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3

 宇佐美陽は、肉親の記憶を断片的にしか思い出せなかった。

 父も母もどんな人物だったのか、両親が他界するまでどんな教育を受けてきたのか、それすらも思い出せない。

 しかし、その事について、陽はさほど気にしなかった。

 親というものはそういうものだろう、という認識があるからだ。


 報われない愛情を、生涯子に注ぎ続けることによって、親は自分の使命を全うする。


 それが、親のあるべき姿なのだから……。


                 ※


 凄いな、陽は。さすが俺の息子だ。

 自分より巨大な背丈を持った、男がそう言う。


 陽! 降りてらっしゃい! ハンバーガーを一緒に食べましょう!

 下の階から、包容力がありながらも力強い女の声が聞こえる。


 陽、今度父ちゃんのラボの見学、いっしょに行くか?

 その声を聞いた陽は喜びの表情を隠しきれなかった。

 お兄ちゃんばかり、ずるーい。

 悔しそうに口をとがらせる、妹の春。

 はは、悪い。春はまた今度、連れて行くからな?

 父はそう言い、優しく笑った。


 この後の出来事は、陽には何故か思い出せない。思い出すと無性に悲しくなるからだ。


 なんて顔してやがる、陽。そんな顔するなよ……。

 父はそう言って悲しげな微笑を浮かべた。


 誰かの前でくらい、常に笑っていろ。

 お前の『陽』は太陽の陽だ。みんなを公平に照らし続ける太陽であれ。


 それでも、溢れた涙が止まることはない。


 雨はいつか上がり、日はまた昇るのだから……。


 父さん! と呼ぼうとするが言葉に出来なかった。



 ――そして、銃声が重々しく、その時を告げた。



             ※


 ベッドの上で、陽はハッと目を覚ました。

 高級そうなランプが掛けられている天井が目に映る。知らない天井だった。

「なんだか、すごく懐かしい夢を見た気がする……」

 独りごち、身を起こしてまず最初に感じたのは、目元の湿り気。

「……俺何で泣いてるんだっけ?」

 心の中に残る、悲壮感にも違和感を覚えつつ、自分が今まで寝ていた部屋を見渡した。

「……どこだここ?」

 まるで高級ホテルの一室のように、様々な洋風の家具が置かれた部屋。

 陽はベッドから抜け出し、奥にある窓にまで歩いて行った。

窓からまず見えるのは、上がり始めた朝の太陽をバックに、スリリングに駆けるジェットコースター、ゆっくりと回る観覧車、どうやら遊園地のようだった。

 遊園地にまで遊びに来て、疲れてホテルで休んでいた……と言うことではないらしい。

 陽がそう思うのは『寝る前』のごく僅かな記憶だった。

 確か俺は、大学でガキ大将の佐藤剛と喧嘩して、芽衣と共に帰って、アパートの目の前についたところで、背後から誰かに棒か何かで殴られ……。

 そう思って、ハッとした時、コンコンと部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「ど、どうぞ……?」

 ドキッとして、思わずそう返事をしてしまう陽。

 ドアがガチャっと開き、現れたのは金髪をオールバックにした三十代の外人男性だった。

 その青い瞳にはすべての人を見下しているような色が浮かんでいる。

 陽は、その外人のルックス、そして何よりその瞳には見覚えがあった。

「あなたは……!」

「気がついてくれたかね? 宇佐美陽くん」

 スタンリー・ロックフォードにその名を呼ばれ、陽はぎょっとする。

 スタンリーは余裕の笑みで陽を見つめ、陽は焦りを滲ませた表情でスタンリーを睨み返した。

「お見通し……というわけですか」

 陽がスタンリーを睨んだまま、言い放った。

「ロックフォードのネットワークをあまり舐めないほうが良い……。私の耳にも噂は届いていたもんでね。以前、ロックフォード本社のラボで働いていた夫婦の息子が、ロックフォードのデータベースに不正アクセスを繰り返している……とね」

