最終話「最強の剣士・リア」
拝啓 お母様
段々とこの文章を書くのが面倒になってきている駄目息子です。最近ではまずここで各内容で躓くことが毎回の最初の壁となっています。二部からは無くなるらしいのでとても安心しています。
先日私は無事にピリオードとして認められることが出来ました(完全に出来試合)、これで何かが変わるというわけではありませんでしたが始めてのダンジョンという事で失敗がとにかく多かったです。これが実践でなくて本当に良かったと思います。
さてこうして私の休日は過ぎて行ってしまいました、再び地獄の訓練(師匠からの逃避行付き)が再開され、命の危機と貞操の危機のダブルパンチで死に掛けましたが見事に生き残ることが出来ました。そしてもうすぐ私たちの真の目的である騎士団入団試験の始まりです、気合を入れてそちらに早く戻れるよう努力して移行と思います。
愚息より
前振りではなかった、今回こそは前振りではなかったのだ!
武は無事に起きる事に成功した喜びで部屋の中を駆け巡りそしてそのテンションのまま外に飛び出すと下に存在している食事所で優雅に「サラダとパンを、それから水もつけて」と近くを通りかかった可愛らしいウェイトレスに注文する。
ウェイトレスは若干テンションの高すぎる武に引きながらもこちらも商売なのですぐににこやかに対応するとそそくさと厨房に引っ込んでいった。
「おはよう」
ジュリアはまだ眠いのか目を擦りながら降りてくると先に来ていた水を掴みゴクゴクと喉を鳴らして飲み込んでいく。
「やぁジュリア! 今日はちょっと遅い気象だね! Ha~hahahaha~」
「うるさい」
ジュリアはそれだけ言うと椅子の背もたれを足でおもいっきり押し倒れた武の顔面をその綺麗な足で踏み潰した。
テンションが上がりすぎて気持ち悪い物体になっていた武はテンションがた落ちであるジュリアによって叩き潰された。
「アンタねぇ、今日はこれから試験があるのよ? もう少しノンビリして少しでも体力を残しておきなさいよ」
これだったら遅刻ギリギリまで寝ていたほうが良かったわ、とジュリアは呟きながらテーブルに届けられたパンとサラダを口の中に放り込んでいく。
自分の食事であることを武は主張しようと思ったのだがジュリアに睨まれ、しょうがなくもう一回頼む事にした。
「さて食事も済んだことだしこれからどうしようかしら」
二人は食事が済むと水を一口含んで一息ついた。
試験が行われるのは町の中央にある王城、そこの片隅配置されている決闘用のアリーナで行われる。いつもならば公開されることのない場所でだけあって午後開始だというのに朝からそこは場所取りをする観客で満員である。
「余り試合の前に疲れたくないから早めに行って待機しておきたいなぁ」
「それじゃあさっさと行くとしますか」
そう言うとジュリアは部屋へと上がっていく。武はそれを見送るとテーブルの上に肘を付いてただなんとなく厨房を眺める。ジュリアの準備の間はこうしていつも武は待っている、効率的ではないが後ろで絹のすれる音が聞こえてきて精神的に消耗してしまうよりはそっちの方がいい。ジュリアからはそこまで意識されていないようだが武はつい意識してしまうのだ。
「剣女帝、か」
実際にその戦いを見たことの無い武にとってその名前はまるで神話の中の英雄のようなものだ、自分がそんな神話の人物と戦うことになるとは思ってもいなかった。しかし今の自分には目的がある、元の世界に戻る手がかりを少しでも見つけ出す為、なんとしても勝たなくてはならない。
「どんなにあがいても勝てない相手か」
覚悟は済ませた。
もしかしたら殺されるかもしれないという覚悟はこの世界に来てから数日後に。
覚悟は済ませた。
殺すことに対する覚悟をこの世界に来た翌日に。
いつからだろうか、殺しあうことに抵抗を覚えなくなったのは、いつからだろうか生き物を殺すことに慣れてしまったのは、いつからだろうか強者と戦うことが楽しくなってきたのは、強くなることを喜ぶようになったのは。
自分はいつでも挑戦者であった、戦うものはいつでも格上の敵。ドラゴンと二度戦い、師匠と戦い、そしてこれからは師匠を超える最強の剣士と戦う。
「っ!」
手が震える。
まだ上と戦えることに頭ではなく体が震える。
もっと強くなる事が出来ると魂が震える。
武は確かにこの世界に染まっていた。
