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本当に陽はここにいるのか?
そんなことはイヴァンにはわからない。
ただ、あのリペニーとかいう男がわざわざこのエンターグラウンドを指定し、自分を呼んだということは、何かがあるに違いない。
だから、今回イヴァンは他のゼロメンバーを連れて来なかった。罠だとしたらややこしいことになるからだ。
やかましく音を立てながら駆動するエンターグラウンドのアトラクションを見ながら、イヴァンはそう思った。
隣には芽衣が興味深そうに夜の闇の中、ライトを点滅させながら疾駆するジェットコースターを見ている。
「あたし、エンターグラウンドに来るの初めてだなー」
「遊びに来たわけじゃないんだぜ」
嘆息しながらそう返すと、イヴァンは遊園地の南の方向にむかった。
「どこに行くんです?」
芽衣が慌てて着いていきながらそう言う。
イヴァンは芽衣の方に振り返りながら、
「丸腰で突入するわけにもいかんだろ。武器と装備を調達する」
「でもガンショップで手に入る銃なんて、この辺に徘徊している無人兵器相手だと、オモチャの鉄砲みたいなものですよ?」
人間兵器問題で銃刀法が改正され、特定の許諾を得た者のみ、ガンショップを営業することを許されていた。が、そのガンショップで手に入る銃も拳銃や散弾銃など、怪物相手に戦うには、あまりにもちゃちな銃ばかりであった。
「南付近の路地に、当局の潜伏員が用意した裏ルートで仕入れた銃があるはずだ。そいつを使う」
芽衣が訝しげにこちらを見る。
「いつの間に用意させたんです? さっき突発的に『エンターグラウンドに行こう』と言い出したのに……」
「さっきの新幹線の中でトイレに行くついでに、エンターグラウンド付近に潜伏しているスリーパーに電話し、武器を用意させてもらった」
「……手際がいいんですね」
芽衣が感心とも呆れともつかないため息をついた。
イヴァンはフッと笑い、
「彼の情報によると、その周辺に二〇代ほどの帽子を被った茶髪の青年を見たんだとさ」
芽衣の表情が険しいものへと変わった。
「陽の様子は?」
芽衣は聞くが、イヴァンは答えずに生ゴミの腐臭が漂う路地に入った。
暗いな、と独りごちてポケットからマグライト製のペン型の懐中電灯を取り出し、明かりをつける。
路地の奥にダンボールほどのサイズの木製の箱があった。
イヴァンはそれに歩み寄ると、上部の蓋を空け、中に光を照らした。
色々な鉄製のガラクタが無造作に収納されていた。
「自分で組み立てろって事か。面倒だな」
苦笑を浮かべ、同じくそこに収納されていたバックパックにガンパーツを詰め始める。
残らず入れると、踵を返し路地を出た。
「ついて来なかったのか?」
路地の出入口で待っていた芽衣にそう声をかける。
生臭いですし、と芽衣は苦笑を浮かべながら返事を返した。
「これから夜も更けてく。どこか適当な宿を探してそこに泊まろう。こいつも組み立てないといけないしな」
「宿!? 泊まるって……」
抗議の声をあげる芽衣を黙殺し、イヴァンはエンターグラウンドに歩いて行った。
※
かけたまえ、とスタンリーは言い、陽は渋々席についた。
ロックフォード社の無人兵器工場の宿舎と聞かされた、この建物の食堂にスタンリーと陽は長テーブルから対面した状態で座っていた。
先日のお茶の件もそうだが、陽には親の仇と言ってもいい程のスタンリーと語らいをするのは、非常に居心地が悪かった。
「君みたいな普通の少年に、シェリーが関心を示すのも実に興味深い……」
召使いが料理を運んで来ると、スタンリーはくつくつと笑いそう言った。
この人を小馬鹿にしたような口ぶりも、無性に腹が立つ。
だが、陽は堪えることにした。
「あの花以外に興味を示すものが居て、しかもそれがあろうことか、他人とは……。君にそんなに惹きつけるものがあるとも思えないがね」
スタンリーはそこまで言うと、口をキュッと結び、料理にかかっている蓋を開けた。
ウサギ肉のパイとコーンポタージュ、ライスと野菜が順序良くトレイに並べられていた。
スタンリーは陽をジロっと見ると、
「食べたまえ。毒など入っておらん」
と言い、ナイフとフォークを持ち食事にとりかかった。
「帝王様気取りのあんたが、シェリーを出してくれないからだろ。彼女は外の世界を今まで知らなかったんだ。ずっと人と触れ合えなかったんだ」
陽はそう言いながら、渋々ナイフとフォークを手に取り、パイを切った。
なんだかんだでお腹はすいている。
スタンリーは、パイが上手く切れなくて悪戦苦闘している陽を見、再度笑った。
「そうか……。つまり君は知っているんだな? シェリーが人間兵器であることも。地域によって無人兵器がシェリーに反応しないことも」
陽はパイを切る手を止め舌打ちをした。
上手く切れないもどかしさから来る舌打ちとも取れそうだったが、スタンリーの目は誤魔化せなかった。
「わかりやすいな……実にね」
