衣にそう尋ねる。

 AKの透明化に目を奪われていた芽衣は、ハッと我に返ると、

「捕らわれているままの陽ではないですし、あの手この手を使って脱出を頑張っているんじゃないでしょうか?」

 そうか、ありがとう、と返すと透明化されてない吊り紐でAKを肩に背負った。

「行くぞ。なんにしろあの馬鹿はこちら側に連れ戻さないとな」

 芽衣も「ええ、やりましょう」と、決意を新たにした目でそう言った。


              ※


 『それ』は、大勢の人が居るところで、ただ一人じっと佇んでいた。

 ここはどこだろう。

 俺は何をしているのだろう。

 そもそも俺は誰だろう。

 そういうこともわからないまま、一人でジッとしていた。


 大型犬を模した鉄の塊が一体、『それ』に向かって歩いてきた。

 鼻についてあるセンサーを二、三度それに向かって近づける。

人間兵器(ヒューマノイド)の存在を感知しました。ケルベロス、目標を駆逐します」

 電子音声が何やら聞こえ、犬型は、尻から尻尾を出しそれをビリビリさせ、身構えた。

 俺を殺す気か。

 『それ』は冷静にそう判断する。


 犬型は『それ』に向かって飛びかかった。

 犬型の動きはスローモーションに見え、その間、『それ』は片足を上げ、そして犬型の胴の部分を狙い蹴った。


 犬型は吹っ飛び、メリーゴーランド付近のホットドッグの売店にぶち当たり、体をめり込ませた。


「人間兵器だ!」

 拳銃を構えた人がこちらに向かってきた。


 場内は混乱し、やがてその混乱はウィルス大流行(パンデミック)のように、遊園地中に広がって行った。


              ※


 色々な客層で混んでいるエンターグラウンドの北口付近で、陽はシェリーを連れて歩いていた。

 えらく古くさい手段ではあるがこうして人混みに紛れていると、ロックフォード側の人間も、目で探すのは難しいだろう。スマートフォンの妨害(ジャミング)で無人兵器をよけ、人混みに紛れて、ロックフォードの追手の目をかい潜る。これで追跡対策は万全だった。

 ここから遊園地の南口を抜け、タクシーを拾い、駅へ行き、そこから東京に帰る。

 東京へ帰った後ならイヴァン達CIAにコンタクトを取り、そしてシェリーは保護してもらえるだろう。

 一度縁を切った相手を頼るのはなかなか気が引けるものであるが、陽にとってシェリーこそが今の行動原理だった。

 この子には人並みの幸せを手にしてもらいたい。

 人間兵器(ヒューマノイド)ではなく人として生きてもらいたい。

 その為に俺はロックフォードを潰す。


 陽はシェリーの方へ顔を向けた。

 今のシェリーの服装は、ナイキの赤色のスニーカーに、深青のジーンズ、黒のフード付きジャケットを羽織り、頭には黒のキャスケット帽を被っていた。

 なるべくカジュアルな格好をしていた方が、特定は出来ないだろうという陽の提案によるものだった。


 ジェットコースターを通り過ぎ、回転ブランコに差し掛かったところで、シェリーはふと足を止めた。

 陽が訝しげにシェリーを見た。

「何かおかしい……」

 シェリーは険しい表情だ。

「おかしい? 何が?」

 キョトンとして、シェリーを見る。

 シェリーは、右と左を見ながら陽に擦り寄った。

「聞こえない? このざわつき」

 陽は耳を済ませてみた。人集りの喧騒とした声がガヤガヤ聞こえるだけで、異常的な何かは感じられない。

「何も聞こえないぜ?」

 肩をすくませ、素直にそう言う。

「……ちょっと待ってて」

 シェリーは陽の肩に手を置き、そして走りだしていた。

「待てって? お、おい」

 陽はシェリーを追いかけようと自分も走りだすが、シェリーは足が早くて追いつかなかった。

 それでも追いかけようとするが、シェリーは人混みの中を器用にかい潜り、消えて行ってしまった。


「シェリー……!」

 一体何があったというのか。陽は足を止めずそう考えていると、真正面からくる人に気が付かず、ぶつかった。

 その女性はふらついたが、ぶつかった陽には謝りもせず、目もくれず陽の横をすり抜け、走り去っていった。

 何かに逃げるようなその様子に、陽は違和感を覚えた。

 その時、遊園地の至る所にあるスピーカーから放送が流れた。

(当区画内で人間兵器の存在が確認されました。お客様は速やかに退避してください。繰り返します――)

「なんだって!?」

 思わずそう声に出してしまった。

 先刻どこかに走って行ったシェリーが脳裏に一瞬よぎったが、『お守り』がある限りその可能性は考えにくい。陽はあのお守りには自信があった。

 だとすれば、シェリーと陽が逃げたことを知ったスタンリーが、放送を流すように指示を出したか。

 いや違う……。


 陽の真正面から逃げ惑う人が徐々に現れてはいずこかに消えていく。パニックに陥った様子で、人間兵器だ、逃げろ、と叫ぶ遊園地の客を見て、陽は確信した。

 シェリーとは別の人間兵器が現れた、と。


                 ※


 遊園地の中で人間兵器(ヒューマノイド)が現れ、大暴れしていることをイヴァンと芽衣が知ったのは、エンターグラウンドの入り口での事だった。

 入り口に立っていたのは業務員ではなく警備員で、人間兵器の存在が探知されましたので隔離中です、と緊迫した様子で言われ、イヴァンは渋々CIAの身分証を見せ、私はCIAの人間兵器捜査チームのハーンですと言い、通してもらった。