馬鹿みたいに平和な国から来た平凡な少年は世界を渡りようやく自分を見つけたのかもしれない。しかしその思いは元の世界に帰る思いとぶつかり合い複雑な思いを作り出していく。
「桜」
自分がいなくなりきっと泣いているであろう妹の名を呟き武はどうしようもない感情を押し殺した。
自分はどうにかして帰らなくてはならないのだと、そう自分の感情を隠しながら。
試験会場に辿り着くと武とジュリアは思わずため息をついた。
どこを見てもそこにいるのは人! 人! 人! この人垣は会場の受付から永遠と続いていて参加者であろうとも容易に抜けられそうには無い。
祭りか何かと勘違いしているのか出店まで出てきている。まぁこの娯楽の無い時代ではこういった事は祭りと同じようなものなのだろう。
「何だかこれ見たとたんに疲れてきたわ」
「それに対しては激しく同感する」
「おや!? 今回の主役のタケル君にジュリア君じゃないかー、どうだい調子は?」
疲れたような表情で振り返るとそこに居たのはとても満足そうな顔で出店の商品を食べているアンであった。前回の賭けに再び勝利したアンだが、今回はどうやらそこまで大穴でも無かったらしく予想よりも少なかった事を残念に思っていたらしいが前回の勝ち分が凄いのでそこまで気にしていないようだ。
「あらアンじゃない。どうそっちは?」
「教会? 今回は私みたいな下っ端じゃなくて上の人たちが主催しているしねぇ。それに教会の管轄じゃないからこうして休暇を満喫中ですよん」
そう言うとアンは自慢げに手に持った食料を見せびらかすように二人の前で振った。
それはどうやらたこ焼きのように爪楊枝のようなもので一個ずつ取って食べるもののようだ。
「警備のほうも教会じゃ無くて国の方がやってくれてるし、この祭り騒ぎじゃ教会に来る人なんて殆ど居ないだろうからって事で開店休業状態。まぁもしもの時の為に何人か待機してるけどねぇ。まぁ私には関係無いからこうしてその人たちの分まで堪能しようという優しさ?」
「楽しんでいることはわかったわ」
「でも今回のメインである試験は見れないんだけどねぇ」
堪能するのはどうやら出店の方らしい。
「じゃあ今回の賭けには参加しないの?」
「うん、賭け事って言うのは引き際が肝心だからね。それに友人をだしにして金稼ぎなんてそんなことできないわよ。うぅ」
「で、本音は?」
「そろそろ怖くなってきた。いやーこんなに儲けられるとは思ってなかったからさぁ」
正直者というのは良い事だ。
「それでお二人はこんな所で何をやってるの? デート?」
「違うわよ。早めに控え室に行こうと思ったんだけどこの人ごみを見て試験の前に疲れてただけ」
「あぁそうなんだ。てっきり私は昨夜がとっても激しくて疲れてたのかと」
「ないない」
「何言ってるんだこの小娘は」というような顔でジュリアは否定した。
「私とタケルはそういう関係じゃないのよ」
「そうなんだ。でも巷じゃそうは思われてないみたいだよ?」
「は? どういう意味よ」
「そのままの意味。ジュリアはどこからかやってきた貴族令嬢(大当たり)、タケルはその元使用人。いつからか二人の間に芽生えた禁断の愛! ってな感じで」
「「無いな」」
どこの三流作家が考えたシナリオだろうか、そんな使い古された設定などもう誰も見向きもしないだろうに。
「定番だからこそ人気も出るんですよタケル君。しかもそういうなじみのあるストーリーの方が若い年頃の娘達には広まりやすいんだよ」
「話のだしにされる方はたまったもんじゃ無いわよ」
「まぁまぁ有名になるって事はそういうゴシップネタが簡単にドンドン上がってくるものさ。もしかしたら過去の異性交遊だって調べあげられてネタにされるかもしれないんだもん。そういうことには気をつけないとね!」
そうやって気遣っている割にはとても楽しそうなアン、どう考えてもそういったゴシップネタを心待ちにしている一人であることは間違いないようだ。
そうやって離しながら歩いていると時間は簡単に過ぎていくもので、三人はいつの間にか会場の入り口に辿り着いていた。
「おや、ここでお別れのようだね」
「あぁ、こっちの話に付き合ってくれてありがとうな」
「いやいや、こちらとしても二人と話せて楽しかったよ。試験頑張ってね?」
「おう!」
「えぇ、任せなさい」
アンはそう言うと手を振りながら離れて行き、二人もそれを見送ると会場の中へと入っていった。
待機室の中リアは中央に目を閉じて座っていた。
