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 安っぽい民家を抜けた先にあった、古くさい建物の前でイヴァンを乗せたタクシーは停まった。

「付きましたぜお客さん」

 前歯が一本抜けた中年のタクシードライバーはニヤニヤ笑いながら運転席からイヴァンの後部座席の方へ向いた。

「……ここで本当に間違いないのか?」

 イヴァンは苦い表情を浮かべながら、建物を一瞥する。

「えぇ、あってますよ。さっ、料金を……」

 ドライバーは人差し指と親指の先をくっつけて円形にしながら、声を弾ませた。

 イヴァンは渋々お金を払い、タクシーを降りた。

 デチャンスに潜むように言われていた隠れ(セーフハウス)はあまりにも古臭く、幽霊屋敷のようであった。

 檻に囲まれた鉄製の門は時おり風に揺られてキコキコとなっており、庭から屋敷にかけてはどんよりとした雰囲気が漂っていた。

 イヴァンはゴクリと唾を飲み干し、その後苦笑する。

 東欧の戦場で悪霊と呼ばれ、恐れられていた自分がまさか幽霊を怖がっているとは。

 イヴァンは意を決して、門をくぐった。

 庭は無論、手入れもされておらず、荒れ果てた土に雑草が生い茂っている。木はイヴァンが近づくと止まっていたカラスがバッと飛び立って行った。

 イヴァンは門に近づくと、輪型のドアノッカーを鳴らし、反応を待った。

 しばらくすると、ドアが開き、アディソンが顔を出した。

「イヴィーか、よく来た。入ってくれ」

 アディソンがドアを開け、イヴァンはその中に入った。

 エントランスホールは西洋風で立派だったが、絨毯はシミだらけで、頭上にある大きなシャンデリアからは埃がポツポツと落ちてきていた。

「驚いたよ。まさかセーフハウスがこんなに居心地の良さそうな場所だったとはね」

 皮肉を交えて言うイヴァンにアディソンは、

「ここは昔、西暦一九七五年に廃墟となったホテルの跡地らしい。取り壊されることもなくそのままにしていた所を、CIAが改築し、ちょっとした秘密基地のようなところになった」

「改築? 秘密基地?」

 イヴァンは疑問そうな顔をした。少なくとも改築されてるようには思えないし、秘密基地と呼ぶにしても、人気(ひとけ)がないくらいにしかそうは感じられなかった。

「ま、すぐにわかるさ」

 アディソンは妙なニヤニヤ笑いを浮かべつつ、中央階段を登った。イヴァンもそのすぐ後に続く。

 アディソンとイヴァンは階段を登ってすぐのドアを開け、部屋に入った。

 そこにあったのは書斎だった。本棚にはたくさんの本が整列している。どの本も、古めかしい本で、その本にも埃やクモの巣がかかってあった。

「こっちだ、イヴァン」

 アディソンはそう言うと一番奥の本棚に向かって歩いてあった。

 書斎の奥の一角、アディソンは本棚の真ん中に収まっている赤い本の背表紙を指でなぞっていった。

 なにをしているんだ、とイヴァンが声をかけようとすると、赤い本の収まっていたすぐ隣の本棚がその奥にスライドした。

 イヴァンはぎょっとし、その本棚があった場所に歩み寄る。

 ぽっこりと穴が開いたような本棚の一区画の真ん中にできたスペースを覗きこむ。

 そこにあったのは、眩やしい照明と、電子機器類が並んでいる空間であった。

 それだけじゃない、数々の銃が壁にかけてあり、色んな種類の手榴弾や、戦闘服、ガスマスクなどが順序良くかけてあった。

 部屋の中央のテーブルにはバーンズが真剣な面持ちでノートパソコンの画面を見ていた。

「なるほど、改築、ね」

 イヴァンはそう言って苦笑し、部屋の中に入った。アディソンがその後を続くと、本棚が元の位置に戻り、部屋は密室空間となった。

「何を見ているんだ?」

 イヴァンはバーンズに歩み寄る。

 バーンズはイヴァンの方を一瞥し、

「大変ですよ、これ……。僕たちの協力者である悪霊が成田空港で捕まったらしいです!」

 と声を震わせた。

 バーンズはタッチ式のノートパソコンの音声ファイルの再生ボタンをタッチした。

(マクドネル、アディソン、バーンズ、ボンズ、……そしてこの通話記録を聞いているなら、イヴァン。デチャ……おっと作戦行動中だったな、フェネクスだ。聞いてくれ。我々、ゼロの協力者である悪霊が成田空港のゲートのチェックに引っ掛かり、ロックフォード社に連れて行かれた。生体IDであるナノが体内から検知されなかったとの話だが、全くのデマカセだ!!)

 スピーカーを割らん勢いで、デチャンスの怒りがイヴァンの耳朶を打った。

(……ハッカーであることが恐らくロックフォードの耳にも届いたんだろう。日本での法律はナノのチェックに引っ掛かった者はロックフォード社に移送され、詳細にチェックするってのが表向きの話だ。だがな、みんな。ロックフォード社はそいつらを人間(ヒューマ)兵器(ノイド)の材料として洗脳、手術するんだ。そのハッカーまでもが人間(ヒューマ)兵器(ノイド)の材料にされるなら、作戦の脚本(シナリオ)に大幅な加筆、修正をすることとなる。当然、みんなは一時本部に戻ることにもなろう。その事態は避けたい。ボンズ、マクドネル、早速任務だがまずはその悪霊を移送している護送車を襲撃して悪霊を奪還してもらいたい)

