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ソラの困惑

あれから数時間が経ち、ようやく頭の中が整理できてきた。


 とりあえず、メイドのソラに紙と鉛筆を持ってくるよう頼む。


「お嬢様、鉛筆とはどのような物でしょうか?」


「あ……そうね。じゃあ、ペンをお願い」


「畏まりました」


 はぁ、困ったわね。

これが夢なら目が覚めれば現実に戻るはずだけど、どうやらそうでもなさそう。


現実。

つまり、私は本当にこの世界にいる。


 ソラから紙とペンを受け取り、今までの経緯と、これから起こるであろう出来事を思い出せる限り書き出していく。

この先、前世の記憶が薄れていく可能性もある。

今のうちに、形として残しておきたかった。


 念のため、誰に見られても分からないよう、日本語で書く。

我ながら必死すぎるほどの勢いで書き続けていたら、ソラが怯えたようにこちらを見ていた。


 しばらくして、ソラが苦笑いを浮かべながらお茶を運んできてくれる。


「お嬢様、少し休憩なさってはいかがでしょうか。病み上がりですし、無理をなさっては再発してしまいます。お茶をお持ちしました」


 顔を上げると、紅茶とクッキーが用意されていた。


「ありがとう。少し根を詰めすぎたわね。いただくわ」


その瞬間、ソラが目を見開いた。


「あの……お、お嬢様が、お礼を……?

本当にポーツ家のお嬢様でいらっしゃいますか?」


……やっぱりね。

どうやら私は、筋金入りの悪役令嬢だったらしい。


「そんなに怯えないで。ちゃんと本人よ。安心して」


 戸惑うのも無理はない。

根っからの悪役令嬢が、突然まともになったのだから。


それにしても、妙だわ。

高熱で寝込んでいた娘がいるというのに、両親は一体何をしているのかしら。


「ソラ。お父様とお母様は、どこにいるの?」


その瞬間、ソラの視線が泳いだ。


「……旦那様と奥様は、アンナ様とご一緒に観劇へ」


……ああ、なるほど。


高熱の娘を放置して、妹と観劇。

記憶が、一気に繋がる。


そうだ。

ジュリアンの両親は、私には一切興味がなかった。

可愛がられていたのは、妹のアンナだけ。


 どれだけ勉強しても、どれだけ努力しても、見てもらえなかった。

その結果、性格が歪んだ。


意地悪で、我儘で、プライドだけが高い傲慢な令嬢。

周囲が見ていたのは、作られた「悪役」の私だけ。


 乙女ゲームでは、ただの我儘な悪役令嬢。

でも、両親や妹に蔑ろにされていた設定なんて、描かれていなかった。


 だって、この世界のヒロインは――アンナだもの。


「お嬢様……大丈夫ですか?」


「大丈夫よ。

それより、ソラ。貴方だけは、いつも私の側にいてくれたわね」


ソラが小さく頷く。


「それなのに、私は貴方に酷いことをした。

今まで、ごめんなさい」


 戸惑いながらも、ソラは黙って話を聞いてくれる。


「……そういえば、ソラには子供がいたわよね。病気だったはず」


ソラが、信じられないという顔で私を見る。


……そう。

乙女ゲームでは、子供を亡くしたソラは、やがて私の前から姿を消す。

唯一の味方を失った私は、完全に孤立する。


「お嬢様、どうしてそれを……?」


「詳しい説明はできないけど……今から、貴方の家に医者を連れて行きましょう」


「え……? それは、つまり……私は解雇に……?」


「違うわ。子供の病気を治すのよ」


 宝石箱からいくつかのアクセサリーを掴み、平民が着る様なエプロンドレスを着るとソラの手を引いて屋敷を飛び出す。


「お嬢様……私のような者に、ここまでしていただく資格は……」


立ち止まりかけたソラの両手を、ぎゅっと握る。



「いい? これからソラは、私に絶対服従よ。

何があっても、私の味方でいること。絶対」


「……今までと、何が違うのですか?」


「全然違うわ。

これは取引よ。貴方のためでもあるけど、私のためでもあるの」


 宝石を換金し、その足で医者に診せる。

処方された薬のおかげで、子供の容態はゆっくり快方に向かっていた。


……よかった。


でも、実感する。

お金は、必要だ。

追放された後のことも、ちゃんと考えなきゃいけない。


 ソラは涙を流しながら、何度も頭を下げた。


「それにしても……お嬢様。

いつも豪華なドレスばかりだったのに…」


「全然平気よ。ドレスも好きだけど、こういう平凡なエプロンドレスも可愛くて好きなの」


 私の言葉に、ソラは真面目な顔でじっと私を見つめている。


「貴方は本当は誰ですか? お嬢様じゃないですよね……?」


「そうね。強いて言えば、貴方の知ってるお嬢様も私の一部ってところかしら」


 ソラは目を丸くしたまま、しばらく黙っている。


「でも、安心して。今の私は貴方の味方だから」


 私の笑顔を見て、ソラは少しほっとした表情を浮かべる。


「お嬢様……本当にありがとうございます」


「別に。普通のことよ。

私だって、遠い昔に辛い思いをしたことがあるから、貴方の気持ちは分かる」


 ソラは少し涙をぬぐい、でも笑顔を見せてくれる。


「そういえば、これからどうするのでしょうか?」

ソラが少し戸惑いながら聞く。


「まずは、これから起こることを書き出すの。

それから、……追放されないように、準備するわ」


「お嬢様……それって、本当に大丈夫なんでしょうか?」


「大丈夫よ。焦っても仕方ないもの。

私たちには時間がある。やることを一つずつ片付けていくだけ」


ソラは深く頷く。


「はい……お嬢様、私、絶対にお手伝いします」


 その言葉に、胸がじんと熱くなる。

前世では失った唯一の味方。

今度こそ、絶対に守る。


「ありがとう、ソラ。

これからは二人で、少しずつ世界を変えていきましょう」


 ソラが微笑む。

その笑顔に、私の心も少し軽くなる。


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