彼女が作り出している空気は澄んでいて、そこにいるもの全てを魅了する。まるでそこだけは神が自らその手を振るい聖域にしたかのような雰囲気を醸し出していた。
誰も犯すことの出来ないその聖域を彼女は一人で佇んでいる。
しかしその聖域は一人の侵入者によって簡単に壊された。
「リア! どうだい調子は! 遊びに来たよってうわ! 止めて! 剣を止めて! 切らないで!」
その不躾な侵入者に対してリアは一切の遠慮をせずに切りかかった、しかしその全てをまるで見切ったかのように侵入者であるアルは避けきった。当てるつもりは無いので素人ならば当たるかどうかわからない微妙な線を最初は切っていたのだが段々慣れてきたにつれて薄皮一枚切る程度、ちょっと血が出る程度と段々と攻撃性を高めていった結果今のような本当に切るかのような太刀筋になった。
もちろん当てる気は無い。
「なんだアルか。どうした?」
「なんだって俺だって言う確証は無かったの!? 別の人だったらどうするのさ!?」
「……まぁ大丈夫だろう」
そうは言っているが実はリアはアルであることを理解していた。
余り人付き合いの得意ではないリアにとってアルは数少ない友人の一人であり、その足音や歩く時に出る癖などで彼の事を理解している。
ただそうやって彼が来ることを認識している事がばれてしまっては恥ずかしいのでリアはこうやって誤魔化しているのだ。
アルは「全然大丈夫じゃないよ」と呟きながらもどこか諦めた表情を浮かべると何時もの笑みを浮かべてリアを見た。
「それでどう? 調子は」
「いつも通りだ、問題ない」
「そっかなら問題ないだろう」
そう呟くと笑みを消してリアを見る。そのどこか何時もと違った雰囲気をまとう友人に気が付きリアは佇まいを正してアルを見る。
「団長からの命令だ」
その言葉を聞いてリアは顔を険しくした。
団長というのはもちろんリアやアルが所属している騎士団の団長の事である。
大陸最強と名高い天才、彼はまるで家族のように騎士団の団員に接してきている。その為にいままでこういった命令という形を使って使いを出した事は無い。何かしらの指令を貰う時にはお願いや依頼という形で持ってきて断ることも出来るのだ。
それが今回命令という形を使って指令を出してくる。これは今までにない事態である。
「今回の試験の挑戦者を完膚なきまでに叩きのめせ、全力を使っても構わない。だそうだよ」
一人で一軍に相当する騎士団。
その剣は今抜かれた。
「ついにこの時が着たわね」
試験会場のアリーナへの入り口、そこでジュリアと武の二人は入場の時を今か今かと待っていた。
その手に携えているのは自分の命を託した剣と杖、多くの戦場を共に潜り抜けてきた相棒。
「あぁ。ここまで来たら後は神様にしかわからない」
二人はその自分の持つ全てをかけて最強の一角に挑もうとしていた。
二人の間に会話は無く、ただただ正面を見続けている。そんな沈黙を打ち破るようにジュリアが「ねぇ」と呟いた。
「なんで付いてきてくれたの? アンタには騎士団になるなんていう夢なんて無いでしょ?」
「最初に無理矢理ピリオードとして契約させた人物とは思えない発言をありがとう」
「う、うるさいわね。今から思えば悪かったわよ」
「今まで思ってなかったのかよ」
短い付き合い、と言うには濃すぎる内容の日々を思い浮かべて武は苦笑した。
ジュリアは拗ねたように顔を背ける。
「それで? 本当にどうなのよ」
「ここまで付いてきた理由か、それは……」
「それは?」
「秘密」
「なによそれ」
呆れたような顔でため息を吐くジュリア。
しかし武だって言えない事くらいある。
ドラゴンに単身で突撃していくようなおっちょこちょいで済ませられないほど無謀な少女をはじめて見た時に「かっこいい」と思ってしまった自分がいた。少しでもそんなヒーローみないな少女に近付きたくて、良い所を見せたくて努力した事もあった(無駄だったが)。
今ではもう自分の為でもある、しかしその始まりと言うのはかっこ悪いものでちょっと可愛い子に少しでも良い所を見せたかったと言う男としての本能であった。
「そんなモノだよ。男なんて。言えない事がたくさんあって、それを隠しながら生きるんだ。男なんていつでも”頑張り”を隠しながら頑張って行くんだ」
「……それって暗に『俺頑張ってます』って言ってない?」
「そうかも」
今にして思えばちょっと前の自分を殴り飛ばしてしまいたい。何をかっこつけてるんだろうか。
これならば本当の理由を言って置いたほうがまだかっこよかったかも?
