ジュリアの転機
私の目の前で、呆然と立ち尽くす――元・婚約者殿。
……なに、その間抜け面。
え?
まさか、まだ状況を理解できていないの?
やっと念願のアンナとの婚約でしょう?
喜びなさいよ。拍手の一つでもしてくれていいのよ?
(ああ、最高……)
これで私は断罪ルートを華麗に回避。
無事に婚約破棄、ミッションコンプリート!
――上出来すぎて、乾杯したいくらいだわ。
炭酸。今すぐ炭酸をくれ。
◇ ◇ ◇
「お父様。私にお話とは、何でしょう?」
応接室に入るなり、向けられたのは冷たい視線。
「……お前のアンナに対する言動や態度が、実に見苦しい!!」
……ああ、はいはい。
本当にこの人、ジュリアンの父親なのかしら。
ここまで露骨に拒絶されると、いっそ清々しいわね。
(大丈夫よ、ジュリアン。
ほら、自分を抱きしめてあげなさい)
そうやって心の中で自分を慰めた、その瞬間――
過去の記憶が、走馬灯のように脳裏を駆け巡った。
[ お前は我が家の恥だ!アンナを見習え!]
[ 妹を蔑むとは何事だ!優秀だと鼻にかけて!]
[同じ姉妹なのに、王子の婚約者がお前だとは実に残念だ!]
……あー、そうだった。
いつだって、父の一番はアンナ。
私はただ、必死だっただけなのに…
認めてほしくて、努力して、レンの婚約者にまでなったのに…
……結局、一度も振り向いてもらえなかった。
笑っちゃうわよね。
「お父様。実は、ご相談がございます」
「お前の話など、聞きたくもない!」
……同じ娘のはずなのにね。
それでも、私は言った。
「レン様との婚約者を、
私ではなくアンナに変えていただきたいのです」
父は、目を見開いた。
「何を言い出す。
あれほどレン様、レン様と騒いでいたではないか。
……まさか、アンナを陥れるつもりではあるまいな?」
まぁ、そう思うわよね。
今までの私なら、無理もない。
「レン様は……アンナに惹かれています」
私は静かに、続けた。
「ずっとお側で見ていた私だから、気づいたのです。
アンナも、同じお気持ちのようですし……」
一瞬、言葉を選ぶ。
「惹かれ合うお二人を引き裂くことに、疲れてしまいました。
好きな人には、幸せになってほしいのです」
――本心よ。割と。
「これ以上、レン様やアンナを憎みたくありません。
ですから……私から、婚約破棄を申し出たいのです」
父の目が、僅かに揺れた。
「ただ……私の我儘で婚約破棄をして、
ポーツ家にご迷惑がかからないかが心配で……」
沈黙。
……そして。
「……うむ。
良かろう。私の方から、申し立ててみよう」
その瞬間。
(よっっっしゃああああ!!)
内心、ガッツポーズ。
これ、勝ったでしょ。
断罪回避、見えてきたわ!
◇ ◇ ◇
「……お前は、俺が好きだったのだろう?」
目の前で、間抜け面の元婚約者がそんなことを言い出す。
……は?
一瞬、思考停止。
え、何?
婚約破棄に不服??
いやいやいや。
念願のアンナとラブラブできるじゃない!
「私……反省いたしましたの」
私は、完璧な“清楚モード”で微笑む。
「レン様は、妹のアンナを愛していらっしゃるのでしょう?
私が……お二人の縁を引き裂いていたことに、気づきましたの」
レンは、ぽかんと口を開けたまま。
「もちろん……レン様のことを、お慕いしておりましたわ」
――過去形、大事。
「ですが、レン様の幸せを思えば、この身を引くのが正しいのです」
……あれ?
まだ、その馬鹿面直らないの?
もしかして、
清楚バージョンの私に惚れ直した?
……残念でした。
もう、婚約破棄は成立してます。
(ふふふ……)
逃した魚は、大きかったって?今からじっくり後悔なさい。
そう思い、踵を返した瞬間……
「……っ!」
腕を、掴まれた。
「ま、待て!
確かにアンナに惹かれていたのは事実だが……
お前との婚約破棄は、別問題だろう!?」
……はぁ?
何を言ってるの、この阿保面男。
顔、真っ赤じゃない。
意味わかんないんだけど。草。
その瞬間――
私の腕を掴んでいた手が、強引に引き剥がされた。
「ジュリアン。
こんな所に居たのか。探したじゃないか」
――ケイゴ。
彼が、私の前に立つ。
……ああ、来たわね。
物語が、ようやく“本番”に入った気がした。




