第六話「地獄の訓練&ちょっと一休み ①」
なんだか内容が濃くなりすぎたので前後に分けてみました
拝啓 お母様
成績表はいつでもオール3の息子です。小中高と全てにおいてオール中間という絶対に先生に諮られているとしか考えられない成績でしたが何回聞いても「偶然だ」としか返って来ませんでした。絶対評価なのにそれはありえないと思います。
さて最近では無事に退院することが出来ましてどうにかいつもの日常に戻ることが出来ました、しかし師匠による扱きと言うのも最近では私の日常となっているらしく、体が勝手に動いている次第です。この頃は師匠の指導にも熱が篭ってきており、私でも日々どうすれば殺されないかということばかりを考えている毎日です。しかし私のパートナー(こう書くとお母様ならば「嫁!?あんたに嫁!?彼女でさえ出来たと言われたら倒れそうなのに!?……今日は槍かしら?それとも死んだ父さんが墓から飛び出してくるのかしら?」と心配されそうですが違います)であるジュリアが死にそうな感じに疲れ果てているのですからここで倒れるわけにはいきません。どうにか頑張ろうと思います。
ではまた無事にあえる事を祈って終わりにしたいと思います
武は必死だった。
それはもう必死だった。
なぜなら目の前には"死"が具現化したとしか思えないような光景が広がっているからだ。
頬を撫でる風はそれだけで自分の頬を切り裂き。
この場を包んでいるソレはソレだけで虐殺を行う事が出来るかのようなモノを持っている。
しかしそれに立ち向かうのはただの人間、そしてその中でも"普通"に最も近い自分、それを見て必死にならないほうがおかしいというものだ。
「あと五分だ」
無常な言葉が目の前の"死"から告げられる。
その言葉の意味を武が「あと五分だけ」と考えるのか「あと五分も」と考えるのかは分からないが、これだけは言える。そんな事を考えている暇は存在していない。
武に出来ることは目の前から吹き荒れてくる"死"の嵐からただただその身を守る為に身体を動かし続けているだけだった。
そして無情というのは目の前にある"死"を言うのだろう。
「スピードを上げるぞ」
こうやって何でもないように死を突きつけてくるのだから。
無論その後は見事に武が手加減された一撃を貰い終了となった。
武は未だに首と胴体が泣き別れていないことを喜びながら正座をしてただ師匠の言葉を待つ。
「なぜ反撃をしてこないんだ?」
そして言われた言葉は余りに無情というか無茶というか無謀というか無策というか明らかに不可能な事を言われた。
その為に武の脳みそは動きを止める。
そしてポカーンとバカの様に口を大きく開けてただ支障を眺めている。
どんなに考えてみてもあの状態から反撃をするなど不可能だ、自分にとって見ればあそこまで避けられた事を褒めてほしいくらいなのである。
「いや、無t」
「無茶だというのなら勝てない、今回の試合は諦めるのだな。そうしなければ私の時間の無駄だ、なぜ死ぬ人間に教えなければならん」
試合はいつでも死と隣りあわせだ。
もし本気の試合で実力が違いすぎるもの同士が戦ったならば弱いほうはほぼ確実に死ぬ。
舐めてかかるということはそれだけで相手の力に対する侮辱であり、今回で言えば推薦した教会やそれを受け入れた騎士団に対する侮辱でもある。
ならばもし実力が違いすぎる判断するならばどうするべきか、棄権だ。
棄権するというのは恥ずかしいことではない。
もしかしたら学校などで行われる試合を棄権することが恥ずかしい行為だというのかもしれない。
しかしこちらでは敗北は死に直結することすらある、もしかしたら一生何らかの障害を患わなくてはならないかもしれない。
しかし今回の試合は国の先鋭部隊である騎士団への入隊試験だ、これはもはや教会や騎士団だけの話ではない。
国王や国民が集い、その試合を見るのだ。これは棄権することが出来ないものである。
だからこそ今回の試験では”死なない為に”強くなる必要があるのだ。