「ま、頑張りなさい、男の子」
「……おうさ」
「武、ジュリア両名、入場してください」
丁度良いタイミングで兵士が入って来た。
二人は最後に一度視線を交わらせる。
「ほら行くわよ」
「りょーかい」
アリーナに入ると二人は歓声の波に飲まれていった。
二人を待ち構えるようにしてその中央に立つのは剣女帝リア、全ての剣士の頂点に立ち全てを切り捨てるたった一本の剣を使い上り詰めた女性。
一瞬、武とリアの視線は交じり合った、しかしそれはすぐに外されその視線は閉じられた瞼によって切られてしまった。まるで自分に対して関心を失ったかのように。
(ちくしょう)
わかっていた、自分などでは相手にならないことなど。しかしそれでもこれから戦う相手に対してこれほどまでに興味が無いというのはどういうことなのだろうか。
武は悔しかった。視線が絡んだ瞬間その目の放つ威圧感に完全に飲まれてしまった。どこかに持っていかれそうになる魂と今にも逃げ出しそうになる身体をその場に引き留めるだけに体中の力を使った。
一瞬で理解した相手と自分の力量の差、それを悟った武にはもう負けと言う言葉しか浮かんでこない。
「何一人で負けた気になってるのよ」
ハッとなる武、横を見るとそこにいるのはいつもの様に力強い笑みを浮かべているジュリア。
自分がいつか目標としていた少女。
「忘れたの? 男の子。アンタはいつだって挑戦者だって事を」
いや、それはいつかではない。
今でも、そしてこれからも彼女のあの時の姿は自分の目標なのだと理解する。
あのドラゴンとの戦いで見せたあの姿は今でもこうして色褪せずに隣に立っていたのだ。
「ほら、リア様をどうにかして倒しなさい。男は黙って頑張るんでしょ?」
先ほどの恥ずかしい言葉を引用してくる辺り余り良い性格はしていない。けれどもそれでも武にとってみればまるで勝利の女神が自分を応援してくれているかのようなものだ。
だから武は一度深呼吸をすると身体の力を抜いてリアを見た、そしてたまたま目を開けていたのか再び絡み合う視線。しかし今度はもう負けたりしない、飲まれたりしない。自分の後ろには自分を応援してくれている勝利の女神がいるのだから。
そうするとリアはうっすらと口に微笑を浮かべて剣の柄に手を置いた。そしてその剣を抜く。
両手で持ったその剣は太陽の光を反射して輝く、とても綺麗だと思った。だからこそ武も自信満々に剣を抜く、もちろんその数打ちの剣は鈍く輝くだけでリアの剣のように綺麗に輝くような事は無い。しかし武はそれを自信満々に持つ、まるでどこかの宝剣かのように。
「綺麗な剣だな」
「ありがとうございます」
それは剣士にとって最高の褒め言葉であろう。自分の半身とも言うべき剣が褒められたのだから。
武は数歩前に出、ジュリアは数歩後ろに下がる。挑戦者には最初の場所取りに先制権が与えられる、こうしなければ一瞬で勝負が付いてしまうのだ。
「それでは準備は宜しいか!」
「「「おう!」」」
「では! 始め!」
最初に駆けるのは武、剣の切っ先を下に下げそれを剣の有効距離に入ると同時に振り上げる。しかしそれはいとも容易くリアの剣により軌跡をずらされそれがリアの身を切り裂くことは無かった。
リアが使うのは細剣と呼ばれる文字通り細い剣だ、その為にそれによる防御はどうしても相手の攻撃を受け止める事は出来ずに”逸らす”事になる。相手の剣の腹に自分の剣の腹を当て道筋を作りそれを滑らせることにより自分から軌跡をずらすのだ。言葉で言ってしまえば簡単な事でもそれは針の穴に糸を通すようなもので、少しでも剣の角度を間違えば簡単に剣の方が折れてしまう。相手の剣筋を見極める目、そしてそれを一瞬で判断する判断力、そして正確に剣を置く腕。全てが揃わなくてはこのような芸当は出来ない。
そして逸らされるということはその運動エネルギーを発散させることが出来ないということ、何にもぶつかる事無く放り出される全力の剣は簡単に自分の下に戻すことは出来ない。その為にそれは大きな隙になってしまう。
そしてその隙を見逃すほどジュリアは甘くは無い、振り上げたことによって出来たのは胴体。両手で剣を握っているが為にそこにはもう障害となるものが無い。
「貰った」
リアは存分にその武の師匠よりも早いといわれる剣を振るう、その剣はその胴体を真っ二つに切り裂く……
「なっ」
事は無かった。