そう言ってグラスのシャンパンを上品に飲んだスタンリーはこう続けた。
「安心しろ宇佐美くん。それでシェリーをなじったりはしない。私の目的は君の協力なのだから」
なじったり、のところで陽は眉をピクッとさせ、
「なじったり出来るのも今のうちさ。彼女は自我が芽生え始めている。その内あんたなんて従順だと思ってた飼い犬に手を噛まれる主人のように、反逆され痛手を見るだろうよ」
そう言って卑しく笑う。
「……返事が違うな。協力するのか? どうか?」
流石に苛立ち混じりに、そう言うスタンリーに陽は、
「あんたに協力するくらいなら、まだCIAの連中にゴマをすってた方がマシだね」
その返事を聞いたスタンリーは、目を二、三度瞬かせた後、ふぅと息を吐いた。
陽は頬を伝う冷や汗がスタンリーから見えないように祈った。
「……やっぱり血は争えないか」
スタンリーはそう言って、残っている食事を前にして立ち上がる。
陽は食堂の北口に向かうスタンリーを目で追った。
「よく味わうと良い。それが君の生涯で口にする最後のまともな食事だろうからな」
そう言って食堂を出て行った。
「これからどうするんだ、俺は……!」
スタンリーが出て行くなり、陽はぼそっと呟いていた。
ああやって啖呵を切った以上、もう後戻りはできない。
協力するならゴマをすっていた方がマシ、と言ったがその時の陽の脳内には人としての自分への死の恐怖と、親の仇である会社へは協力しないというプライドが混合していた。
しかし、結果的にプライドを取ることにした。
今の陽は自分が人間兵器にされることへの恐怖で頭がいっぱいだった。
人間兵器にされたら、シェリーのように自我を保つことなど無理であろう。
何故なら、自分はシェリーのように意思が強くないのだ。
シェリー……。
陽はテーブルの中央に飾ってある、花瓶に目を向けた。
その花瓶には無数のクロユキの花が挿してあった。
人間兵器の被験者は死んだ方がマシだと感じる苦痛の中で、徐々に自我を失っていくと聞く。
それなのにあの小さな白人系の少女は極端に無口であることを除けば、感情を持ち、普通に喋って、普通に笑っていた。
拷問にも投薬にも洗脳にも耐えぬいた、強靭な意思。
その根本にあるのはなんだろう。
今、彼女をつき動かしている行動原理は何なのだろうか。
陽はシェリーに興味を持ち始めていた。
とりあえず食事にとりかかる。
なんだかんだでお腹は空いていたが、口に運んだパイは硬くなったせいもあってよく味がしなかった。
シェリーについて、なにか自分にできることはないだろうか。
陽はそう考える。
遊園地で遊んだように、俺にしかできないこと。
そこで陽はある考えをひらめいていた。
※
エンターグラウンドの北東付近にあるホテルの、二十五階の一室でイヴァンはバックパックを開け、銃を組み立てていた。
組み立てが終わると、備え付けの机に並べ、交互に見比べる。
まずメインアームにAK-12突撃銃。AKシリーズの第五世代モデルである。
AKシリーズは、イヴァンにはおなじみの銃だ。少年兵時代からの付き合いだ。
マスターベーションを覚える前からの付き合いと言っていい。
アンダーバレルには散弾銃が付けられてあった。ドアの蝶番を壊すのに使えそうだ。
AKの右隣にあるのは、スタームルガー・レッドホーク。古臭いマグナム回転式拳銃。
イヴァンは負担が少なく、装弾数が多いポリマーフレームの自動拳銃が好きだったが、緊急時にこれだけ仕入れてくれた、スリーパーには感謝をしていた。
AKを構え、作動チェックをしていると、不意に部屋がコンコンとノックされる。
「誰だ?」
イヴァンが声を張り上げる。
「イヴァンさん。私です!」
「芽衣か。入れ」
ドアが開き、足を踏み入れた芽衣が目を見開く。
「どうしたんだ? 悪霊でも見た顔して」
イヴァンが聞くが、芽衣は目を見開いたまま、
「あ、あの……一応聞くけど、そ、それ東京マルイ製じゃないですよね?」
芽衣震える手で銃を指差しながら聞いた。
「……よくわからないが実銃だぞ。頭にぶち込めばすぐ死ぬ」
残虐な笑みを浮かべながらそう言うと、銃をバックパックにしまった。
「どうしたんだ? こんな夜遅くに」
銃をバックパックにしまい入れた後、そう尋ねたが、芽衣は「ううん」と言い、
「この遊園地付近に陽が居るとわかったら、居ても立っても居られなくなって」
「心配症なんだな」
イヴァンはフッと笑いながらそう言った。
「ホント、そうなんですよ。それに比べて、陽はずぼら過ぎて……。でもあいつの事だから、何か良からぬことを考えてそうで……。その、つまりですね……」
※
「ここを一緒に脱出……?」
陽の部屋で困惑した様子のシェリーがそう言うと、陽は力強く頷いた。
この人は何を考えているのだろう。
シェリーはそう思っていたが、
「詳しくは後で話すよ。君の部屋で」
陽はそう言ってニッと笑った。
それは感情の起伏が少ないシェリーにとっては眩しい、まるで牢獄の中に差す太陽の光のような笑みだった。




