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梟の懐疑  作者: 蛸屋 匿
第一章 神殿
2/6

2 おはよう、世界

 夢だと思っていた。


『ダリシオ・ロノドフ。貴様の罪を暴かせてもらおう』


 しがない社会人の自分が愛読していた、小説の一文だった。彼は、その言葉を『夢』で何度も何度も聞いてきた。


『ふん、罪など笑わせる。神の使いである僕に、罪があると?』

『貴様はサンタリア中枢に敵国の使者を招いた。機密文書の横流しに関与……王族、並びに貴族令嬢に対して毒を盛り、殺害した罪に問われている』


 今となれば、王族殺しの疑いがある状態で生かされている辺り、娯楽小説らしいな、とも思う。客観的な自分の言葉に鼻で笑った。

 第二王子によって、多くの罪が暴かれた。

 それでも、自分は……ダリシオは動かなかった。


『何と言おうが、僕は神の使いだ』

『……その傲慢さ、貴様を、誰が神の使いと言うか!』

『さすが王子殿下』

『神殿からよこされただけの存在とは違う』


 貴族たちは同調するように囁いた。いくら神の色をまとっていても、もう、ダリシオのことを神の使いと見てくれる者はいなかった。弱みを出せば群がるのが、貴族という生き物だとダリシオは理解している。劣勢に、やや眉を寄せた瞬間――ダリシオは血を吐いた。


『は……』


 地面から現れた黒い棘が、縫い留めるようにダリシオを捕らえた。目を見開けば、驚愕に動けなくなる貴族たちがうつった。遅れて、聞こえてくる叫び声。


『は、ふはは……神に見捨てられるとはな』


 ダリシオが血を吐きながら言った。視界の端で、真っ黒に染まった髪が揺れた。禁色である薄青色の髪を、ダリシオは剥奪された。

 第二王子は『し、神罰が下った……』と放心気味に言った。黒い棘は一つ、二つと増えていき、串刺しになった中でダリシオは思う。

 ――また、道を外した。予定調和だとして……も、割に……。


 途切れた思いを抱えて、意識は浮上する。いつもなら『三文小説のような夢だな』で終わるのだが、その時は違った。

 愛読していた小説の内容が、今世の脳内で繰り返されてきた意味。このタイミングで『前世の記憶』を思い出した意味。全ての夢は、繋がっていたのだ。


     *


 シルクのような手触りの布が自身を包み込んでいる。最悪の目覚めかと思ったが、現状はそこまで悪くなさそうだ……なんて考えながら、視線を上げる。

 自分を抱えていたのは、金糸のごとき髪を持った男だった。ぴったりとした厚手の服。その上には質の良い布が巻き付けられており、前世でいうところのギリシャやローマを思い浮かべる服装をしている。


「おや、目が覚めたようで」

「……」


 こちらを観察する目に鋭さはないが、代わりにドロリとしたものを抱えていそうな、薄気味悪い空色の目。とはいえ、その目が自分を害することはないと、前世読んでいた小説で知っているので、彼は「はじめまして」と答えた。


「ええ、はじめまして。突然ですが、貴方は神殿で保護されることになりました」


 男の言葉も、おおよそ予想通りだった。続けて「神殿の長をしています、セルリアンと申します」なんて名乗ってくる。


「貴方に名前はありますか?」

「……ダリシオ」


 何も考えず、彼は小説と同じ名前を口にした。セルリアンは笑みを深めると、ダリシオの頭を撫でる。満足のいく答えだったようだ。

 いつくしむような手は、神殿の長らしいなと思った。しかし、その手は自分の髪が薄青色だから置かれている。そう考えれば複雑な気持ちにもなった。


「ここはどこですか」

「神殿への近道ですよ」


 確か、人身売買の市場と、神殿は地下道で繋がっているのだったか。知っているのは神殿を管理しているロノドフという一族だけ。ダリシオが「神殿に行くのですか」と聞いたら、頷かれた。夢ではロノドフという姓を名乗っていた。故に、いずれは貴族として生きていくのだろうが、今はその時ではないということだろうか。疑問に思いながら、目を擦った。