武は手首を捻り無理矢理剣を回転させて胴部をガードしていた、その武と至近距離で視線を交わらせるリアはその黒い目に魅了される。
自分が放った確実に当たったと思っていた攻撃が弾かれる。このような事が今までにあっただろうか。
確かに何度かあった、しかしそれは未熟な時いつでも格上が相手であった。自分よりも隠しただと思っていた相手にこのような事があっただろうか。無い。油断などしていない。にもかかわらず弾かれた。
リアは剣を弾き距離を取る、口には自分でも分かるほどの笑みが浮かんでいる。どんなに顔を引き締めようとしてもその顔は元に戻らない。
あぁ、自分はもう魅了されてしまっているのだとリアは気が付いた。
「私は私が思っていた以上に戦闘狂なのかも知れない」
面白いと思ってしまった、剣技において自分が驚かされることなどあってはならないはずなのだ。なぜならば自分の名前は剣女帝、剣帝と対をなすこの名を汚すわけには行かないのだから。
心が震える、体が震える、魂が震える。
もう他のものなど見えない。
「っ!」
武は自身の体が震えるのに気が付いた。
その原因は明らかに自分の前方でこちらを見ながらとても良い笑顔で笑っている美女だろう。先ほどの一撃を防いでしまったことにより彼女の何かに火を付けてしまったのかもしれない。どうにも人生というのはいつも最高難易度だ。
今度はリアが駆ける。
楽しそうな笑顔で突撃してくる様はまさしく戦闘狂という名前が相応しいだろう。こんどは最初とは違った意味で逃げ出したくなった。
「納得いかない」
いや、武が思いの他善戦しているのは嬉しい誤算なのだろう。しかしジュリアにとってはもう一つの事象がどうにも気に入らない。
「リア様が楽しそう」
そう武と戦っているリアがとても嬉しそうに楽しそうに戦っているのが少し気に入らないのだ。
自分にとってみればこの試験に受かる目的というのがこのリアと少しでもお近付きになりたいからだ、それなのにも関わらずリアが見ているのは戦闘が始ってからずっと武だけなのである。それがどうにも納得できない。
しかも武の方も満更ではなさそうでとても楽しそうにしている。これはジュリアの視点であり本人的には余りの理不尽さにもう笑うしかないという状況であるだけなのだがそんなモノは関係ない。
この状況では自分が魔法を使うわけには行かない、理由は簡単武を巻き込んでしまうからだ。「それもいいかも」という考えもチラリと浮かんだりもしたが後の残りを一人でやら無くてはならないし、しかもあんなに楽しそうなリアを止めるというのは少々憚れる。
「機会が来るのを待ちましょうかね」
自分にやる事が無いのならばじっと戦況を見極めてチャンスを逃さないことだけを考えるべきなのだ。
だからこそジュリアはじっとその場に立って待つ、なんて事はしない。
「戦闘って言うのはどこまで相手の裏をかいて相手に決定打を与えるかにある。だったら私は行動に移すだけ! 行くわよタケル例え勝利への道が一本も無いというなら私はそこに道を作り出して見せるんだから!」
始める詠唱は自身に一番良くなじんでいる魔法、火槍。
目指すは武とリアが瞬間、その一瞬であれば死角となって魔法の当たる確立が格段に上昇する。もしそれまでに武もしくはジュリアに詠唱していることがばれたら成功確率が格段に低くなる。あくまでも静かにそして確実に詠唱をしていく。
突然魔法を詠唱を始めたジュリアを見て観客は驚く、どうみても乱戦状態の前線に向かって魔法を放とうとしているジュリアに対してざわめきが起こる。
「んー、狙いは良いけど上手くいくかな?」
観客にまぎれるようにして会場に来ていたジュリアの師匠である最高の魔術師は弟子の行動を見守っていた。白い外套を被っている為に逆に怪しくて目立っているが余りに怪しいので誰もその近くに寄れないでいる。
「わからないな。タケルが反応できるかによるがまぁ無理だろうな」
その横に立ち話しかけるのは武の師匠。同じく白い外套を被って中央のアリーナを見守っている。
「酷いな。弟子なんだから少しくらいは信用してあげたら?」
「いや無理だな。突然の後ろからの攻撃、しかも魔法という高速で当たりに来ている物体を避けるなど予知能力でも無い限り無理だろう」
火槍というのは高速で標的に向かっていく魔法だ、もし放たれてから気が付いたのであればいくら剣女帝とは言え難しいだろう。
「もしかしたら打ち合わせをしていたかもよ?」