 陽は再び動揺した。バレていた。何もかもが。

 陽が無言で体を震わせていると、スタンリーはフッと笑い、

「シェリーも随分君のことを気に入っていると、ウチの執事のベンジャミンからそう聞いているよ」

 スタンリーはそう言って、部屋の中央にあった椅子に歩み寄り、腰掛けた。

 足を組み、陽を凝視する。

 陽はまだ動揺が収まらない表情でスタンリーを見た。

「言われてみれば、確かに彼女の面影があるな。体格や声は彼に似ているが、顔そのものを見れば、彼女に似ている」

 陽は徐々に全身の血が、頭にまで上っていくのを感じた。

「知ったような口をゴチャゴチャ言うなよ」

 スタンリーは、口をキュッと結び、目を見開き、馬鹿にしたような表情で陽を見る。

「あんたは、あんたの会社は、僕の大切な家族を殺した。誰よりも逞しく立派だった親父を殺した。誰よりも優しく包容力のあったお袋を殺した。あんたが……ロックフォードが殺したんだ」

 怒りに身を任せ、口から呪詛の言葉を言う。

 スタンリーは苦笑を浮かべ、

「それで君に何ができる? 幼稚な子供のイタズラ程度のことしか出来なかっただろう?」

 せせら笑うスタンリーに、陽の先の言葉は閉ざされた。

 知覚はそう納得してしまっていたからだ。

 そして同時に、今までのハッキング行為でロックフォードに対抗してきたすべてが、脆く崩れ去る。

 陽は再び無言になった。

「君に残された選択肢は二つだ。我がロックフォードにハッカーとして協力するか、人間兵器(ヒューマノイド)の被験者として協力して貰うか……」

 スタンリーは立ち上がり、ドアに向かった。

「この二つの中から、賢い選択をすることを、祈っているよ」

 そう言って、ドアを空け、去っていった。



 部屋に取り残された陽は、立ち尽くしたまま、頭を抱えていた。

 正直、なにも考えたくなかった。


 しばらくすると、コンコンと別のノック音が部屋に響いた。

「……どうぞ」

 陽が渋々返事をする。

 ドアが開き、現れたのはシェリー・チェインズだった。

 彼女のメイド服姿しか見たことがなかった陽は、全身が真っ黒なドレスを着ていた今のシェリーに息を呑む。

 すごく似合っている、と言ってやりたかったが、失意に打ちのめされた陽は本心からはそう言えなかった。

「やぁ、シェリー」

 陽はとりあえずそう挨拶する。

「うん」

 シェリーも、陽のその気持ちはなんとなく察したのか、そう言っただけで、陽の横を通り過ぎ、窓際に歩み寄った。

 陽とシェリーは背中を向け合っていた。

 部屋に何度目かの沈黙の時が流れる。


「わたしね……」

 ややあってからそう切り出すシェリーに、陽は「うん?」と返事をした。

「こういうところ、来るの初めてなんだ」

「仕事が忙しかった、からかい?」

 そう問う陽に、シェリーは「ううん」と否定し、

「東京から出たことがなかったの。ご主人様が『お前は最高傑作とされる人間兵器(ヒューマノイド)だ』と教えられてね」

 陽は息を呑んだ。シェリーの方を振り返る。

「君が、イヴァンさんが追っていた……?」

 シェリーも振り向きながら、

「うん、わたしだよ。そっか、彼の名はイヴァンって言うんだ」

 さすがに考える時間がほしい、陽はそう思った。

 シェリーもその気持ちを汲み取ったのか、どこからか取り出したクロユキの花の芳香を嗅いだ。


 あの時、イヴァンが彼女を誘拐したのは、それが理由だったのか。思えば、彼女はスタンリーに踏まれ蹴られしても表情の変化に乏しかった。まるで痛覚など無いように……。


「ねぇ、シェリー」

 しばらく後、陽はそう切り出す。

「ん?」

「クロユキの花……好きなんだね」

 シェリーはそこで、はにかんだ笑顔になった。

「ほら、そういう表情、見せてくれるじゃないの」

 陽も一緒に笑う。

 シェリーは、笑っていた口をへの字にキュッと結び、