「イヴァンさん! あたしは?」

 同行していた芽衣が後ろで鉄柵に両手をつけて身を乗り出し、警備員に取り押さえながら声を上げていた。

「イヴァン! ケロビィハ! ケロビィハ!」

 ケロビィもイヴァンの元に向かおうとするが、警備員に蹴られ、倒れてしまった。

 イヴァンは考える時間も惜しく、「すまんな、芽衣! 陽の奴は必ず見つけ出す!」とだけ言うと、足早に駆けて行った。

「イヴァンさん待って!!」

 案の定、後ろからそう叫ぶ声が聞こえたが、イヴァンには構っている時間もなかった。


 人間兵器が居るというエリアに駆け足で踏み込んだイヴァンは足を止めず、肩に担いでいたAK突撃銃の光学迷彩を切り突撃銃の外観を出現させた。傍から見たら何もないところから、銃を取り出したかのように見えるだろう。

 がらんとした、広いフィールドに一枚のチラシが風で飛ばされている。あれだけ喧騒としていた場内は、ただ一体の人間兵器が現れただけで人っ子一人も居ない様子だった。


 地平線に赤い水たまりが広がっていた。

 風に乗り、鉄臭いにおいが漂ってくる。

 いや、違う。あれは……。

「血だまり……」

 イヴァンはそっちの方にAKの銃口を向けながら駆けていた。

 多数の警備員が横たわっている血だまりに近づき、周りの空間のあらゆる方向に銃口を向け安全を確認すると、一番手前に居た警備員の脈を(はか)った。

 死んでいる。

 他の警備員を見渡すと券売機に背を預けていた一人の警備員がゴホッと咳をしたように見えた。

 急いでその警備員に駆け寄る。

「人間兵器捜査部隊の者だ。もう大丈夫だからな」

 イヴァンは虫の息である警備員の両肩に手を置いた、警備員は何やら喋ろうとする。

「……ルダ」

 血を吐きながら何かをイヴァンに伝えようとしていた。

「なんだって?」

 イヴァンが聞き返すと、警備員は南の空に向かって重そうに指を指し、はっきりとこう言った。

怪鳥(ガルダ)

 その言葉を聞き作戦会議(ブリーフィング)の時に、戦闘機に大木のような足を付けたような外見の飛行型無人兵器の映像資料が流れていたことを思い出す。

 おそらく人間兵器が向かった先に、その無人兵器が追跡していったのだろう、とイヴァンは思った。

「なるほど、だいたいわかった」

 そう返事をし、立ち上がる。

「出血は酷いが致命傷は免れている。俺は奴らを追う。じっとしていろよ」

 警備員は荒い息のまま、頷いた。


 イヴァンはAKを構え前進する。快晴の空の向こう側には薄い雲が立ち込めていた。


                    ※


 何も感じてない様子の陽を尻目に、シェリーは騒ぎが起きている方向へ駆けていた。

 進むにつれ、騒ぎが酷くなっていく。

 逃げている人びとはシェリーとは逆の、南の方向に向かっていた。途中、何度も人にぶつかりそうになったが、その度にシェリーは自分でも驚くくらいの素早さで回避していった。


 どこかで子供が泣いている。

 シェリーは一先(ひとま)ず足を止め、その泣き声が聞こえる方向に自然な動作で向かった。

 子供はすぐに見つかった。緑色のTシャツを着た、男の子だった。

「もう大丈夫、大丈夫だからね」

 シェリーそう言って立ったまま子供を抱きしめた。少しすると、子供が大人しくなる。

「君、名前は?」

 そう聞くと、子供は涙声で「ケン」と名乗った。

「お母さんと離れたの?」

「う、うん……」

 シェリーは南の方に目を向けた。パニックに陥った人の間から微かに「ケン!」と叫ぶ声が聞こえたような気がした。

「あそこに君のお母さんはいるから、あそこまで走って。お母さんと会ったら急いでここを出る。出来る?」

 ケンはもう一度「うん」と返事をした。その頭をくしゃくしゃと撫で、最後に背中を軽く押すと、ケンはふらつきながらも母の元へ駆けて行った。


 それを見届けたシェリーは、踵を返すと再び北に向かって走りだす。

 メリーゴーランドのあるエリアに近づくに連れ、銃声や怒号が聞こえてくる。

 その向こう側、子供用ジェットコースターの手前で、一人の影が佇んでいた。

 緑を基調としたトレンチコートのフードを被ったその男は四方八方からくる銃弾を、見切ったかのように避けていた。

 男はナイフを持っている。シェリーからは、そのナイフから血が滴っているように見えた。

 シェリーはアイスクリームの屋台に身を隠し、地面に倒れている警備員の腰のホルスターから、S&W製の1911自動拳銃(オートマチック)を抜いた。マガジンリリースボタンを押し、弾倉(マガジン)を抜き、装弾数を確かめる。