「あいつの件の速度は私を余裕で凌駕する、この程度で苦労しているようでは奴に勝つことなど夢のまた夢だ。もしそれで弱音を吐くようならば素直に負けて死ね」
そこまで言われて引き下がるほど武は男を止めていない、どこまでも追いすがっていく気持ちで気合を入れなおすと師匠を睨みつける。
「うむ、もし私がお前がアイツに挑んでも死ぬだけだと判断した場合には私が貴様の童貞、もしくは後ろの処女を貰ってやろう。流石に一回もそういった経験がなく死ぬのは嫌だろう?」
「すぐにでも修行を開始しましょう師匠!!さぁさぁ!まだまだ太陽は西には沈んでいませんよ!?あーっはっはっは!!!」
「うむ、そうそうだな」
武はなんとしても先ほどの言葉を忘れる為に死の竜巻の中に飛び込んで行く事を喜々として選んだ。
しかし時はすでに遅く師匠の口から漏れた先ほどの言葉が彼はこれから毎晩聞こえてくるという地獄に連れ込まれていくのだった。
さて何時もより数段やる気の入っている武はなんとしても自分のプライドと後ろのナニと男としての何かを守る為に何度も死の嵐に突撃を繰り返して絶妙に威力をコントロールされた一撃を貰い昏倒するという事を何度となく繰り返して師匠から貰った言葉は、
「こんなことも出来んのか?不出来な弟子だ」
という辛らつな言葉だった。
そんな言葉を言われて普通にしていられるほど武は大人ではなかった、むしろバカだった。
なのでついつい反抗的な目つきで師匠のことを見てしまった、そう見てしまったのだ。そしてそんな視線に気が付かないほど感覚が鈍ってはいなかった。
すぐに起き上がらせられると武に向かって先ほどよりも早い剣戟が迫ってきた。
武にはそれが遅く見えた、まるでスローモーションのように遅い。
しかしそんな彼が取った行動は避けるなどという高度な事ではなく、ただただ小さく
「あ、地獄ってこの世にあったんだ」
と情けなく呟いただけであった。
武が目を覚ますとそこは見慣れた宿の自室だった。
最近ではぶっ倒れるまで修行を続けて師匠にいつの間にか宿まで運ばれているというなんという一歩間違えるととても危険な事が日常化している。流石に師匠にも常識というモノが存在していたようで寝込みを襲うなどという事はしていないようだ。多分、おそらく、きっと。何らかの手段を用いられて記憶を消されているだとか、身体を回復させているだとかしなければの話だ。
武はいつものように恐る恐る身体の調子を確かめると部屋の中をぐるりと見渡した。
何時もと変わらない部屋の中においてあるテーブルの上に一枚の紙切れが落ちているのが見えた、いや正確には置いてあるが正しいのだろうが、グシャグシャになったソレはまさにゴミとしか思えなく、何となく落ちていると言ったほうが正しいように思える。
「それ見ときなさいよ?ちょっとこれから忙しくなりそうだからね」
突然かけられた言葉に武は驚いた、ここに居るのは最近では自分だけとなっていてため予想外の事態に体が勝手に反応してしまい「ひっ」と小さく声をあげる。声の方向を向くとそこに居たのは一人の少女。
「なによ?ちょっとは成長したかと思ったのに私に気が付かなかったの?『ひっ』なんて悲鳴まであげちゃってさ」
楽しそうにそう言う少女は最近では見なくなっていたこの部屋のもう一人の住人で、武相棒だった。
「久しぶり、ジュリア」
「えぇ、久しぶりタケル。元気そうで何よりだわ」
二人はどれくらいぶりになるか分からない挨拶を交わすとどちらからともなく微笑んだ、ピリオードというのはお互いが近くに居れば安心する、遠くに居ればほんの少しだけ寂しくなる、そういうものなのだ。
「どれくらい強くなったかはもうちょっと後で確認するとしてそこのテーブルの上にある手紙は見ておきなさい?ちょっと私がイラ付いて握り締めちゃったけど一応は読めるはずよ」
どれほど強く握り締めれば読むのが困難になるほど手紙を握り締められるのかが気になったがとりあえずそこには触れずに武は読むことにした。