「どういうこと?」

 と陽にずいっと詰め寄る。

「いや、人間兵器(ヒューマノイド)にも、表情という概念があるんだな。そう思って……」

「からかって……」

 シェリーはプイッとそっぽを向く。

「君は、兵器なんかじゃない。兵器は笑ったり、そうやって怒ったりしない」

 「え?」とシェリーは振り向く。

 陽は真顔で、

「ただの殺人マシンだよ。でも、君は違う。人間兵器(ヒューマノイド)なんかじゃない。ただの、人間さ」

 シェリーは、面食らったように後ずさりをした。

「どうだ? せっかくだし、あそこ、行ってみない?」

 陽が、窓の外、遊園地の方を指さした。

 シェリーは少し考える素振りを見せ、

「わたし、ここを出ちゃうと、徘徊している無人機に捕まっちゃうよ?」

「大丈夫さ」

 陽はそう言って、部屋に備え付けてあるノートパソコンに向かった。

 カタカタ、と何やらタイピングをし始める。

「ここの無人機のネットワークを一時的に無効化しておいた。これで君は自由の身さ。リバティの方のだけど……」

 シェリーが目を丸くして陽を見る。

「ハッカーだったの?」

 陽は、えへへとはにかんだ笑みを浮かべると、

「ロックフォード社にちょっかい出すくらいにしか、機能はしなかったけど。でも、人の役に立てるハッキングなんて、初めてだな」

 そう言って、陽はシェリーの手を取った。

「行こうよ? 僕が君のいる牢獄から出してあげるよ、お姫様?」

 シェリーは、陽と窓の外の遊園地を交互に見ると、

「うん……」

 と頷いた。


                    ※


「千葉県なんだな。ここ」

 陽はシェリーに聞いた。

「そうだね。……どうしてわかったの?」

 陽はどこか懐かしそうに目を細めて、

「昔、連れて行ってもらったことがあるんだ。お祖父ちゃんに」

 シェリーは、なるほどお祖父さんが、と言い、遊園地の入り口へ立った。

「入場料は千円だよ」

 頭髪を金髪に染めた、若い男にそう言われ、陽は「この子も一緒に」と、二千円を払った。

「お金なら持っているのに……」

 シェリーが申し訳なさそうにそう言うと、陽は「いいんだよ、別に」と当然そうに言った。

「何か乗りたいのとかある? なんでも言ってよ」

 じゃあ、あれ、とシェリーは指を観覧車の方に指した。


 観覧車に乗ると、シェリーは窓の景色を見ていた。

「……早く一番上にまで、上がらないの?」

 うずうずしながらそう言うシェリーに陽は笑いながら、

「意外とせっかちなんだな。こうやって、何かを語りながら、風景を見るのも一つの楽しみ方だよ」

 シェリーは、へー、と陽を見た。

「そう言えばシェリーは、東京を出たことがないみたいだけど、逆に言えば東京ならどこへでも行けたってことだよね?」

 そうだよ、とシェリーは肯定した。

「街中を出歩いて、無人兵器(ドローン)にパクられたりしなかったの?」

 陽の単純な疑問だった。

「そうだね。……人間兵器(ヒューマノイド)にも、いくつかタイプがあって、わたしはクラスSの人間兵器なんだよ。それからA、B、C、Dと続くんだけど、A以上の人間兵器には無人兵器は最初から相手にしないんだよ」

 どうして? と問う陽にシェリーはクスクス笑いながら、

「弱肉強食の世界だね。最初から驚異的な動物には、他の動物は自分から挑もうとはしないんだよ」

「なんじゃそりゃ、人間兵器駆逐の無人兵器なのに、本末転倒すぎるだろ……」

 しかし、それだと……と陽は考えた。

「俺が、ここに来る前、データベースからここの無人機を機能不全にした意味がないじゃん」

 陽が少し憤慨しながら言う。

「そんなことないよ? 無人兵器の識別機能は都道府県によって更に事細かに分類されることがあった。東京なんてまだ生ぬるいほうだよ。……話すとややこしくなるね。これくらいに」

