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この子は言っても聞かないだろうな。
イヴァンは芽衣を間近で見た時に、最初にそう思った。
性格が勝ち気そうだから、ということではない。
その意思の強い瞳がそう告げていたからだ。
愛らしい顔立ち、いい感じに釣り上がった目尻、そしてそのブラウンの瞳には、何度壁にぶち当たっても立ち上がるような、ねばり強さがあった。
きっとこの先、どんなに辛い思いをしても、どんな凄まじい光景を目にしても、彼女は結局、陽の傍に居続けるであろう。
それはイヴァンたち諜報員でも、陽のようなハッカーでも持っていない一般人なりの強さであった。
だから一緒に行くぞ、と言う言葉が出たのかもしれない。そうイヴァンは回想していた。
※
「うん、星海芽衣と言う陽の幼なじみの少女と一緒だ……」
千葉県に着き、駅前の公衆電話でそうレイに告げた時は、さすがに言い難かったが。
「……イヴァン」
レイが呆れたような声を出す。イヴァンは先の言葉を覚悟した。
「お前、正気なのか?」
そら、きた。
「説明するのが難しい。詳しくは、会ってから話そう」
どういうことだ、と異議を唱えるレイを黙殺し、受話器を置いたイヴァンは、後ろで腕を組んで待っている芽衣に向き直った。
「そう言えば、そうだった。なんでイヴァンさんはあたしを連れてきたんです?」
ボンと膨らんだ形の良さを想像させる胸に、右の手のひらを当てつつ芽衣はそう聞く。
まるで今までの通話が筒抜けだったようなタイミングで聞いてくるものだから、イヴァンは内心ドキリとする。
「言っても聞かない子だと、思ったから、だ」
イヴァンは、そう言って似たようなセリフを陽にも吐いたことを思い出す。しかし、芽衣は陽のように、怒らないという安心感はあった。
「失礼ですね……。まぁそうですけど」
案の定、芽衣はそんな些細な事では怒らない性格だったらしい。
図星を突かれたら傷ついてへそを曲げる陽と、素直にそれを受け入れる芽衣か……、そこまで考えて不意に可笑しくなり、思わずイヴァンは笑っていた。
「なんで笑ってるんですか?」
芽衣がきょとんとして聞く。
「いいや? 君たちは結婚でもしたら、良い夫婦になるだろう、と思ってな?」
イヴァンはまだ笑みを崩さない表情で言った。
芽衣はきょとんとした顔のまま、ほんのりと頬を染めた。
※
「ったくよー……。あれじゃリーダー失格だぜ、イヴァンさんはよぉ」
東京都、府中市の何処かにあるセーフハウスでレイは嘆息していた。
このアパートを改築したセーフハウスは、年明け前に隠れ蓑を失ったイヴァンたちがその場しのぎで使っている隠れ家で、例に漏れず改築にはCIAが関わったらしい。
イヴァンは数日前から、やけに宇佐美陽について執着しており、とうとう「陽を見つけるまで、俺は帰らん!」とか言い残し、このセーフハウスを出て行った。
あのカマ隊長にホモ・セクシュアルでも感染されたのか、とレイは本気で疑うほどだった。
イヴァンが陽に執着している理由は、その後、焼け崩れたセーフハウスの残骸から見つかった音声データでわかった。
内容は聞いているこっちが赤くなるようなお戯れだったが、シェリーが無人兵器に連れ去られる直前に陽の名前を出していた事が、イヴァンには引っかかって居るのだろう、とレイは思う。
「あの人、意外と自分勝手ですよねぇ」
バーンズが、レイが足を投げ出して寝ているベッドの隣に来つつ言った。
「デチャンスも困ってましたよ……。『あいつはいつもこれだ!』てね」
苦笑しながらそう言い、レイのベッドの隣にあるもう一つのベッドに腰掛けた。
バーンズは冷蔵庫から持ってきた、レッドブルの缶をレイに差し出した。
レイは手を振って遠慮すると、身を起こし、バーンズに向き直る。
「……僕たち、探しに行かなくていいんでしょうかね?」
バーンズが言う。
「リーダーが独断で動いてちゃ、もう俺らのチームはゴミクズ同然だろ」
