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ゴンドラ別に様々な色が塗られた観覧車は、遠くから見ても派手に見えた。
夕暮れ、その観覧車をはじめとした、この遊園地『エンターグラウンド』のアトラクションは、ライトアップがされている。徐々に暗くなっていく空に、そのライトがきらきらと自己主張をはじめている。
きれい、とシェリー・チェインズは思った。
彼女は今、エンターグラウンドのすぐ近くにあるロックフォードの、無人兵器工場宿舎の窓から外の景色を見ていた。
コンコン、と部屋のドアがノックされる。
どうぞ、とシェリーが返事をすると、ドアが開き、マシュー・リペニーが部屋に入ってきた。
「あらシェリー。そのドレス、よく似合ってるわ」
リペニーが指しているのは、シェリーが今着ている服のことだ。
リトルブラックドレスと呼ばれる、真っ黒なロングドレスで、シェリーの白い肌とドレスの黒色が見事なコントラストを出していた。
「どうも」
シェリーが礼を言う。
「本当に、黒色が似合う子ねぇ」
リペニーはそう言って、部屋の中央にあるソファに腰を下ろした。
リペニーは薄桃色の、女性向け煙草のパッケージを取り出す。
紫煙が上がり、部屋がヤニのニオイで満たされた。
リペニーもシェリーも無言であった。
しばらく後、シェリーはこう切り出す。
「あの……リペニーさん。あのCIAの男の人……」
シェリーはそう言って、優しい目をした彼の名前が出てこないことに気がつく。
聞いた気もしなくはないが、忘れた。
「スタンのお気に入りの彼ね。彼なら無事よ」
リペニーは即座に理解し、微笑を浮かべつつ報告した。
「『CIAの男の人』としか言ってないのに……」
シェリーはそう言うと、リペニーはウフフ、と笑い、
「乙女心ってやつよ。彼らに捕まって以来シェリーちゃん、ただでさえ暗い表情がさらに暗いもの」
リペニーはそう言って、煙草に口をつけ、吐き出す。
「無人兵器の映像データを調べさせてもらったわ。アタシが送り込んだ無人兵器に捕まる時、彼が同じ部屋に居たみたいね?」
シェリーがリペニーをジッと凝視する。
「どんな話をしたか、聞き出しますか?」
「いえいえ、とんでもない!」
リペニーは煙草を持っていない方の手を振った。
「いくらアタシでも、そう言うデリカシーのない事は聞き出さないわ。流儀に反するもの」
リペニーは煙草を部屋に備え付けてある灰皿でもみ消し、
「あんたはあんたなりに、考えればいいわ。彼と接して、自分がどう変わったか。どう感じたか……」
「わたしは……」
言いかけて、不意にガチャっと部屋のドアが開いた。
スタンリーが仰々しい雰囲気で部屋に入ってくる。
「まぁ、やだ」
リペニーはそう言って、両手で口を塞いだ。
シェリーは窓に向き直り、景色に目を向ける。
「私がプレゼントしたドレスは気に入ってくれたかな? シェリー」
背後に冷たい声が響いた。
「はい。とても素敵なドレスをありがとうございます、ご主人様」
シェリーは背を向けたまま言う。
スタンリーはふん、と笑い、シェリーに近づいた。
シェリーは背中に舐めるような視線を感じた。
「とても綺麗だ。無駄のないシェリーの体によく似合っている。まるで……」
そう言いかけてスタンリーは口を噤み、背を向けた。
沈黙の時が、再び部屋に流れる。
「『まるで、私のお母様のようだ』でしょうか?」
沈黙を破ったのはシェリーだった。
スタンリーの眼の色が変わり、なんだと、とシェリーの方へ改めて向き直った。
シェリーは振り向く。
「そんなにお母様が恋しいのですね」
いつもの無表情、しかしはっきりとシェリーは言った。
スタンリーは唸り、歯軋りをした。
「でも、誠に申し訳ありません。わたしはシェリー・チェインズ。貴方様のお母さんではありません」
その言葉に、スタンリーは激昂した。
※
息が苦しい。
そう感じていた。
鼻や口に大量の水が入り、呼吸ができない。
気を抜くと窒息してしまいそうだった。
「あなたやめて!! スタンが死んじゃう! スタンが死んじゃうわ!」