 陽とシェリーは窓の景色を見た。観覧車はずいぶん高いところまで来ていた。

 太陽が冬の日差しで照らす下、ジェットコースターやゴーカートのサーキット、そして遠くには富士山が見えていた。

「わたしね、あなたがここに来るの、なんだかわかってたような気がした」

 窓の景色に目を離さないまま、シェリーがそう言う。

 陽が「そうか?」とシェリーを見る。

「だって、特殊部隊らしくもない、でもCIAに協力してそうなあなたが、ロックフォードに狙われ、ここに来るのは当然な気がして……」

 なるほどね、と陽は再び窓の外を見た。

 観覧車はゆっくり下行し始めていた。


 観覧車を降りた後、二人は乗馬場に行った。シェリーはサラブレッドの黒馬に乗り、陽は、なんだか可愛らしい茶毛の小馬(ポニー)に乗った。

「さっきの話に戻すけどさ……」

 ポニーがなかなか、言うことを利かず、陽は必死に手綱を制御しながらシェリーに言った。

「なにかな? ハッ!」

 対するシェリーは、勇ましい雰囲気でサラブレッドを早くも乗りこなしていた。その様子は中世の女騎士を彷彿とさせる。

「つまり君たち……その……人間兵器(ヒューマノイド)を取り締まる、ロックフォード社製の無人兵器(ドローン)は、Sクラスのシェリーにとっては出来レースだったりするのかな? と思ってさ」