レイがそう言うと、バーンズは、ふむと顔を俯けつつ、レッドブルの缶を開封した。
エナジードリンク特有のツンとした刺激臭がレイに向かって漂ってくる。
「それとも、もう俺らも独断で動いちゃうか? なに考えてるか分かんねーもんな、イヴァンは」
レイは投げやりにそう言うと、ベッドから抜け出し、銀色の携帯端末を取り出した。
側面にあるスイッチを押すと、立体映像式の地図が表示される。
先刻の電話で、イヴァンは千葉県に、陽の幼なじみである少女と居ると言っていた。声紋センサーも、イヴァンの声で間違いないと告げていたので、そういうことだろう。
そしてこのデヴァイスに映しだされた日本地図には、イヴァンの名前が千葉県に向かっている事を示していた。
「ただいま戻ったぞ、ヴィク、レイ」
ボンズの声が玄関口から響いた。
間もなく、買い物袋を下げたボンズが入ってくる。
それを見たレイは目を丸くした。
「買い出しの時間じゃなかったろ? 食料もたんまりある。なにを買ってきたんだ?」
そう問いかけた時、アディソンも室内に入ってきた。
どうやら二人で買い物に出ていたらしい。
「あ、はい。僕です」
バーンズが手を上げ、ベッドから立ち、ボンズから買い物袋を受け取る。
「お前がわざわざボンズ達に買い出しに行かせた?」
レイが更に目を丸くする。
丸くしたまま、バーンズに歩み寄り、袋を引ったくった。
「なにを買ったんだよ? ……んー? タバスコにマスタード……? おい、バーンズ。『急にホットドッグが食いたくなった』とか言ったら殴り飛ばすからな?」
レイが買い物袋から冷えた視線をバーンズに向けるが、バーンズは「違いますよ!」と怒気を孕んだ口調で言い、その後恥じたように顔を赤くし、
「簡易型の化学手榴弾ですよ……。この先の任務で必要になってくるから作ろうと思って……」
「催涙手榴弾ならあるぞ? それじゃ駄目なのか?」
レイがそう問うと、バーンズは今度は照れたように顔を赤らめ、
「ええと……爆弾製作は僕の趣味です……。そして、今は暇を持て余してます……。だから……ちょっとくらいはいいかな? と思って……、ボンズさん達に……」
その言葉を聞いた途端、レイはバーンズを殴り飛ばしていた。
バーンズをこっ酷く叱り飛ばした後、レイはアパートの駐車場に向かった。
すぐ後ろにはボンズ、アディソン、バーンズが戦闘服のファスナーを閉めながら、レイの後に続いていた。
「たく、どいつもこいつも身勝手で!」
レイは不機嫌な態度を取りながら、駐車場の奥にある、灰色の幌を被っている巨大ななにか……に早足で近づいていた。
「お前たちはついて来なくてていいだろ? 俺の独断での行動なんだぞ?」
後方に首を向けながら怒鳴る。
「リーダーを探しに行くのだろ? 俺もあいつの身勝手さには腹が立っていたもんでね……」
とアディソン。
「カリスマ性のある奴とは思えないが、それでもこの作戦での指揮官は奴だ。あたしも付き合うぞ」
ボンズも同調する。
良い部下達だが……、とレイは思ったが、バーンズに忌々しげな視線をよこし、
「お前はなんでついてくるんだよ? 爆弾狂?」
ドスをきかせながら言う。
「い、いえ、みんなも行ってるのに、僕だけ留守番には行きませんよ」
レイの説教が怖かったのか、目を潤わせながらバーンズは言った。
その返事にふんと鼻を鳴らすと、目前にあった巨大ななにかの幌を剥いだ。
特殊装甲車が姿を表すと、レイが運転席に駆け寄り、ドアに手を当てる。
「認証、マクドネル レイ。対人間兵器用装甲車『インセクト』の使用を許可します」
指紋認証が完了し、ドアが開いた。
「行くぞ、お前ら!」
後ろを振り向きながら叫ぶと、運転席に乗り込んだ。
『ハッチ開放』のボタンを押し、他の三人を後部席に入れる。
三人が乗り込んだのを確認し、ハッチを閉めると、操縦系が点滅していた。
「自動運転モードで。目的地は――」
レイはそこまで言い少し溜めると、こう言い放っていた。
「千葉県、CIAゼロ・リーダー『イヴァン・ハーン』だ!」