「それは無いな。事前に話していたのならタケルは少しくらいは後方を気にしているはずだ、それなのに全くと言って良いほど戦闘に専念している。きっと何も聞かされていないだろうな」
「ふぅん、君が言うならそうなんだろうねぇ。だとしたら今回のこの作戦は?」
「愚作だな。それが本当に狙いならの話だが」
「? どういう事?」
「別にリアに当てられなくても良いって言う話だよ」
「当てられなくても一瞬でも良いから意識をタケルから外すことが出来ればそれで勝負が付く」
自身も武の師匠から少々教えを受けていただけにジュリアはその一瞬というモノが近接戦闘においてどれだけ重要なものかを理解していた。
もし一瞬武から視線を外すことが出来ればそれだけで武の勝率が上がる、もしそれで怪我などをしてくれればその後の試合経過に絶対に支障が出る。そうやって少しずつ相手の体力を削っていけばいつか必ず勝てるはずだ。
ちょっとせこい戦い方かもしれないがこうでもしなければ騎士団相手に勝つ等という事は出来ないのだ。
「すみませんリア様、勝ちに行かせて貰います」
剣と剣のぶつかり合い、それはいつでも武に取って命がけのモノだった。
武は師匠との組み手で最終的には20分間師匠の攻撃を裁き続けられるようになっていた、しかしその師匠の攻撃でさえもリアからの攻撃に比べればどこか可愛らしいもののように思えてくる。
師匠はリアの剣戟の事を竜巻のようだと言った、しかし武はそうだとは思わない。これは竜巻などではなく一滴ずつ落ちてくる雫だ。
確かに外から見ていれば激しい乱撃のように見えているだろう、しかしその内部に至っては一撃一撃が繊細で正確で確実にこちらを追い詰めてきているのが分かる。
フェイントと本物が入り混じりまるで染み出してきた雫がいつか岩を貫くように剣が振るわれる。竜巻という荒々しいモノなんかではない。
武は理解していた攻撃されるたびにするたびに自分がドンドン相手の罠に嵌っていき抜け出せなくなっていくのを。しかしこちらのタイミングをコントロールしているのは相手、まるで自分が操られているかのように攻撃をしてガードする。
まるで詰め将棋のように追い込まれていく武、理解していても抜け出せない、そんな蟻地獄のような状況に武は立たされていた。
「どうしたタケル君、この程度なのかい?」
目の前にいるのは悪魔や鬼という言葉では足りないほど戦う事に魅了されてしまっている何か。
まさにバトルジャンキーと呼ぶに相応しい人物だろう、その目で見られるだけでこちらの精神がガリガリと削られてしまう。
しかしそんな事で目の前の人物から目を離してしまったら一瞬で首と体が永遠にお別れしてしまうだろう。もしリアが正常な状態ならば寸止めということも出来ただろうが今の彼女は正常と言う言葉からかけ離れた存在になっている。
何とかしてせめて言い返してやろうかと考えていると嫌な”予感”が体中を駆け巡る。しかしそれは今まで感じていたような前からのモノではなく後ろから何かが狙っているようなそんなモノが。
一瞬、また一瞬と時間が過ぎていく中で段々と自分の中で狙われている場所がわかって来る。
大体自分の右肩付近、そこを掠るか掠らないかと言う位置に何かが来る。
これは師匠から言われた自分の才能から考えると『その場の空気を感じ取る』と言うことだろうか。
そして感じるのは力強い視線。
それは後ろで自分の出番を今か今かと待っていた彼女のモノだろう。ならば自分はどうするべきなのだろうか? そんなモノは最初から決まっている最初から自分は盾でありいつでも矛は彼女なのだ。
だから武はなんの躊躇いもなく無理矢理身体を押し込み右肩をずらして相手とジュリアを繋ぐ線を作り出した。
外から見れば無茶な攻めをした武のように見えただろう、しかしそれは完全に見当違いなモノであることはすぐに判明した。
”それ”は武の肩があった場所を通り抜け高速でリアへと接近していく。
誰もが次の瞬間に火に包まれるリアを想像して目を閉じた。
轟く轟音、それは火槍が直撃した事を表している。
しかし、観客が目を開けたときに見えたのは火に包まれたリアではなく剣を振り下ろした状態で止まっているリアとその後方で”二箇所で”燃えている炎であった。
「火、火槍を切った……!?」
余りの出来事に呆然と呟くジュリア。
思わず戦場であるにも関わらずに止まってしまう武。
「うわー。ここまで進化してたのかリアは」
「ふむ。これは驚嘆に値するな」