 パソコンの映写機からホログラムが流れ、護送トラックが映し出された。

(そしてイヴァン、バーンズ、アディソンはセーフハウスに揃ったのなら、一刻も早くこの二人の手助けを頼む。天下のCIAと言えど、相手もロックフォード社の特殊部隊だ。当然この二人では苦戦を強いられるだろう。頼む、彼らを助けてやってくれ。デチャンス、アウト)

「レイ達の位置は?」

 デチャンスの音声記録を聞き終わった直後、イヴァンはバーンズに視線を流しつつ言った。

 バーンズはパソコンのキーを素早く叩きながら、

「レインボーブリッジのちょうど中央付近……。危険なハイウェイですよ……これ」

「よし、行こう」

 イヴァンは言って、壁にかけてある銃を物色した。

 まずイヴァンの目に留まったのは、ベレッタ92FSイノックス(ステンレスコーチング)……。イタリアのベレッタ社が一九七五年に米軍制式採用拳銃トライアル用に開発し、みごと勝ち抜いた傑作拳銃だ。独特の美しいシルエットとその存在感から、多くのハリウッド映画、ドラマなどに出てくる拳銃である。

「ベレッタは重すぎるか……」

 イヴァンは独り言ち、次の拳銃に目を走らせる。

 シグP226E2自動拳銃……。前述した一九八〇年代での米軍拳銃のトライアルで、92Fに僅差で負けたものの、その耐久度と信頼性からベレッタよりも性能が良いと言われている拳銃であり、水や泥に長時間浸かっても問題なく使用できる耐久性を誇っている。

「シグは駄目だな……。軽い拳銃だ……」

 イヴァンは呟き、その隣の拳銃を見つめた。

 ステアーM9……。ベレッタやシグよりもだいぶ後の時代に開発された、特殊プラスチック製(ポリマーフレーム)の9mmオートだ。ポリマーフレームだから軽くて取り回しがよく、また滅多なことでは壊れない信頼性もあった。

「これだな……」

 イヴァンはステアーを手に取った。

 武器を選びながらイヴァンは頭の中を整理していた。

 先ほど、デチャンスの音声記録からイヴァンの中で引っかかる言葉があったからだ。

 この任務の協力者である、成田空港で捕まったとされる『悪霊』のハンドルネームを持つハッカー……。

 もし、飛行機から降りた直後のあの騒ぎは、そのハッカーの事だったら……。

 もし、同じ飛行機で偶然、隣の席に座った彼がそうであるなら……。

「馬鹿な……。考え過ぎか」

 イヴァンは我知らずそう呟き、考えを振り払うかのように首を振った。

「どうしたイヴァン? 独り言か?」

 アディソンの声が後ろから聞こえる。

「いや……!」

 イヴァンはそう返事を返し、PDWと呼ばれるサブマシンガンを手に取った。

「行こう、アディソン、バーンズ」

 最後にバラクラバと呼ばれるマスクを被ったイヴァンは二人にそう言っていた。


               ※


 まだか、まだか。

 ロックフォード社私兵部隊『スカッド』のアサルトライフルでの反撃を乗ってきた装甲車を盾にしてかわしつつ、レイは焦っていた。

 正直、舐めていた。と言うより覚悟が足りなかったと言うべきであろうか。

 確かにロックフォード社のスカッド隊は世界中の元特殊部隊の隊員を結集して作られたチームだと聞いていた。レイも無論、生半可な覚悟で挑んではいない。

 なのに、なのに、だ。

「……どうしてそんなにしぶといんだよォ! てめぇらはぁ!」

 レイは装甲車から身を乗り出し、叫び声を上げた。

 悲鳴も混じっていたかもしれない。

 ロックフォード社の私兵部隊は銃弾を喰らっても喰らっても、何事もなかったかのように起き上がって銃撃を続けていた。

「クソッ!」

 ボンズも悪態を吐き捨てつつ、MP5で応戦していた。

 正気の沙汰じゃない。

 レイはそう思っていた。

 スカッドの隊員は銃弾を何発喰らっても、平然と反撃を続ける。頭や心臓部などの急所を狙ってもヒラリとかわすだけであった。そしてそのかわし方が、また素早くてレイとボンズは舌を巻いていたのだ。

 そしてレイはある結論に達していた。

 こいつらは、人間(ヒューマ)兵器(ノイド)だ、と。

「馬鹿が……! 隊員どもも強化してやがったか!」

 え? とボンズはぎょっとしつつ、レイの方を見た。

「黙って撃て! ボンズ!」

 レイはM16ライフルで反撃しつつ怒鳴った。

(その通りだ、ボンズ)

 不意にイヤホンから無線通信が聞こえる。

 レイとボンズは装甲車に身を隠しつつ、耳に手を当てた。

「イヴァンなのか!?」

(あぁ、遅れてすまない! 『悪霊』はそこにいるのか?)

「いいや! すまないが、逃がしただけだ! 今は俺たちはレインボーブリッジのど真ん中でドンパチだよ! ……どうやらこのスカッドとか言う部隊、人間(ヒューマ)兵器(ノイド)に強化された隊員たちで構成されてるらしいぜ」

(わかった、今ヘリでバーンズとアディソンを向かわせている。悪霊は俺が見つけに行く。悪霊の住んでいる安アパートは掴めているからな。レイ、それまで頑張ってくれ)

「なんでその悪霊がアパートに戻るとわかってんだ?」

 レイが聞くと、無線の中でふっとイヴァンが笑ったような気がした。

(……俺ならそうするからだ。イヴァン、アウト)

 普段のレイならここで突っ込みを入れるところだが、今はそうもいくまい。

 レイは手榴弾を取り出し、リング状の安全弁を噛みちぎると、

「これでも喰らってろ! 不感野郎ども!!」

 とそれを投げた。

 パイナップル型の手榴弾がスカッド隊員たちの下に転がっていった。

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