 陽は忙しく手綱を左右に振りながら、聞く。ポニーは相変わらずあっちにフラフラ、こっちにフラフラしていた。

「そうだね。少なくともロックフォード製という観点から見たら、そうかも。ハイヤッ!」

「と言うと? おい! フラフラすんなや」

 陽はそうキレるが、ポニーはそう言う陽の怒りを感知したのか、ますます動きに落ち着きがなくなった。

「確かに無人兵器(ドローン)の最大手メーカーはロックフォードだけど、他にもメーカーがある。スター・プリンス社とかね」

 シェリーの口から自分が産業スパイとして働いていた会社の社名を出され、陽は少しドキリとする。その陽の僅かな動揺も感じ取ったのか、ポニーは更に落ち着きがなくなった。

「そう言う会社の無人兵器郡には、わたしに対抗意識があるかどうかわからない。予想で言えば、たぶん地の果てまで殺しに来るかも……」

 シェリーは自分の生死のことなのに、淡々とドライに話した。

「……でも、東京にある無人兵器はぜんぶ、ロックフォード製だから、まぁ大丈夫、かな?」

「そういう問題なのかな……。って! おわぁ!」

 ポニーが突然全身を揺すり、陽を地面へ振り落とした。

 イタタ、と陽は打った膝を擦る。

 シェリーは乗っているサラブレッドを陽のところに向かわせ、陽に手を差し出した。

 陽は手を一瞥すると、握る。

 ほんのりとした暖かさが陽の手を包む。

 陽がそれを知覚した途端、全身が凄まじい力で引き上げられ、気づいた時には、陽はサラブレッドの背の後部に収まっていた。

「凄い力だね……。ただの女の子なのに」

 陽が目をぱちくりさせつつ言う。

「ただの女の子じゃなくて、すごい女の子だからね……」

 シェリーはふふっと笑い、そう言うと、

「あのね、馬に乗る時はね、ちょっとでも精神にムラがある時は、乗っちゃ駄目なの」

 陽は黙って聞く。

「ムラがある時でも、少しでも精神を落ち着けて。じゃないといい走りができない。馬と人間の精神は、常にシンクロしているから」

 陽はシェリーの後頭部を見た。ここからじゃシェリーの表情はうかがい知れない。

「じゃあ、行くよ? 掴まってて」

 シェリーがそう言うと、陽は渋々、シェリーのスッとした腹に手を回した。

 サラブレッドがゆっくりと発進した。

 最初は緩やかだったスピードも、徐々に速度を増していく。力強く、凛々しく。

 その力強い震動が脳細胞にまで伝わっていき、今まで棘棘していた神経が、浄化されていくようであった。

 陽はシェリーを再び見た。今のシェリーはどういう表情、どういう気持ちで馬に乗っているのだろう。

 パカラパカラと軽快で楽しそうな、リズムが乗馬場に響いた。


 乗馬場を後にした陽とシェリーは、トラック式のクレープ屋でクレープを買おうとした。

 陽はキャラメルバナナアイス添えを買い、シェリーはイチゴとアイスクレープを食べようとしていた。

 陽がもぐもぐとクレープを食べていると、不意に下の方から服を引っ張られた。

 下を見ると、小学校三年生くらいの背丈をした少年が陽の服を引っ張っている。

「どうしたんだい、ぼく? 迷子かな……」

 陽が少年の背丈くらいまで屈み込みながらそう言う。

 少年が頷くと、

「一緒に来ていたママがどこかに行っちゃったの……」

 と肩を落としながら言った。

 少年は屈んでいる陽と立っているシェリーのクレープを交互に見比べた。

「欲しいの?」

 シェリーがそう聞く。

 少年は我慢するように首を激しく振り、

「ううん、別にいらないや」

 と泣きそうな声で言った。

 シェリーは暫く目を瞬かせていたが、クレープ屋の店員に向き直り、

「もう一つ、同じものを」

 と注文した。

 店員がクレープを作り、シェリーに渡す。

 代金を払い、受け取ったシェリーは、少年の高さまで屈み込み、ずいっとクレープを差し出した。

 少年は目を丸くする。

「子供は素直じゃないと、いけないよ?」

 シェリーはそう言って微笑した。

 目を丸くしていた少年も、ぱぁっと顔をほころばせ、

「うん!」

 と強く返事をした。


 (かず)と名乗った少年とシェリーと陽は、一緒にクレープを頬張っていた。

 泣き顔だった和も、クレープを食べ終わる頃にはすっかり笑顔になっていた。

「君は、どこから来たのかな?」

 シェリーが和に聞く。

「東京!」

 和が答えた。

「へー、じゃあわたしとお兄さんと同じだね」

 シェリーが楽しげに言う。

「おねえちゃん達も東京なんだ?」

 和がますます笑顔になった。

 その後、和は表情を少し曇らせ、

「ぼくね、お母さんに『一人でどこかに行かないでね?』と教えられてたんだ。でもちょっと楽しいから調子に乗って、もう何回目かの迷子なんだ」

「へぇ、でもそう言う冒険は大事に、ほどほどにしなよ?」

 陽がそう言う。

「そうだよ。そういうのってなんだか冒険者みたいでカッコいいよ。和は、冒険者なんだね」

 シェリーも同調した。

 和は笑顔になる。

「そう? ぼくカッコいい? 言われたのは初めてだなー」

 三人は笑った。


 遊園地のスピーカーから、迷子の呼び出し情報が流されたのはそれからしばらく後だった。


                    ※


「すみません、うちの子がお世話をかけたようで」

 そう言って何度も頭を下げる和の母親に、シェリーは、いいんです、と言う。

 母親は最後にもう一度頭を下げると、和の手を引き、歩き去っていった。

 引かれる和は振り向くと、

「またクレープを食べさせてね? クレープのおねえちゃぁん!」

 と叫んだ。

 こら、和! と母親の咎める声が僅かに聞こえる。


 陽はシェリーの方を向き、

「面倒見がいいんだね? ひょっとして、兄弟か姉妹でも居たの?」

 と聞いた、

 シェリーは陽をジッと見、

「わたしは、物心ついた時から、人間兵器だった。だから、家族の事は覚えていない」

 悲惨な境遇をさらっと話すシェリーに陽は面食らう。

「でも……」

 シェリーはそう言い、遠くにいるものを懐かしむように目を細めた。

「兄弟……。なんだか、とても懐かしい響き……」


 遊園地は、夕暮れから夜に移り変わり、年明けの行事である花火が上がり始めていた。



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