 一定で揺れるセルリアンの歩幅に眠気がする。


「おやすみなさい、ダリシオ」

「……」

「ええ、目が覚めれば、貴方の世界が広がっているでしょう。神の使いである貴方だけの世界が」


 むしばむような言葉を最後に、ダリシオの意識は落ちた。


 まどろみの中、男女の言い合っている声が聞こえてくる。


「神殿の長としての自覚はなくって?」

「神殿の長だからこそ、哀れな子供を拾い上げたのだよ?」

「……一族を路頭に迷わせる気かしら?」

「ン?」

「その、理解していなさそうな声を出さないでくださる?」

「ああ、すまないね」

「……」


 セルリアンの反省の色が見えない言葉に、黒髪の女性は喋らなくなった。それをこっそりと眺めていたダリシオは、小さく息を漏らす。

 辺りは夜の静けさに包まれており、セルリアンと彼女の他にも人がいるようだ。しかし、会話に割って入るつもりはないらしい。

 ツンと澄ました彼女の態度は、認めないという意思なのだろう。だが、当のセルリアンは意にも介さず言う。


「神の色をまとっている子が、神殿ではないところに行く方が問題では?」

「……そのぼろ雑巾は、本当に神の使いなのかしら」

「事実は神と……本人のみぞ知るところではないかい?」


 ぎゅっと脇の辺りを握り締められ、驚いた拍子に目を瞬いた。視界を持ち上げると、嘘くさい空色の目がこちらを射抜いているのが見える。

 ――寝たふりはバレていたか。


「ここは……」

「神殿さ」


 セルリアンの視線を追っていけば、月明かりに照らされた白い建物が見えた。無数の柱で支えられた、タイル張りの壁。確かに神殿と呼ぶのに相応しい、美しさを持っている。ダリシオが圧倒されていれば、視界の端で黒髪が揺れ動いた。


「……」


 ウェーブが掛かった髪を指先で巻くような仕草を見せる彼女を、ダリシオは知っている。あの一族の中でも、最後までダリシオを受け入れてくれなかった。最後までダリシオを罵倒し続けた存在。


「彼女は私の妻に当たる。さあ、ヒルネス。新しい我が子に挨拶を」


 微笑むセルリアン相手に、彼女は溜め息をもらした。そのまま、振り上げた手でダリシオの頬を叩く。


「っい」

「あら、守らないのね?」

「可愛い子には旅をさせたいだろう?」


 叩かれたことには、遅れて気がついた。ある程度の予想はしていた。ヒルネスは人を傷つけることを躊躇わないし、セルリアンが庇うとは思えない。それでも、僅かに存在した期待を砕かれたような感覚には陥った。


「ヒルネス、きみに頼みたいんだ」

「わたくしは……認めません」


 彼女に何を頼むつもりだったのか、目だけで訴えれば、セルリアンは「貴方の世話を焼くものを探していてね」と何気ない顔で言った。この男、嫌がられても仕方がないことを頼んでいる自覚がないようだ。


「んー私の監督下に置くとしても、時間が取れないんだ」

「……捨ててきてくださいまし」

「きみが断るなら、姉上にでも頼もうかな?」


 実の姉を頼ると言ったセルリアンに、ヒルネスは正気を疑うような目を向けた。最終的に折れたのはヒルネス。折れたというより、諦めたという方が正しいか。


「好きにして頂戴」


 ふっと顔をそむけた彼女は、使用人によって用意された馬車に乗り込んだ。セルリアンは置いていかれたようだ。


「……彼女も困惑しているだけで、いずれダリシオを認めるでしょう」


 セルリアンは、困ったように言った。

 小説の中の自分は、この言葉を信じていたのだろうか。しかし、ヒルネスは認めることをしない。それを知っているダリシオは、馬車の消えた方角に目を向ける。

 異を唱え続けても、ヒルネスに未来はない。ならば、それを変えるところから始めてみるのはどうだろうか。ダリシオが死なないためにも、常識を持った大人は必要。


「遅くなりましたが……ようこそ、サンタリア首都神殿へ。神殿の長である私が、貴方を歓迎いたしましょう」


 彼の目をみる。月明かりで照らされた嘘くさい空色の目だが、この時ばかりは本当のことを言っているように見えた。

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