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綺麗だけじゃない吾輩

掲載日:2026/11/04

「花の命は短い。恋せよ乙女」


 人間どもは、実に風情のあることを言う。


 花が咲いている間に恋をしろ。


 美しいものは、散る前に味わえ。


 そういう意味なのだろう。


 なるほど。


 花の美しさと、恋の儚さを重ねたわけか。


 人間どもにしては、なかなか洒落たことを言う。


 だが、少々見方が浅い。


 吾輩は植物である。


 そして、花だけが吾輩ではない。


 吾輩は、花を咲かせる。


 色鮮やかな花を咲かせる。


 香りのよい花を咲かせる。


 人間どもは、花が咲くと吾輩のもとへ集まってくる。


 綺麗だ。


 美しい。


 見事だ。


 そう言って、吾輩を眺める。


 中には、花を摘んでいく者もいる。


 まあ、それはよい。


 咲いた花を楽しむのも、人間どもの役目なのだろう。


 しかし、花が散るとどうだ。


 途端に興味を失う。


 花びらが落ちれば、もう終わり。


 枯れた。


 死んだ。


 そう思うらしい。


 まったく、気が早い。


 花が散ったからといって、吾輩の命まで終わったわけではない。


 むしろ、そこから始まるものもある。


 花が散ったあとには、実をつける。


 実の中には、種ができる。


 種は地面に落ち、やがて新たな命になる。


 花が散ることは、終わりではない。


 次へつなげるための変化なのだ。


 それに、吾輩は花を咲かせるまでにも、長い時間を過ごしている。


 土の中で根を張る。


 水を吸う。


 葉を広げる。


 太陽の光を受ける。


 風に耐える。


 雨に耐える。


 暑さにも、寒さにも耐える。


 そうして少しずつ、力を蓄えていく。


 誰にも見られない時間のほうが、ずっと長い。


 花が咲いている時間など、その積み重ねの一部にすぎない。


 人間どもは、目に見えるものを好む。


 花。


 色。


 香り。


 形。


 だが、土の中で伸びる根には、あまり興味を持たない。


 葉が光を受けていることも、茎が水を運んでいることも、普段は考えない。


 吾輩が倒れぬように根を張っていることも。


 次の花を咲かせるために、力を蓄えていることも。


 人間どもは、花だけを見て吾輩を語る。


 綺麗だ。


 儚い。


 短い命だ。


 だが、吾輩は綺麗なだけではない。


 土の中で、見えぬところで、生きている。


 動けぬからこそ、そこに根を張る。


 逃げられぬからこそ、風雨に耐える。


 歩けぬからこそ、季節の変化を受け入れる。


 暑ければ葉を広げる。


 寒くなれば、活動を抑える。


 雨が降れば水を蓄える。


 日が差せば、その力を受け取る。


 吾輩は、何もしていないわけではない。


 ただ、動かずに生きているだけだ。


 人間どもは、すぐに結果を求める。


 種を植えれば、すぐに芽が出ると思う。


 芽が出れば、すぐに花が咲くと思う。


 花が咲けば、すぐに実がなると思う。


 だが、命というものは、そんなに急には進まない。


 見えないところで、時間をかける。


 根を張り、力を蓄える。


 そうして、ようやく表に姿を現す。


 人間どもが「綺麗だ」と言う花は、突然現れたものではない。


 長い時間の積み重ねによって、ようやく咲いたものなのだ。


 だから、花の命が短いことを嘆く必要はない。


 短い時間であっても、そこに至るまでの時間は長い。


 咲いている間だけが、吾輩の命ではない。


 散ったあとも、吾輩は生きている。


 葉を残し、根を残し、種を残す。


 次の季節へ向けて、また力を蓄えている。


「花の命は短い。恋せよ乙女」


 それはそれで、よい言葉なのだろう。


 短い時間を惜しみ、美しいものを愛でる。


 恋をするのも、きっと大切なことだ。


 だが、花が散ったあとも、人生は続く。


 恋が終わったあとも、命は続く。


 失ったものがあっても、そこから何かが残ることはある。


 花が散ったあとに、実が残るように。


 実が落ちたあとに、種が残るように。


 終わりに見えるものが、次の始まりになることもあるのだ。


 だから、人間どもよ。


 花が咲いている時だけ、吾輩を見ないでもらいたい。


 花が散ったあとも。


 葉を広げている時も。


 根を張っている時も。


 何も変化がないように見える時も。


 吾輩は、確かに生きている。


 花の咲く時間は短い。


 だが、人間どもが見ていない時間のほうが、ずっと長い。


 根を張り、葉を広げ、力を蓄える。


 その積み重ねがあって、ようやく花は咲くのだ。


 見事な花だけを見て、吾輩を語らないでもらいたい。


 少なくとも、吾輩はそう思っている。

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