良くても魔法が掠るぐらいだと思っていた師匠陣は目の前で行われた戦闘に対して少なからず驚いていた。
確かにリアの剣は魔剣と呼ばれる魔力を帯びたものである事は知っている。そしてそうした剣ならば魔法に干渉できることも。
しかし剣がそうだからと言ってそれが出来るわけではない。
全力で飛んでくる鳥を打ち落とすようなモノだ、しかも今のは完全に不意打ちである事は間違い無いだろう。ここにいる武の師匠でさえもあの武の行動には驚いたのだから。
「驚いたよ、まさかの後ろからの魔法による奇襲とはね。でも詰めが甘かった。最後の最後でタケル君は後ろを気にしてしまったね、そしてあの無茶な体勢移動、そこまでされればどこから何が来るかは大体の予想が出来る。別に予測行動が出来るの君だけじゃないんだよタケル君」
武のもつ才能は確かに優れたものであった。しかしそれも別に彼だけの才能と言うわけではない。
武のものは先天的なものであったがリアは多くの戦場の中で培ってきた後天的な”目”、そしてその戦闘経験の差は同じ才能を持つもの同士の戦いでは大きな壁となって立ち塞がる。
「ではまずは舞台を整える事にしようか」
「えっ? あ、しまっ!」
リアは武を一瞬で通り過ぎるとそのままの勢いでジュリアに接近する。
「え?」
「じゃあこれで君は退場だ」
「っ!」
咄嗟に杖を使って自分の身を守るジュリア、しかしそれは意味を成さずにリアが足を蹴り上げると杖を折り、そしてジュリアを蹴り飛ばす。
ジュリアはそれに対抗することが出来ずに吹き飛ばされてゴロゴロと会場を転がっていく。
「ジュリア!」
「さぁこれで私たちを邪魔するものはいないぞタケル君。闘争を始めようじゃないか」
リアは武に接近するとその笑みを存分に見せつけ、自分を満足させる戦いを求めて剣を振り上げた。
武にはジュリアを助けに行くことは出来ない、目の前の敵がそんな事を許してくれるはずが無いのだ。
「くぅ」
ジュリアは地面に倒れていた。
意識は朦朧として視界も白みがかっていて良く見えない。どこかで腹部を打ってしまったしまったのか吐き気もする。しかしそんな事で立ち止まっていられるほど彼女は大人しい性格はしていない。
少しずつ自分の身体の調子を確かめていく。手は動く、少々腹部が痛いがどうと言うことは無い。未だに意識がはっきりとしていないので立つのは難しいだろう。杖は折れてしまっているので使い物にならない。
普通の魔術師であればここでギブアップとなるだろう、諦めてしまうだろう。もしかしたら以前の自分であったらそうしたかもしれない、いやそうしただろう。
しかし今の私は以前の私ではない。見えないが自分の前方では男の子が頑張っているのだ、それなのにここで休んでいられるだろうか。ジュリアは自分の手に引っかかっていた杖の柄の部分を手放した。
「見せてあげる、師匠も知らない魔法を」
自分の手の中には自分の奥の手が入っている、それを使えばどうにか相手の不意を付くことが出来るだろう。
はっきりしてきた視界でジュリアは戦闘の行方を見守っていた。
武は劣勢に立たされていた。
先ほどまででもかなり追い込まれていたが今はもっときつい、後ろで倒れているジュリアの事が気になって頭から離れないからだ。どんなに目の前の敵に集中しようと思ってもなかなか出来ない。
そのせいで剣がブレ、受け切れない。
目の前の敵に威圧される。
このままでは少し相手が攻め込んできただけで簡単に押しつぶされてしまうことになるだろう。
自分ではリアに勝つことが出来ない、そう考えるだけでどうしようもなく悔しくなる。自分が弱かったからジュリアを守れなかったのではないのか、もっと強かったらリアを引き付けられたのではないのか、もしかしたら先ほどの不意打ちで勝てたかもしれない。先ほどの奇襲が失敗したのは自分がミスしたせいだ、自分が弱かったから。
「考え事をしているとは余裕だなタケル君」
ハッとなる、そして目の前にあるのは剣、咄嗟にガードするが今度はそれのせいで反応が遅れていき蹴り飛ばされる。
ガードは出来ない、それどころか受身も取ることが出来ない。ゴロゴロと無様に転がっていく。
方向的にはジュリアが倒れている方向、すぐに起き上がると剣を構えて……
「剣が……」
横を見ると1メートルほどのところに転がっている自分の剣。しかし取りに飛び出せばすぐに切られるだろう。
「動け! タケル!」
