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(さぁて、DJサトーがお送りいたしておりますULTIMATE FM! 時刻は八時ジャストとなっております! この時間はニュースや交通情報、そして今日の天気などを――)
ラジオスピーカーから流れる音声で、シェリーは目を開けた。
まず目に入ったのは、ティッシュ箱ほどの面積のある鉄格子が付いているドア。向かって右中央にドアノブがあるからドアだとわかる。
シェリーはそれに手をのばそうと、右手を動かそうとした。
右手はびくともしない。
下の手前の方に視線を向ける。椅子の肘掛けには、ごつごつしい頑丈な革のベルトで自分の右手、いや、両手が縛られてあった。
中世ヨーロッパで使われていたような、本格的な拘束器具だ。
両足も同じベルトで、椅子の脚にしっかりと固定されてあった。
椅子のちょうど真下には大きな樽がある。
シェリーは尻で椅子の座の感触を確かめた。どうも二つの局部に重なるところに穴が空いているようだ。
なるほど、とシェリーは口に出して納得した。
シェリーはブラとパンツ姿だった。肌寒いと感じはするが耐えられないほどではない。この部屋には暖房器具も何も取り付けられていなかったが、シェリーは寒さには耐えられるように、そう訓練されていた。
「しけたラジオしかやってねぇなぁ」
男の声がドアの外側から聞こえる。
「我慢しろ、レイ。イヴァンにはこの少女を見張っていろと言われている」
別の女の声が聞こえた。
「あー、はいはい。煙草吸っていい?」
「どうぞ」
ライターの金属音が聞こえ、紫煙のにおいが独房にまで漂ってきた。
「やはりラッキーストライクはマズいな……。なんで本部はよりにもよってこんなのを支給するんだ」
「支給品だから贅沢は言うな」
「わかってるよ。……知ってるか? 支給されるラッキーストライクはベトナム戦争では物凄く嫌われていたんだぜ?」
「……ネーミング関連か? 『大当たり』って……」
「そそ、それで……」
二人の話を聞きながら、シェリーは思った。
この特殊部隊を頭である、銀髪の男は今何をしているのだろう。
自分をどうするつもりなのか。
※
イヴァンは屋敷の天窓から屋根に上がり、朝日を浴びていた。
雲ひとつかかっていない朝日は眩しく、着ているコートのポケットからスモークの張ったサングラスを取り出し、かける。
下の階から持ってきたリュックを開け、熱いコーヒーの入った、耐熱性の水筒を取り出した。
キャップを外し、水筒本体に直に口付けてコーヒーを呷る。
苦い液体が喉を通過し、胃に降りていった。
水筒から口を離すと、携帯のバイブレータが振動していることに気がついた。
携帯を取り出し画面を見ると、『通話』のアイコンをタッチした。
(イヴァン、デチャンスだ)
「おはよう、デチャンス。昨日のメールでの報告は見たかい?」
(こっちは、いまは夜だ。それはともかく、マスターピースを見つけたらしいな)
「あぁ正確にはそれと思しき人物、だがな」
イヴァンは下の階層に居るシェリーを気にした。どこかから取り寄せた拘束具で、シェリーは拘束され、彼女の居る部屋の外にはレイとボンズを見張らせていた。
(本当にその少女で間違いないのか? 送られてきた資料によると痩せ型体形のカワイコちゃんだが……)
デチャンスにそう話しかけられ、イヴァンは再び通話に意識を向けた。
「七十パーセント……だ。その確率で彼女はマスターピースさ」
その後でイヴァンはこう続ける。
「そして彼女が人間兵器の確率は九十パーセント」
デチャンスは押し黙った後、こう発する。
(ほぼ間違いないと?)
「あぁ、何らかの強化手術を受けさせられた可能性がかなり高い。とにかく、彼女はこちらで尋問する。薬もなにも効くとは思えないが何とかやってみるさ」
(任せた。そしてイヴァン、例のハッカー……宇佐美についてだが)
イヴァンが一番されたくなかった質問だ。
「その件についてはすまん。俺のやり方が乱暴すぎたみたいだ」
(彼がいなかったら作戦の一部に支障をきたす。当局でも代えになるハッカーを収集しているところだが、ロックフォードに立ち向かえる腕利きは彼、宇佐美だけだ)
「彼、……あいつは戻ってくるさ。デチャンス」
(どうしてそう言い切れる?)
「宇佐美陽はシェリー・チェインズに惚れている」
(それで彼が戻ってくると? 考え過ぎじゃ?)
「……デチャンス、あんたは昔からそういうところは鈍感だな。もう切るぜ、またな」
(どういうことだ? おいイヴァ――)
通話を切ると、イヴァンは立ち上がり大きく伸びをした。
その後で深呼吸を四、五回する。
屋根の上から、まず手前に見えるのは、民家と一番奥の水平線には、巨大な都市群。
しばらくここに居を構えるのも、悪くない気がした。




