新しい婚約者候補
ケイゴの優しさを胸いっぱいに噛み締めながらも、結局私は家へ帰った。
……だって、私はまだ子供だ。
帰る場所は、どんなに居心地が悪くても“実家”しかない。
(幼い頃のジュリアンは、どれだけ傷ついてきたんだろう)
そう思うだけで、思わず自分自身を抱き締めたくなる。
誰にも守ってもらえなかった、小さな私を。
◇ ◇ ◇
あれから父親の書斎に呼び出され、延々三時間、
同じ説教を何度も何度も繰り返される。
(……馬鹿なの?)
「アンナとレンの婚約を邪魔するな」
「アンナに嫉妬するな」
「アンナを敬え」
――アンナ、アンナ、アンナ。
まるで壊れた魔導人形みたいに、同じ言葉を吐き続ける父親に呆れ返る。
そして、極めつけ。
「お前には、ワシが新しい婚約者を見繕ってやる。大人しく待っていろ」
……は?
「ちょっと待ってください!
婚約破棄したばかりで、まだ心の傷も癒えていないのに、どういうことですか!」
「アンナには劣るが、最近のお前は見てくれも良くなった。
婚約の打診も来ているんだ。喜べ!」
……はぁ!?
「まだ婚約する気にはなれません!」
その言葉が気に入らなかったのか、父親は顔を真っ赤にして怒鳴り出す。
「西のランディー伯爵の後妻だ!大人の男だぞ、喜べ!」
……ランディー伯爵!?
後妻って……つまり
「……お相手には、お子さんが?」
「当然だ!
お前は婚約破棄された“傷物”なんだ。二十歳も年上で子供が一人いようが、文句を言うな!」
(二十歳年上……)
……私、まだ十四歳なんですけど?
ロリコンじゃん。
無理。
キモい。
そこへ、満面の笑みで割り込んでくるアンナ。
「お姉さま、ご婚約おめでとうございます!」
(……殴っていい?)
「年上で頼りになる殿方だなんて、幸せ者ですわ!」
「……子供がいるのよ?」
「まぁ!すぐにお母様になれるなんて、羨ましいですわ!」
だったらお前が行け!!
父親とアンナ。
まるで悪代官と腰巾着みたいな息の合い方。
頭の中に、あの歌が流れ出す。
♪ドナドナドナドナ〜
子牛を乗せて〜
……あぁ、これ、完全に売られていく子牛の気分だわ。
◇ ◇ ◇
翌日。
昼休み、いつもの木陰でレジャーシートを広げ、
お弁当を並べていたその時。
「ジュリアン!」
息を切らして駆けてきたケイゴに、思いきり肩を揺さぶられる。
「本当なのか!? 婚約の話!」
「あー、……もう噂になってるのね」
「どうしてそんな話になるんだ!」
怒りを爆発させるケイゴの方が、よほど当事者みたいだ。
「鬼畜な父親と、アンナの悪巧みでしょうね」
「それで……お前は、それでいいのか!?」
真剣な眼差し。
(……私は、ただの十四歳の女の子なのに)
「私は貴族の娘だもの。
遅かれ早かれ、どこかに嫁ぐ運命でしょ
仕方ないじゃない」
「――俺と結婚しよう」
……え?
「俺でも、身分的には問題ないはずだ」
「それって……同情?」
「そう見えるのか?
本当は気づいてるくせに、気づいてないふりしてるだけだろ」
(……近い。
フェロモン出すぎ。
ほんとにこの人、同い年?)
「ケイゴ……私のこと、好きなの?」
「……好きだ」
……うわ。
真正面からぶつけられる言葉に、心臓が跳ねた。
「ジュリアンのためなら、全部捨てられる。
お前が他の男のものになるくらいなら……
駆け落ちだってする」
(なにこのイケメン台詞……)
年甲斐もなく、胸がぎゅっと締めつけられる。
引き寄せられ、思わず目を閉じる。
――唇が、重なった。
溢れる愛しさ。
この瞬間だけは、確かに幸せだった。
(……このまま、ケイゴに委ねてしまえたら)
そんな甘い考えが、胸を満たしていくのだった。