自分の真後ろから聞こえた声に突き動かされるように武は動き、剣に向かって飛びついた。
剣に飛びつくとリアが動き出したのが見える。しかし武は確信していた、彼女が何の考えも無しに自分にあんな事を言うわけが無いと。
「火嵐!」
火の嵐がアリーナに吹き荒れる。
火の嵐は何も熱を辺りに撒き散らすだけではない。火は周囲の酸素を取り込みながら燃え上がる、そしてそれはその嵐が近ければ効果を表しやすくする。
いくら魔法を切り裂くことが出来ても周りの酸素までは取り戻すことは出来ない、それに火の嵐は切り裂いてもすぐに元通りになる。
「うぉぉおぉぉぉぉ!!!」
しかしリアはジュリアの想像の上を行っていた。
その火の嵐を突っ切り、リアはその身体を嵐の中から救い出した。ところどころ焦げている箇所もあるが殆ど無傷と言っても良いだろう。
そして火嵐は酸素濃度が減ったことにより消えていく、急激に酸素を消費してしまうので効果時間が短い事がこの魔法の難点だろう。
「蹴りの入りが浅かったか。杖を壊され、何故魔法が使える」
「魔法技術と言うのは日々進化しているんですよリア様。それはもう目まぐるしい勢いで」
そう言うとジュリアは懐から数枚のカードを取り出す。
そこに書かれているのは文字なのか紋章なのかわからない崩された絵のようなもの、素人が見ても何のことやらわからないが、もし魔術師が見てもわからないだろう。
「スペルカード。私がそう名付けました、これが私の奥の手です」
「ほぅ、面白い。最高の魔術師殿からもそのようなものは聞いた事も無かったのだがな」
「それはそうです、これは師匠でさえも知らない魔法ですから」
因みにその師匠は「何あれ何あれ! すげー! 欲しい!」と観客席にて騒いでいる、その横の武の師匠は少しそこから離れた位置で観戦していた。
「それではもう一度戦闘を開始しようか。先ほどの魔法で魔力が切れただろう?」
それを聞くとジュリアは「ふふふ」と俯いて笑いその手に持ったカードを一枚破り捨てた。
「二連火槍!」
リアは驚いたように目を見開いて一本を切り、もう一本をどうにか避けた。
「甘い、甘いですリア様! 初孫に初めて会ったおじいちゃんくらい甘い!」
武は「わかりにくいよ」と突っ込みを入れるがそれは誰の耳にも届かずに虚空に消えた。
「私たちはこの程度で貴女に勝てるなどとは欠片も思っていないのですよ。このスペルカードがあっても勝てるかどうかわからない、もしかしたらこれを全て使っても負けるかもしれない。それなのに中途半端な作戦で挑むとお思いですか? 私たちを余り嘗めないで頂きたい! あ、でも舐めて貰いたい!」
最後の最後で欲望がにじみ出てしまったが武とリアは聞かなかったことにした。
というか先ほどまでのシリアスな雰囲気は一体どこに行ってしまったのだろうか、ちょっと悲しくなった武であった。
しかしそれでもジュリアの思いはリアに伝わった、相手が本気でこちらを倒しに来ているのだと、全ての力を出し尽くしてでも倒しに来ているのだという事が。
それならば自分はどするべきなのだろうか? そんなモノは最初から決まっているのだ。
「今まで失礼した挑戦者達よ。私は剣女帝リア、騎士団団長より言伝を預っていた」
「「!?」」
突然の挨拶に二人は戸惑うが騎士団団長という言葉を聞いて驚いた。
騎士団団長、それはこの大陸にいれば絶対に一度は聞く事になる英雄の称号。
騎士団が最強である由縁、天賦の才、様々な言われ方をするがそれは全て彼を表している。
「貴殿らに対しては手加減は無用、全力を持って叩き潰せと。今まではその四角があるか甚だ疑問だったのだが今その結論は出た、貴殿らはそれに相応しい」
二人は愕然とした、今まで苦労していた人物が本気では無かったのだ、一体今までの苦労はなんだったんだろうか? その疑問に答えてくれる者はこの場には存在していない。
よくよく考えてみればそうだろう、一人で一軍を相手できる人が自分達にこんなに苦戦するはずが無い、ならば何故今まで善戦することが出来たのだろうか、答えは簡単である。
手加減されていた。
答えはいつでも簡単なものである。
「それでは行くぞ?」
「「いやだー!」」
騎士団入団試験 二名
見事 不合格
今までの中で最長かなぁ。
この後エピローグです、第二部の振りです。
そういえばラブって入れた方がいいのだろうか?作者としてはこのままでも良い様な……
アンケート継続中(いつまでだろう?)