『お前ら一度休憩して来い☆というか僕が面倒だから休め。タケルくんの師匠にも話を通して置いたから大丈夫だよ。僕はこれから美女探しのたびに出るんだ!だって今までその事で弟子に弄られまくっているからね!この旅で僕は一つも二つも階段を登ってやろうと思っている。悔しかったら君も登ってみろって言うんだ!あぁタケルくんじゃないよ?というかタケルくんにはジュリアを押し倒してもらっても別に僕としてはなんら問題はないわけで、なんて言っても家族でもなんでも無いわけだしね!弟子?そんなの関係無い無い、だって師匠のこと全く敬わないし、むしろ罵倒してくるし、最近何だか気持ちよくなって着たりもしてくるしで大変なんだから!という訳で押し倒せ少年!若気の至りって奴さ!青い妄想をその肢体に叩きつけてやれぇ!なぁに『ムラッとしてやった、今は後悔している』と言っておけば大丈夫さ!……ってちょっとまった!僕が帰ってくるまでは我慢してくれるかな?そのあとならいくらでも押し倒して構わないからさ!だって弟子よりも後、っていうのは……ね?君も男なら察してくれるだろう?あとほんの少ししかない安っぽいプライドだけどね!一応顔だけはそこのジュリアも良いからさ、何か間違いがあってはいけないと思って書いているんだ。でも性格的には最悪を通り越しているから万が一にも間違いは起こらないと思うけど書いておくよ?『少年よ、早まるな』初めての相手は良く良く考えるんだ、女性選びはネクタイ選びと一緒なんていう名言だってあるくらいだしね!なんでも店で見た時には良いなぁと思っても家に帰って付けてみるとがっかりすることになぞらえてるんだってさ。まぁ付けてみるというよりは入れてみるといった方が女性選びの基本なのかも知れ無いけどね(笑)やはり僕としての理想の女性像としては…………って感じで朝はおしとやかで夜は激しいのが良いかな?大和撫子って言うんだっけ?まぁいいや、そういうわけで休暇を存分に楽しんで来い!』
というような内容が手紙三枚に渡って書かれていた。
ちなみに二枚目と三枚目の大半はこの手紙を書いた人の理想の女性像で埋まっていた。
なんというかこれだけでジュリアが切れた理由は分かったのだがなぜかそこから続きがあった。
四枚目が存在しているのだ。
そしていつぞやのように嫌な予感しかしてこない。
むしろこれは放置したまま休暇にどこか遠くに行ったほうが良いのでは無いだろうかとさえ思う。
しかし差出人の名前すらも確認せずに放置するというのは人間として駄目な気がして名前を見てみた。
アルバート
知らない名前だ。
しかし何故だか嫌な予感が泊まらない。
どれほどの嫌な予感かというといつぞやのドラゴン討伐試験の後に師匠と二人っきりで部屋に居た時のような気配がする。
ジュリアを見てみるが彼女は武と目を合わせようとしない、それどころかあからさまに視線を合わせることを避けている。
読んでみないことには始らない、そして読まずに放置するというのは相手に対して失礼に当たる、ならば読まなくてはならないだろう。
武は覚悟を決めるとその手紙を読み始めた。
『私は女が好かぬ』
そして一行で誰かが分かった、そして理解した、今までその手紙から感じていたその嫌な予感の意味を。
これは呪われた手紙なのだ、そうなのだ。今ここで燃やさない事にはこの手紙は永久に周囲にこの呪いを撒き散らし続けるに違いない。
この手紙がここに存在している限り(主に武が)不幸になる!
しかし現実というのは無情だ、固まってしまった両腕は動かすことが出来ずにそこに書いてある内容がその武の目を通して脳みその中に流れ込んでくる。そしてそれを飛べる術を武は有しては居なかった。
その一枚に簡潔に纏められていた先ほどのジュリアの師匠からの手紙よりも濃い内容に武はノックダウン寸前であった。
そしてそんな武にジュリアはただ
「その……頑張れ」
としか言うことが出来なかった。