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豊月大学の一階、食堂ではちょっとした喧嘩が起きていた。
大学に巣食う不良グループ同士の小競り合いだ。
今から三十分前、佐藤剛は食堂の一角で味噌ラーメンを食べていた。
剛は休み期間中のこぢんまりとした学校が好きで、講義もないのにも関わらず学校に来ていた。
剛一人しかいなかった食堂に誰かが入ってきた。
剛が一番苦手とする人物、宇佐美陽だ。それとそのガールフレンドの星海芽衣。
剛は自分一人だけの空間を邪魔されたことに、多少苛つきつつも黙って食事を続けた。
「うわっ。誰もいないじゃん」
陽が何やら言う。
「あ、一人いた」
その後そう続けた。
「あれ、剛じゃない? ガキ大将の。一人飯だなんて珍しいわね」
「あ、ホントだ。大学にもなって粋がってる痛い奴だ」
剛は本格的にイライラしてきた。せっかくの、自分だけの空間に小うるさい奴が来たことに腹を立てた。
「もうちょい、黙ってくれねぇかな」
剛は振り向きざま、高々と声を張り上げる。
「なんでさ?」
「俺は静かな食事が好きなんだ」
なんだ、のところからトーンを挙げつつ剛はそう言った。
「でも食堂だろ? みんなでわいわいがやがやしてるのが食堂だろ」
「だからこそこう言う時間は貴重なんだ」
そこまで言って、剛はしまったと口を噤んでいた。
「……ははっ」
陽は軽く笑った。隣の芽衣は騒ぎが起きそうなこれを止めるべきか、面白がるべきかわからない反応をしている。
「今笑ったな、てめぇ」
剛は食べていたラーメンを放っておき、立ち上がった。
「いや、だってさ。らしくないじゃん。街角でドラッグでもキメてそうな風貌の君がそんなインテリめいたことを言うなんて。なにこれ? ギャップ萌えってやつかい?」
「喧嘩っ早いのは今も高校時代も変わらねぇってことを教えてやるよ、シミッタレ野郎」
こうして剛と陽の二人の不良による喧嘩が起きた。
両者とも殴られ蹴られされ、芽衣は顔を塞ぎ、校舎に居た暇人学生たちは一階で喧嘩が起きているとの風のウワサを聞きつけ、野次馬にわらわらと参加していった。
やがて大学の警備員がその場に駆けつけ、二人は取り押さえられた。
「な!? 離しやがれ! 元はといえばあいつが悪いんだろうがよォ!」
「ガキどもが! 殴り合いは高校で卒業してろ!」
警備員の一人が怒鳴る。
「おお、すげぇなぁ陽。お前、とうとう佐藤くんと戦ったのか?」
いつの間にかそこに居た、陽とよくつるんでいる軽そうな男……杉山悠が騒ぎに駆けつけ、陽に喝采を浴びせる。
「えー、なになにィ? なんの騒ぎなの?」
一緒に居た上野星も何事かと来ていた。
「バカが! 俺たちゃ遊びをやってんじゃねぇんだよ!」
陽はその場にいる全員に聞こえるように声を張り上げた。
※
騒動が収束し、警備員に剛共々怒られるだけで済んだ陽は、芽衣と、その場で居合わせた上野とともにトボトボと帰路についていた。
陽は腫れ上がった頬をアイスパックですりすりと擦りながら、半泣きになっていた。
街の夕焼けが更に滲んで見える。
「バカねぇ……、結局あんたも『大学にもなって粋がってる奴』じゃない」
芽衣が陽の頭をぽんぽんと叩きつつ言う。
「でも凄かったなぁ……。また問題児の多いウチの大学に歴史を作ったんじゃないの?」
上野はそんなことなどお構いなしに甘いため息をついた。
ああいう男同士の喧嘩に憧れでもあるのだろうか。
「元はといえばアイツが悪いんだよ……」
陽はそう言うものの、芽衣は知らぬ顔だった。
「そう言えば上野さんは帰りこっちだったっけ?」
芽衣が上野の方に向きつつ言う。
「いーや? でもバイト先はこっちなんだよ」
上野はそう言って、曲がり角に向き直った。
「じゃあ、あたしバイト先あっちだからまたねー! また喧嘩を見せてね? 陽くん」
そう言って、一目散に駆けて行った。
「さすがハスッパ娘……。最後の最後に余計なことを」
芽衣が苦笑いを浮かべる。
「行こうぜ、芽衣」
陽はそう言って、歩き出そうとした足を止めた。
「……どうしたの?」
芽衣が陽の顔を覗き込む。
「今、上野さんが行った方向、ロックフォード社の縄張りだぞ……」
そう言って上野が駆けて行った方向を振り返る陽。
「もしかしてバイト先って……」
「考え過ぎよ。あんな感じの子じゃ、お堅いロックフォードには採用すらしてもらえないわ」
陽が目を細めつつ、
「そうかな?」
「そうよ」
芽衣が即答した。
陽がふむ、と納得して歩を進めた。
どこからかロックフォード社の無人宣伝飛行機の音声が響いてきた。
「平凡な日常を送っている貴方に突如、振りかかる人間兵器の脅威。貴方の日常は本当に安全ですか? ロックフォード社は、襲いかかる人間兵器から貴方をお守りいたします。この空高く飛んでいる無人機は――」
※
芽衣と別れ、陽はアパートの前に来た。
ポケットを弄り、鍵を取り出す。
そう言えば、と陽は思う。
あのロックフォード邸のメイド……、シェリーはあれからどうなったんだろう。
イヴァンはシェリーはなにか知っているような発言をしていたが。
イヴァンたちに尋問され、手酷い扱いを受けていたりしないだろうか?
いや、それはないか……。
そこまで思って陽は苦笑した。
イヴァンとは縁を切ったつもりだったが、なんだかんだで彼らの事を気にしているらしい。
気を取り直して、ドアに鍵を差し込んだところで、陽の意識は後頭部に重い衝撃が加わるのを最後に、暗転した。
おい、今度はなんだよ。




