第六話「地獄の訓練&ちょっと一休み ②」
さて前回の事は武は記憶の彼方に置いておく事にして話を進めることにした。
なんと言ってもこの頃全くと言っていいほど存在しなかったまともな休日だ、昔は週に二日は休日があったのにここまで訓練という死と隣り合わせの毎日で精神的に休まる日が無かったのだ、今回の休みをどれだけ有意義に、そして存分に休めるかによってこれからの訓練にも影響してくるだろう。
「休日ってどれくらい?」
「師匠に聞いたら一週間だってさ。その間に自主トレするもよし、存分に休むもよし、自由に過ごすと良いって」
一週間。
それだけの休日を何もやらなければ身体は簡単に鈍ってしまう。
最低でも毎朝の訓練プラス少々のメニューをこなさなくては休日明けに師匠によって殺されてしまうだろう。
「じゃあどうする?やっぱりどっかに特訓にでも行く?」
「そうねぇ、近くの村にでも行って何かモンスター被害でも無いか探して見ましょうか」
この世界にはモンスターが存在している。
最初に出会ったドラゴンもモンスターだ。
あれほど強力なモンスターは数は少ないが、もっと弱いモンスター。例えばよくRPGで見かける青いプニプニした奴のようなモンスターだっている。
そういったモンスターは基本的に人間の住んでいる近辺には近寄ってこないが、たまに群れからはぐれたモノや、大きくなりすぎた群れの食料の為に人里にやってくるモノもいる。
例外的に人間を主食とするモンスターだって存在する。
そういったモンスターは武やジュリアにとっては雑魚だが、何の訓練も受けていない農民などにとってみれば脅威なのだ。しかもそういった危険レベルの低いモンスターに対しては国の反応だって遅くなりがちになのだ。
「じゃあ前みたいに適当に歩いて回る?」
「いえ、今回はギルドに行きましょう」
そこでこの世界の人間はある機関を作った。
そういった荒事を専門に取り扱う訓練を受けた人を傭兵として斡旋する施設、傭兵ギルドを作ったのだ。
「ギルドは大きな町にしか無いから今までは直接請けてたけど、今回からはギルドからの依頼を探しましょ?そしたら依頼を探す手間も省けるしね」
武はギルドに関する簡単な説明を受けると頷いた。
ジュリアはそれを見て頷くと早速ギルドに行き武を傭兵として登録する為に部屋のドアに手をかけた
「じゃあ、ちゃっちゃとすませちゃいま「おじゃましまーす!」」
しかしドアは急に自動的に開き、ドアにかけていた手は弾かれ、それどころかジュリアの後頭部にドアがヒットした。
「やっほー!なんだか一週間の休みを貰ったって噂を耳にしてやってきたよー!ってどうしたのジュリアちゃん?そんなところに蹲ってさ。そこに居られると中に入れないんだけど」
自分でやったのに少女はまったく悪びれずにそう言った。
開いた時にぶつかった衝撃と「ガンッ」という鈍い音が聞こえていたろうに。
「アンタがやったんでしょう!?」
ジュリアはすぐに復活すると入って来た少女、アンに向かって怒鳴った。
「え?別にドアの前で誰かがドアの前に立ってくれないかなぁ?とか出来れば反応の面白いタケル君だったら良いなぁ?とか思ってなかったしやってないよ?そしてジュリアだった事にちょっと残念にも思ってないし」
「アンタねぇ……」
ジュリアはそのアンの飄々とした様子に起こる事を諦めたのかガックリと肩を落とした。
それを見て武は苦笑するとアンを見る。
「それでどうしたんだ?わざわざここまで何も用事も無く来たりするほど神殿も暇じゃないだろう?」
そうどれだけ神殿という武のイメージからかけ離れた神殿であろうとも一応は神様を奉っている場所である、どこにでも信心深い人は存在するもので平日の真昼間だろうと訪問する人はいるし、しかも国から一部の仕事を頼まれていたりと結構仕事も多いはずなのだ。
ちょっと中を見てみると殆どの従業員(神職者とは言わない)が忙しなく働いているのを見る事が出来る。
「そうそう、ジュリアちゃん、私は暇じゃないんだからそこをどいて私を中に入れてよ?」
「わかったわよ。はぁ……」
ここ最近、神殿と関わり始めてからジュリアは不幸が多くなった気がするなぁ、などと考えた。
