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「それで、実際問題なにがあったの?」
芽衣は陽にそう尋ねた。
聞きたいことがある、と芽衣からの呼び出しを受けた陽は、大学の校舎の屋上で彼女とともに階段に座り、コンビニで買った昼食を食べていた。年末なので大学は開いているが、人っ子一人おらず、がらんとしていた。
「なにって……昨日言った通りさ。ロックフォードの誤認逮捕だよ」
そう言うが、早口になってしまい、語尾が上ずってしまった。
昨日はインターホン越しで話したから上手く誤魔化せたものの、いざ会って話すと陽は動揺を隠しきれなかった。
「ふーん……」
じとーと半目になり、芽衣は陽を睨んだ。
「な、なんだよ?」
もうなんと返されるかわかっていたが、陽は一応そう尋ねた。
「昔から嘘が下手くそよね、あんた」
やっぱりな。陽は心中そう思いながら、
「悪かったな。俺だって何があったか未だによくわかってないんだよ。頭もまだ痛いし……」
「頭……? ロックフォードの連中になにかされたの!?」
芽衣は陽の額に手を当てた。
陽はそれを払いのけつつ、
「バカ。聞くなよ」
「どうしてよ?」
「いつか話すからしばらく待ってろ、と言いたいんだ。整理がついたらすぐに話すからさ」
陽はそう言って立ち上がった。
芽衣は呆然としている。
「陽、隠し事にリスクはつきものだからね? わかってる?」
「わーってる」
陽はそう返事をし、階段から立ち上がって「そろそろ帰ろうか?」と尋ねた。
「先に降りてて。あたしはもう少しここにいるわ」
芽衣は頭を抱えつつ言った。
※
「何が『安心して生活していい』だよ……。あのロシア野郎……」
大学の中庭を渡り歩きながら陽は思わず呟いていた。
昨日、イヴァンに言われたことを改めて思い返す。
彼らはロックフォード社が極秘裏に造っている人間兵器を調査しているらしい。なにも、ロックフォード社が最強の人間兵器、通称『最高傑作』と呼ばれるモノを製造しているということだった。
それは、ロックフォード社の秘密データベースにアクセスしていた陽も、初耳の情報であった。
そういうことでいちいちショックなど受けていられないのだが、陽はそれでも彼らに協力するのに懐疑的だった。
何せ、彼らは『裏のアメリカ』、『クーデターメイカー』と評されるCIAだ。そんな強大な勢力に加担するなど、下手すれば取り返しのつかない事になるのは陽にも想像できた。
「ロックフォードに一泡吹かせたいのは山々なんだがな……」
「一泡吹かすどころじゃないさ。君の協力次第では、だがね」
不意に何処かから声が聞こえた。
顔をあげると、そこにはイヴァンがいた。昨日の禍々(まがまが)しい黒の戦闘服とは打って代わり、深青のジャケットに黒色のジーンズとカジュアルな格好だった。
「イヴァンさん……」
「どうしたんだ? 悪霊でも見たような顔して」
イヴァンはそう言って自嘲気味に笑った。
「どうもこうもないですよ。どうしてくれるんですか、僕の生活」
「ふむ。その様子だと上手く行ってないようだな? でもネットワークを駆使して、俺らのチームに志願したのはお前のほうだぜ? 今さら恨み事はなしってことだ」
「そりゃあ、そうですけれど――」
「おい! イヴァン!」
不意に声がし、イヴァンと陽はそちらの方に振り向いた。
若い黒人男性が手を振りながら、こちらに向かってきた。
「彼はどなたで?」
陽がイヴァンに聞く。
「レイ・マクドネル。俺の相棒だ」
イヴァンが陽にそう説明し、
「彼は宇佐美陽。例のハッカーだ」
とレイの方にも紹介した。
「よぉ!」
レイが握手を求め、手を差し出す。
「よろしく、レイ・マクドナルド」
陽が手を握りながら挨拶をした。
「マクドネルだ」
「マクドナルド」
「マクドネル!」
「マクドナルド……。なんだかファーストフード店みたいな名前だね?」
「わかった、もういい」
レイが諦め、そしてイヴァンの方に向き直った。
「イヴィー、そろそろ時間だ」
と言い、
「フェネクスがそのガキも連れて行けと言っている」
と陽の方を見やった。
「さっそく任務なんですか?」
「あぁ。君に任せてもらいたいのは、昨日言ったマスターピースのデータについてだ」
イヴァンが周囲を確認し、尾行している者が居ないか詮索すると、陽の方に顔を寄せ、
「自宅に戻って準備しておけ。午後一七時に、六本木ヒルズの○○公園で会おう」
※
芽衣は暫く屋上で考えに浸っていたが、考え続けていても埒が明かないと思い、階段を使い中庭に降りた。
階段を降りてすぐ手前のベンチに陽は座っていた。
「陽、ごめんね。待ったでしょ?」
陽は芽衣の方を振り向くと、
「いいや。大丈夫よん」
と言った。
いつもの冗談めかした口調は相変わらずであったが、その顔には明らかに暗い表情が浮かんでいた。
「どうかしたの?」
芽衣が聞く。
陽は立ち上がると、
「なんでもない。ただの考えすぎだよ。行こうよ、芽衣」
と言って、中庭の出口に歩いて行った。
その背中が、遠く離れていく気がして、芽衣は不安が湧き上がってくるのを感じた。




