5 お茶会
いつもの側仕えを連れて、指定された庭に向かった。ヒルネスと顔を合わせる場所は、ダリシオの部屋より遠い場所にある石造りの四阿。花も植えられていない庭の片すみ、四阿の奥側で黒髪の女性はお茶を飲んでいた。
「……遅いわね」
「も、申し訳ありません、奥様」
前を歩いていた『ヒルネスのお気に入り神官』は、彼女の顔色を窺いながら言う。その姿を横目に、ダリシオは片足を引いた。
「お久しぶりです、侯爵夫人」
「……お義姉様はちゃんと教育しているようね?」
ダリシオの挨拶を、彼女は受け取らなかった。拒絶したわけではないが、自ら名乗ることをしないというのは、受け取る意思がないのだろう。しかし同時に、ヒルネスはダリシオの変わりようには驚いたようだ。
それもそうだろう。毛玉があった髪はカットされ、毎朝、丁寧に櫛を通されているのだ。衣服も上質なものを与えられており、止める金具は意匠がこっている。特にダリシオの好みが反映されているわけではないが、現状に不満はない。
ダリシオの姿を見たヒルネスは、些細な抵抗とばかりに「いくら外面を取り繕っても、無意味なことでしょうけど」と嫌味を言ってくる。
「奥様、出自のことを言われるのは……」
「口答えしないで頂戴」
ぴしゃりと言われた言葉に、神官は体をこわばらせる。お気に入りというのは大変だなと思いつつ、側仕えの手を借りて着席した。
お茶会は和やかに進む――なんてわけもなく。やれ「貴方がいることで神殿の力関係が変わる」だの「図々しい心は神の使いに相応しくない」だの、ヒルネスからの嫌味が大量に降ってきた。しかし、その内容は常識の範囲内。
ダリシオにはどうにもできないことを本人にぶつけているだけで、悪意は……あったとしても想定していた内容と大差ない。ダリシオは気にせずお菓子を食べた。
――甘すぎるな。
砂糖をふんだんに使ったお菓子は、はっきり言って美味しくない。砂を噛むような食感にパサパサした舌ざわり。やや、ダリシオの機嫌が悪くなったのを察したのか、側仕えが紅茶を入れ替える。
「聞いておりますの?」
「とても僕のことを疎んでいることは理解しました」
新しい茶を飲んだあと、ダリシオは微笑んだ。やはり、ヒルネスは常識的な大人であることに間違いない。この先の未来で死ぬには惜しい。
余裕を見せるダリシオに、ヒルネスが震え始める。怒りはやがて、拒絶になった。
「このような場、やはり受け入れるのではなかったわ!」
「奥様っ!」
ギリッと睨みつけられた神官は、顔を絶望に染めた。少しだけ哀れに思ったが、これからすることが成功すれば、神官の立場が崩れることはないはず。少しずつ、じわじわと攻撃するように、ダリシオは語る。
「ひとつ、勘違いしているみたいですので、訂正を」
置かれていたナフキンで口元を拭く。そのあと、ヒルネスの紫色の目を見つめた。その仕草で、ヒルネスの怒りは、こちらに向いた。
「僕は神の使いなどになるつもりはありません」
「っ。何を言っているのかしら?」
「僕の中にある欲は、別の方向に向いている」
ダリシオの言葉に、ヒルネスは顔をゆがめ「貴方の意思なんて関係ないわ。全ては旦那様のお心が……」と言う。口にするのも嫌なのか、声は怒りに震えていた。恐らく、ヒルネスの本心は神殿にない。
――神殿長の関心が欲しいだけだろうな。
「僕は普通に生きたいのです」
「……」
「神の使いなんて、僕には恐れ多い」
明言はしなくとも、ダリシオの考えは伝わっただろう。今更になって、ヒルネスは悍ましいものを見るような顔をした。目の前にいるのが『五歳児』ということに気づいたのだ。恐ろしくなった彼女は手を振り上げた。
側仕えが息をのんだ。
しかし痛みはこなかった。
振り上げた手をゆっくり下ろした彼女は、姿勢を正した。
「驚かせたわね」
さっと扇を取り出し、口元を隠す。自分の行動を恥じているようにも見えた。
「いえ、構いません」
彼女の思考回路など分からないが。確実に、風向きは変わっていた。
「僕から願うとすれば……初日の暴力の貸しとして、放っておいてくれませんか?」
ヒルネスは黙り込んだ。ダリシオがあの日のことを覚えていた上、それを交渉材料に持ってきたことに嫌悪感を抱いているのだろう。
ダメ押しとばかりに「神殿長の願いは、神の使いを作るところにあるわけではないと、僕は考えています」なんて言えば、彼女は仕方がなさそうに了承してくれた。
ヒルネスとの交渉は――成立した。ダリシオは賭けに勝ったのだ。
「薄気味悪いこと」
「自覚はありますよ」
「……」
ヒルネスは何か言いたげな顔をしていたが、直後には扇を仕舞い「わたくしは、今後、貴方に手出しをしないわ」と口にした。
その後……茶会が終わってから、ダリシオの周りで起きていた些末な嫌がらせはぴたりとなくなった。もしかしたら、彼女の至るところではない部分もあったのかもしれない。しかしヒルネスは、それも含めて収めてくれた。
神殿長夫人が威厳を振りかざすことで、ダリシオに対する嫌がらせはなくなった。同時にヒルネスのお気に入りが辞職したことは、想定外のことであったが。悪役の未来から一歩、遠のいたことでダリシオの機嫌はよかった。
神殿の大行事が行われる、あの日までは。