しかしそんなジュリアはお構い無しにアンはさっさとテーブルに座ると置いてあった水差しからコップに水を入れて飲み始めた。
「ちょっと、水だってタダじゃないのよ?」
「良いじゃないけち臭い。遠い昔の聖人だって『客には水とパンを』って言ってたじゃない?」
「それは第3章6節で聖人がみすぼらしい格好をした乞食を無理矢理家に招いて客と言っはったんでしょ?アンタは"自分"から部屋に入り込んできて"勝手"に取ってるんだから盗人と同じよ。それに私は魔術師、聖人なんてしったこっちゃないわ」
「よくそこまで覚えているわね?私だって面倒でそこまで覚えてないのに」
「まぁね、家柄って奴よ」
。
神殿に勤めている人としてそれはどうなんだとか武は思ったりもしたが、なんだか全て今さらなきがして言わない事にした。
「大体『平行世界がいくつも存在していて、今、神は別の世界に言っている為に声を聞きづらいが信仰の強い人だけはその声を聞けるだろう』っていう最初の文章からして怪しさ爆発中じゃない。自分が神様の世界を方ってどこに行ってるのよ」
「は?」
「ん?どうかしたタケル?」
「あ、いやなんでもない」
そういうとジュリアは興味を無くしたのかアンに向かって自分の思っている聖書に対する不満をぶつけ始めた。
平行世界という存在。
それは武が住んでいた世界もその中の一つなのではと予想する。
そしてその平行世界を移動する神、それが自分が帰れるという目的に繋がるのかもしれない。
そう考えると今目の前にいる少女が何だか自分に舞い降りた天使のように思えてきた。
「ん?どうしたのタケル?あ、まさか私に惚れちゃった?いやーまいったねこりゃ、そんな相棒の目の前で愛の告白とかされたらちょっとジュリアが不憫ってもんだわ」」
しかしすぐにその幻想は壊れた。
そういえば今の教会は神という存在をそこまで信じていない人たちばかりで構成されているのだった。
もしかしたら上の方の人物ならばもっと詳しく教えてくれるかもしれないが、合えるかどうかすらも分からない自分物にかけるのはどうかと思う。
「なぁ?教会で一番偉い人ってどうやったら会えるんだ?」
「教皇様ってこと?それならアルディアに行くしか無いんじゃないかな?でも最近じゃ高齢になってきたから表には出てこないし、そもそも個人的に会うなんて一般人じゃできないよ」
実はアルディアというのは別の国だったりするのだが異世界の住人である武はもちろん知らないので、どっかの町ぐらいにしか思っていない。
しかしどちらにしろ会えないのでは意味が無い。
「そっか。じゃあ少しでも会える可能性がある中なら誰かいるか?」
「だったら騎士団のハル神官長だね。まぁ入れればって話だけど。でもどうして?まさか教会に興味持ったの?」
「そうなの?だったら止めておきなさいよ、アンタみたいなのが戒律で雁字搦めにされて大丈夫なわけないんだから」
「そうそう、それに結構時給安いしさ?男だったら使われるだけ使われて出世できずにポイッってされちゃうよ?」
「いやそれはいいんだけど、それをアンタが言うのは何だか駄目でしょう」
「そうかな?」
そんな漫才は置いておいて考えてみる。
もっと詳しい話を聞けたならば元の世界に帰ることが出来るかもしれない、それが無理でも何らかの手掛かりくらいは手に入るだろう。
武はここに来てようやく手がかりを見つけられたことに安堵を覚えた。少しはこの世界に慣れてきて親しい人も増えてきたとはいえ、どうしても元の世界には帰りたいものなのだ。
「ありがとうアン、ならもっと頑張ってみようと思うよ。さぁ、ジュリアこうしちゃ居られない!もっと実戦経験を積んで、何が何でも騎士団に入ろう!」
この世界にやってきて今まで見せた事の無いような声と目で武はそう言った。
武は気が付いていないがジュリアとアンはその変わり様に少しだけ引いていたりもする。
しかしジュリアにとっては歓迎するべきことなので少し間を空けてから「えぇ」と返事をした。
「って盛り上がっているところ申し訳ないのだけれど、ちょっと良い?こっちからの用件ってのがまだ済んでないんだけど」
