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梟の懐疑  作者: 蛸屋 匿
第一章 神殿
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4 神殿の暮らし

 神殿での生活は穏やかに流れていた。

 ダリシオの栄養不足を解消するため、胃に優しい食事と側仕えが与えられた。基本は室内で過ごし、ときおり側仕えの手を借りて中庭に出る。そんな生活をしていたお陰で、骨が浮かんでいた体に肉がついた。


「使い様、本日のご予定ですが……」


 穴が開けられただけの窓。その近くで書き取りの練習をしていると、側仕えの一人に声を掛けられた。目線をちらりと向ける。

 最も近くにいることの多い、赤紫色の髪を持った青年だった。


「言語学と数学、地理についての書物を預かっております。その後は、外に出て日光を浴びるよう、サフィヤ様から」

「……分かった」


 定められたスケジュールの中で、ダリシオは穏やかに暮らしていた。日用品が減る、食事の量が前より少ない、シーツが乱れたまま……などの些末なことは起きているが。身の回りの側仕えや神殿戦士は見て見ぬふりをしているようなので、問題はないと判断した。

 神殿戦士と側仕えは、おおむねダリシオに同情的だ。以前、神殿に来る前はどんな環境で過ごしていたのか? と聞かれたことがある。その時、ありのままを伝えたら側仕えがワッと泣き出したのだ。

 それ以降、ダリシオに接する態度に憐れみが見えるようになった。奴隷を軽蔑しないのは神殿の者だからなのだろうか。都合がいいと思った。

 しかし、それを『良し』としない者もいる。


「あんな貧相な子、神に対する冒涜だわ」

「そんなこと言って……神殿戦士様に聞かれたら……」

「あら、知らないの? 神殿戦士は、あのぼろきれのことでは動かないのよ?」

「第一席のサフィヤ様も、本当は疎んでいるんじゃない?」


 中庭に出るため、神殿内を歩いているときのことだった。掃除中と思われる神殿関係者の声が聞こえ、ダリシオは足を止める。ひとつ溜め息をこぼしたい気持ちを抑え、ダリシオは彼女たちの会話に耳を傾けた。


「神殿長も何を考えているのかしら」

「本当に……最初はヒルネス様に世話を頼もうとしたのですって」

「それって本当なの?」

「ヒルネス様直々に教えてもらったから、間違いないわ」


 些末な嫌がらせの裏にいるのは、ヒルネスで間違いないらしい。ダリシオは目をそっと伏せる。その仕草に、側仕えが口を開いた。


「神殿長、並びにロノドフ家のお心を測るなど……」


 はじめて出た真っ当な意見に、ダリシオは少しだけ驚いた。青年自身も、口に出すつもりはなかったようで、はっとしたような顔をする。


「……問題は、彼女が表に出てこないところにある」

「使い様?」


 口の中でつぶやくように言うと、ダリシオはかぶりを振った。彼の表情や神殿戦士の動きを見るに、彼らはダリシオに向けられた悪意に気づいている。そのうえで見て見ぬふりをしているのだ。

 ――それに気づけただけでも収穫だな。

 側仕えの青年を見上げる。彼の顔は覚えておいた方がよいだろう。


「中庭に行く」

「……承知いたしました」


 ダリシオたちの声が聞こえたのか、先ほどまで歓談もといサボっていた神殿関係者は、目が合った瞬間、バツの悪そうな顔をしながら逃げていった。

 それを気にも留めず、中庭に向けて歩いた。

 彼女たちのことより、ヒルネスをどう攻略するか考える方が大切だろう。

 小説の中の神殿は腐敗しきっていた。傲慢なダリシオに傾倒した神殿戦士たちによって、制御不可能となっていたのだ。それに……現在、神殿の手綱を握っているセルリアンも、小説の中では早々に退場してしまう。

 その原因は、全てヒルネスを失うところから始まる。

 やはり、変えるべきはヒルネスとの関係。だが、ここでサフィヤや神殿戦士を頼ることはできない。

 最終的にヒルネスを殺すのは、神殿戦士第一席のサフィヤであるから。

 ならば、何らかの手段を使って彼女を引きずり出すしかない。その手段が思い浮かばないのだが……考えているうちに、時間は過ぎていき、事態は変わらないまま一か月が経過した。


    *


「随分と顔色がいいね?」


 久しぶりに会ったセルリアンは、機嫌がよさそうだった。何を考えているか分からない節のある男だ、あまり刺激したくない。


「日常生活に異常なし、ここまで順調にいくとは。姉上の手腕には驚かされてばかりだ」


 じっとりとした視線を感じる。だが、ダリシオは気にせず微笑んだ。些末な嫌がらせの件はこの男にも報告が上がっているだろう。やりすぎた神殿関係者の姿を見ないのも、偶然とは思えない。

 なぜ報告しないのか、という嫌みたらしい視線を流しながら、ダリシオは彼がやって来た理由を問うた。


「ああ、ヒルネスの気に入っている神官が、貴方とヒルネスを取り持ってくれるそうでね。私も『仲直り』するにはちょうど良いと思って」

「それは……僕としても、お願いしたいです」

「そう?」


 冷静に答えれば、セルリアンはとても嬉しそうな顔をした。

 今回の申し出は、ダリシオが思いついた策のひとつ。ヒルネスを呼び出すために、ヒルネスと懇意にしている神官をそそのかした。ここまで上手くいくとは思わなかったが……ようやく顔を出してくれたのだ。この機会を使って、ヒルネスが殺される未来を変える。

 ――そうすることで、傲慢な悪役は生まれなくなる。

 ダリシオの目的は小説のようなエンディングを迎えないことにある。その理由も、世界を救いたいだとか、大切な人を助けたいからではない。ただ、それが悪いこととは全くもって思わなかった。

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