 .45ACPの弾はぎっしりと詰まっていた。

 マガジンをグリップの中の空洞に挿入し、スライドを引いた後、再度スライドを少しズラし、薬室に弾丸が収まっている事を確認する。一拍おいて、屋台から身を出し、人間兵器の男がいる方向に1911を連射しながら走った。

 こいつの装弾数は八発だ。無駄撃ちは出来ない。とシェリーは思った。

 しかし人間兵器の男は警備員と自分以外の第三者の存在をすぐ察知し、構えの体勢を取りシェリーを待った。

「君、何をしている!?」

 警備員の一人がシェリーの存在に気づき、注意しようとしたがシェリーは構わず、全速力で走りながら威嚇射撃をした。

 男は弾道を全て避ける。1911のスライドが途中で止まった。弾切れの合図だ。

 シェリーは1911を放り捨てると、男の懐に体当たりを喰らわせた。

 男はシェリーの体を両手で受け止めると、足に力を入れ、気張った。

 男の軍靴を履いた足が、地面を滑り、やがて止まる。シェリーは男の足に目を向けると、コンクリート製の地面がミシミシと音を立て、男の足が地面にめり込んでいた。

 このとてつもないパワー。こいつも人間兵器か。とシェリーは改めて認識する。

 男はシェリーの首根を持ち、軽々と持ち上げるとシェリーを一直線に放り投げた。

 体が宙を飛び、自販機に背中をおもいっきりぶつけた。

 呻きつつ正面に顔を向ける。男は再び警備員の相手に取り掛かっていた。

「君! 大丈夫か!?」

 自販機に体をめり込ませたシェリーの元に、警備員が来る。

 以前よりも視界が広がったように見える。頭に手を置いたシェリーは場違いにも、帽子を失くしたことに気がついた。

「わたしは大丈夫……です」

 そう返事を返し、その後ある事を思いつき警備員に向かい、こう言った。

「警棒を貸してください。それで奴を仕留められます」

「正気か!?」

 予想していた通り警備員は否定的な反応をした。

「あいつとわたしが組み合っているところを銃の一斉射撃でわたしごと奴を撃ちぬいてください。そしたら……」

「君は……」

 警備員はそこで何かを察したのか、シェリーを目の前に後ずさりをした。

 その警備員の手首をシェリーは力強く掴む。

「お願いします。無線で他の人に指示を……!」

 シェリーは真剣な面持ちでそう言った。

「……わかった」

 警備員はそう言って、シェリーに伸縮式の警棒を渡し、無線に何やら吹き込んだ。


 シェリーは今までの人生を振り返った。彼女は物心がついた時、お前は人間兵器だとスタンリーに教えられ、普通の人間とは違うのだと言われた。

 自分は他の人とは違うことは、意外とすんなり受け入れた。うすうす、自分でも気づいていたことだし、悲惨な境遇を嘆くよりどうやって生きていくか考えることが重要だと思っていた。

 だが、考える事が無いわけではない。

自分が人間兵器として産声(うぶごえ)をあげる前の空白の記憶のことだ。先日、陽が『兄弟』と言うワードを発した時、どこか懐かしさを感じている自分がいた。兄弟や家族がわたしにもいたのだろうか?

 その記憶はシェリーにとっては昨日見た夢のように微かな幻像(イメージ)しかない。

 その微かな中にあるのは、優しく語りかける大人の女性……。


「準備ができた」

 警備員のその合図でシェリーの思考は中断された。

「ありがとうございます」

 礼を言うと警棒を構え、先の男を見据える。

 短い間だったが、陽と一緒に過ごした時間はとても楽しかった。

 欲を言うなら、もっと彼と話して遊んでいたかったが、もはやそれも叶わない夢だ。

 あの男と組み合う状態で集中射撃を受ければ、自分は大怪我を負い、最悪死ぬだろう。

 そして死ねば、考えることもできなくなる。空白の記憶が自分を悩ますこともなくなる。


「……行きます!」

 シェリーは警棒を懐に構え、地面を蹴った。

 視線の先に見える男は、先ほどと同じように機械的な動作でナイフを構えシェリーを待つ。

 陽……わたしが死んでも悲しまないで。

 シェリーは走りながら、そう思った。

 その時だった。

 視線の先にいる男の体が、突如爆散して、シェリーは足を止めた。

 反射的に周囲に目を走らせる。

 警備員の人達も何が起きたかまだ理解してない様子で、ざわついていた。

 シェリーはもしやと思い、北の空の向こうに目を向ける。

 戦闘機らしきシルエットが彼方(かなた)からこちらに向かって飛んでくるのが見えた。


 シェリーは飛んで来るあれが何なのか、知っていた。


 対人間兵器用無人兵器(ドローン)、ガルダ。その飛行形態だ。

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