「何よアン、タケルがやる気になってるんだからこちらとしてはさっさと行きたいんだけど?」
「まぁまぁそっちにとっても悪い話じゃないよ。神殿からの依頼って奴さ」
そう言ってアンは肩にかけていたバックを下ろすと中から一枚の紙を取り出した、それをジュリアと武に向けて置く。
「今回のはピリオードに対する神殿からの正式な依頼、というか挑戦状というか恒例行事というかそういったものだよ。ちょっと試練の遺跡って場所に行って宝石を持ってくれば良いの。普通なら最初にやるんだけど神殿の皆が久方ぶりの受験者だってことで浮かれてたせいで忘れてたんだよね」
サラリと自分達のミスを言うアンに二人は少々呆れながらもその紙をみた。
そこに書いてあるのは「試練の遺跡」の場所を表した地図と、そこまでの経費についての契約書など様々だ。中には死亡時にはこちらには一切責任がございません等のいつも通りのものも存在している。
「これに失敗したらピリオードとして認められないの?そうなったら今の騎士団試験は?」
「あぁそれについては大丈夫、内容はかなり簡単ですんで普通に合格できると思うし、もし万が一不合格の場合でもドラゴン二匹討伐という結果を出しているからピリオードとして保護しないことはない。その試験で死ねる人のほうが少ないと思うよ?それと、こちらから試験を辞退させるなんてことはありえないわ、信用問題になるもの」
そこまで言ったところで再び水を飲む、それにしてもこの女、欠片も遠慮と言うものが無い。
安全な水というのはそれだけでもう200Bはするもの、食堂で無料でサービスされている水だって怪しいものだ。
しかしそんな事は関係ないとばかりに水を飲んでいく。
「つーわけで行ってこい」
武たちに向かって手をシッシッと振るアン。
他人の部屋でここまで偉そうにできるのもある意味才能なのかもしれない。
「あんた段々と面倒になってきてるでしょ?」
「そんな事は無いよぉ、早く帰って仕事を終らせて友人とディナーを楽しんで家に帰って寝たいなーなんてちょっと位しか思ってないし」
ようするに「さっさと行けや」ということらしい。
ジュリアは「フン」と鼻を鳴らすとそのテーブルの上に置かれた紙を掴むとそれを自らの背負い袋の中に無理やりに入れた。中には色々とモノが入っているために音からしてグシャグシャになっているであろうことは明白だ。
「案内は必要?別途料金が必要になるけど」
「結構よ、ここの一帯は私の庭みたいなモノだし」
「……なるほど、マクベルンか」
少し考えるとアンはジュリアの家名であるマクベルンを呟いて納得した。
武にとってみれば見えない話の内容なのだが、実はこの地図に書かれている場所はマクベルン家所有の領土で、ジュリアにとって見ればまさに自分の家の庭と同意義なのだ。
「じゃあ早く帰ってくることを願ってるわ」
「そういうのは無事を祈るとかでしょう?」
「貴方達には必要ないわよ、そんなのは見ればわかるもの。貴方達は繋がっている、そうそうそれが切れることは無いわね」
自信に満ちた声でアンは言った。
アンはピリオードというものをいくつも見て来た、彼女は大体勤めだして5年目。12から始めたのでどんな人物が受かるかとかは分かっているつもりなのだ。
「だから頼んだわよ?私のお金がかかっているんだから。私は歴代最速達成にね」
だからこそ彼女はこういったピリオード関係の賭け事に関しては常に当て続けているのだ。
「結局お金!?」
「決まってるじゃない!今回はだいぶレートが下がってるけど、それでも私が|頑張って積み上げてきた《前回の賭けで儲けた》お金を賭けてるんだから負けるのは許さないんだからね!?」
「なんだか凄くやる気が無くなってきたわ」
「あぁ、それには凄く同意するよ」
「えぇ!?それはちょっと困るわねぇ……そうだ!儲けたお金で貴方達の祝賀パーティーを開くって言うのはどうかしら?もちろん私の驕りで」
「「のった!」」
少年と少女は希望《上手い飯》と夢《上手い酒》に胸を膨らませながら準備を進めていくのだった。
まだまだアンケート募集中