『外』からそのような声が聞こえる。
顔を上げようにも、後頭部が凄い力で押さえつけられているから、上げられない。
とにかく苦しい。いやだ、死にたくない。
どれほど苦しみ抜いたのだろう。
スタンリーはバスルームの真ん中で、ぜえぜえと喘いでいた。
突然、銃声が聞こえる。
スタンリーはハッとし、ふらつきながらも立ち上がる。
そしてバスルームの隣の寝室に向かった。
そこで見た。
スタンリーの母、リーザが腹から血を流し、倒れていることに。
リーザの頭部には黒い花の髪飾りが、欠けた状態で挿してあった。
「うわあああああああああああああ」
※
ピシャ。
派手な音が響いたものだ。
スタンリーはシェリーの頬に平手打ちをしていた。
しかし、シェリーは人間兵器なので、痛みは感じない。
ただ、シェリーの横に向けた頭と、真っ赤に腫れた頬と、振りかざしたスタンリーの平手が、『打った』という事実を証明していた。
シェリーはスタンリーを見る。
「少し離れたら……」
スタンリーが震える声で発する。
「少し離れたら、知ったような口を」
スタンリーはシェリーの髪を鷲掴みにし、自分の顔をずいっと近づけた。
「なぁ、教えてくれよ? CIAの連中に何を吹きこまれたんだ?」
「あの人達は関係ありません。ただ、メイドとして使えさせていただけたら、多少はご主人様のことはわかっているつもりです」
意思の強い声でシェリーは言う。
「ちょ、ちょっとスタン!? いくら痛みを感じないシェリーちゃんだからって……」
リペニーは慌てた声で言う。
「君は黙っていただきたい、リペニー隊長」
スタンリーが冷たく言った。
「あーはいはい」
リペニーの諦め混じりの声が響いた。
「ふん、まぁいいさ。野良犬を誘き寄せるには、餌を与えればいい。奴らを叩きのめして直接聞くとも」
スタンリーは踵を返す。
「彼……宇佐美陽にも聞きたいこともあるしな」
スタンリーはそう言い残し、部屋を去っていった。
部屋には、大丈夫? と声をかけるリペニーと、えぇ、と返事をするシェリーが残された。
※
星海芽衣はケロビィと共に宇佐美陽のアパートに尋ねていた。
年を越して三日も経ったというのに、年賀状はもちろんの事、電話も、『あけおめメール』すら届きもしなかった。
古臭いアパートの二階の階段を登ったところで、陽の部屋の前に人が立っている事に気がついた。
「ダレカイル! ダレカイル!」
「ケロビィ、しっ!」
芽衣はケロビィを見下ろし、人差し指を口に当て、注意すると、その人物のところに向かった。
近づくに連れて、その人物像が徐々にわかってくる。銀色の髪をした、若い外国人青年のようだった。
「Shit」
青年が陽の部屋のドアノブをガチャガチャ回し、何やらつぶやいている。
「あのー……」
芽衣が声をかけると、青年は「ん?」と言い、振り向いた。
恐ろしいほどのハンサムであった。
「よ、陽のお知り合いでしょうか?」
青年が美形だったことに、多少どぎまぎしつつも言う。
英語で言ったほうが良かったかしら? 芽衣がそう思っていると、
「あぁ、まぁな。でも、いないみたいだよ?」
とこれまた恐ろしいほどの達者な日本語で、そう言った。
「メイノ、シンパクスウ、ジョウショウ!」
ケロビィが飛び跳ねつつ、芽衣を茶化す。
ちょっとケロビィ! と芽衣が厳しい声で言おうとすると、不意にその青年の声が聞こえた。
「無人兵器か!」
え? と芽衣が青年の方を向く。
彼は拳銃を構えていた。その標準はケロビィの方に向いている。
「ちょっと、ちょっとぉ!!」
芽衣がすかさず、青年に飛びかかった。
「何をする!」
青年が芽衣に掴まれても尚、拳銃の狙いをケロビィに定めようと抵抗した。
「誤解してるんですってば!」
誤解? と青年はピッタリと動くのをやめた。
「ただのおもちゃです! 無人兵器なんかじゃありませんよ……」
青年はそうだったのか、すまん、と拳銃を腰にしまった。
「あたし、星海芽衣! 陽の幼なじみです。あなたは?」
芽衣が自己紹介をする。
「イヴァンだ。イヴァン・ハーン。陽のお友達だ」
青年……イヴァン・ハーンはそう言った。




