アンナな策略
「レン様……何でもありませんわ……ぐすん……」
小動物のような可憐さで、必死に涙を堪えるアンナ。
その姿は実に庇護欲を刺激するらしく、周囲から私へとチクチク冷たい視線が突き刺さる。
あー、はいはい。
もう“私が悪者”って空気、完成してるわね。
「何でもないなどと言うな。
泣いているではないか」
「れ、レン様……実は……お姉さまが……
い、いえ、やはり何でもありません……」
……。
ここまで分かりやすい茶番劇、久々に見たわ。
――馬鹿な男。
女の涙ひとつで、思考力を失うタイプね。
二人がこちらに視線を向ける。
レンは私を睨みつけると、何の躊躇もなくアンナをお姫様抱っこし、そのまま颯爽と立ち去った。
……はい、決定。
私=悪者、確定。
これはもう、物語の抑制力ってやつでしょうね。
何をしても、どう転んでも、私は“悪役”。
案の定、この出来事は瞬く間に学園中へ広がった。
私が悪魔で、アンナが天使。
……分かりやすすぎて、逆に笑えない。
◇ ◇ ◇
いつものように教室で過ごしていると、
悪役令嬢専用・お約束の取り巻き三人組がやってきた。
「ジュリアン様、お加減はいかがですか?」
……ぶっ。
危うく吹き出すところだった。
だって、髪色が赤・青・黄色。
どう見ても信号機。
並んで立たれたら交通整理始まりそうなんだけど。
お笑いか。
「ええ、もう大丈夫ですわ。
ご心配をおかけしましたわね」
私がそう答えると、三人は目を丸くして固まった。
……ああ、そっか。
今までの“私”は、感謝も謝罪もしなかったんだっけ。
――ゴンッ!
その時、私のそばを通り過ぎた女生徒が、不意にぶつかって転倒した。
彼女は私を見るなり、怯えたように震えだす。
「大丈夫?怪我はないかしら?」
私は自然に手を差し出し、彼女を起き上がらせた。
すると女生徒は、きょとんと目を瞬かせる。
「じ、ジュリアン様……申し訳ございません……」
怯える彼女を安心させようと微笑んだ……はずなんだけど。
なぜか、完全にフリーズしてる。
「私は大丈夫よ。
それより、あなたの方が怪我してるじゃない。
すぐに――」
……あ。
「保健室」って言いかけて、慌てて言い直す。
「医務室で、手当てして頂いて」
それでも、女生徒は動かない。
周囲も、なぜか全員固まっている。
「……あの……
私の失態に対して、罰を与えられないのですか?」
「えっ!?
罰!? 私が!?
いやいや、ないないないから!」
思わず、素の口調が出てしまった。
すると――
それを見ていた取り巻き三人組が、腕を組んで前に出る。
「ジュリアン様の手を煩わせる必要はありません。
私が代わりに、罰し処理いたします」
赤髪が、女生徒の頬に向かって手を振り上げた。
……ちょっと待て。
反射的に、その手首を掴み、押さえつける。
「何をするつもり?
まさか、本当に罰を与えるつもりなの?
いい加減にしなさい!」
教室が静まり返る。
「身分というものは、
こんな風に人を傷つけるために使うものじゃないわ!!」
赤髪は、理解できないといった顔で私を見る。
「ジュリアン様……どうされてしまわれたのですか?
こんな下々を庇い立てするなど、言語道断ですわ!」
「私は、生まれ変わりましたの」
自分で言ってて若干恥ずかしいけど、続ける。
「今までの私は傲慢で、我儘で、
身分を笠に着て威張っていたわ。
……でも、それを悔い改めようと思っているの」
「……え?」
その時。
「お姉さま?」
何事もなかったかのように、アンナが現れた。
「怪我をされた方が、怯えているではありませんか。
もしかして……お姉さまが怪我をさせたのですか?」
……は?
どうしても、私を悪者にしたいらしい。
ギャラリーも困惑している。
だって、私は罰なんて与えてないし、むしろ止めた側だし。
そこへ、人垣を割って――
「何の騒ぎだ!!」
レンが登場。
私、アンナ、怪我をした女生徒、取り巻き三人組を一瞥し、深く溜め息。
「また、ジュリアンの横暴な態度が原因か!!」
……え?
確認、ゼロ?……即断罪?
すると――
「ち、違います……!」
震えながらも、怪我をした女生徒が前に出た。
「ジュリアン様は……
私の失敗を、笑顔で許してくださいました……」
アンナが、すぐに口を挟む。
「その方、お姉さまに脅されているのね。
正直に話した方がいいわ。
……お姉さまに、傷つけられたのでしょう?」
女生徒は、必死に首を横に振る。
でも、誰も聞こうとしない。
「レン様……
ここは私の顔を立てて、
お姉さまの横暴な態度をお許しください」
……。
だから私は、何もしてないっての。
もはやアンナの独壇場。
誰も、私の言葉なんて求めていない。
――ああ、もういいや。
私は扇子で口元を隠し、静かにその場を後にした。
否定するのも、説明するのも、
全部――面倒になってしまったから。
どうやら私は今日も、
“悪役令嬢”として完璧に振る舞えたらしい。
……皮肉な話だけどね。




