婚約パーティー⑤
ケイゴside
……は?
俺を、愛する……?
アンナとレンが、揃って間抜けな顔で口を開けたまま固まっている。
……いや、俺も同じだ。
(ヤバい……)
胸の奥が、ぐっと締めつけられる。
今すぐ、衝動のままにジュリアンを抱き締めてしまいたい。
……ああ、そうか。
俺は、もうとっくに――
お前に、陥落してたんだな。
この感情が恋なのか、愛なのか。正直、まだはっきりとは分からない。
でも、
今のジュリアンから、目を離せなくなっている。
それだけは、紛れもない事実だった。
「……ジュリアン」
俺は、自然とそう口にしていた。
「俺たちの仲は……ゆっくり進めよう」
言った瞬間、彼女が目を丸くする。
当然だ。これは、ほとんど…
いや、完全に交際宣言みたいなものだ。
分かってる。
ジュリアンが今やっているのは、レンへの“復讐”だってことも。
俺を本気で愛しているわけじゃないってことも。
……それでも。
この手だけは、絶対に離したくなかった。
……その時
「ジュリアン、何をしている!」
低く、威圧的な声が会場に響く。
「……お父様……」
彼女の肩が、びくりと震えた。
現れたのは、ポーツ伯爵。
威圧を隠す気もない態度で、仁王立ちになる。
「またお前は、アンナに酷い仕打ちをしているのか?」
……は?
一気に、腹の奥が煮えくり返る。
(なんでだ。
なんで、最初からジュリアンの話を聞こうとしない?)
俺は、震えるジュリアンの手を、ぎゅっと強く握り締めた。
すると、まるで待ってましたと言わんばかりに、甲高い声が響く
「お父様……お姉さまが……」
……おい。
その馬鹿面、何言い出すつもりだ。
まるでジュリアンが何かしたみたいな言い方じゃねぇか
「ポーツ伯爵様、ご無沙汰しております」
レンが慌てて前に出る。
「ジュリアンは何もしておりません。どうか、お気を鎮めください」
――おい、レン。
(お前は引っ込んでろ。
お前の隣に立つべき婚約者は、そっちだろ)
胸の奥が、ぐちゃぐちゃに掻き回される。
……これが、嫉妬か。
「お父様。私は、アンナに何もしておりませんわ」
ジュリアンの声は、静かで。
「嘘をつくな!
可愛いアンナが泣いているじゃないか!」
――ふざけるな。
これ以上、ジュリアンを傷つけるな。
彼女は、もう何を言っても無駄だと悟ったのか、
肩を落とし、悲しそうに微笑んでいた。
その姿に、会場の空気がざわめく。
「ジュリアン様は何もしていません!」
「むしろ、アンナ様を気遣っておられました!」
ギャラリーの声が上がる。
だが伯爵は、耳を貸すことなく……
乱暴に、ジュリアンの腕を掴んだ。
……許さない。
「――ジュリアンを、あんたに渡さない」
気づけば、声が出ていた。
「これ以上、彼女を傷つけるな!」
次の瞬間、俺はジュリアンを引き寄せ、
強引に奪い取るようにして会場を飛び出していた。
◇ ◇ ◇
夜風が、頬を打つ。
「……ジュリアン」
息を整えながら、俺は真剣に彼女を見つめる。
「このまま……俺と逃げよう」
迷いは、なかった。
すると、ジュリアンは少し驚いたあと、ふっと柔らかく笑った。
「ケイゴ、ありがとう。
もう……私なんかのために泣かないでよ」
……泣いてる?
気づいて、初めて分かった。
頬を、熱いものが伝っていた。
「え……?」
ジュリアンは俺の涙を、指先でそっと拭う。
「何で私じゃなくて、ケイゴが泣いてるのよ。
可笑しいでしょ? ふふ……」
そう言って、俺の胸にこてん、と額を預ける。
「……はぁ。
泣きたくないのに、泣けてきちゃう」
かすれた声。
「結局……両親は、アンナしか愛してないのね」
――胸が、痛んだ。
俺は、何も言わず、ただ優しく彼女を抱き締める。
小さく、壊れそうな背中を包み込むように。
(どうか……)
(ジュリアンの、この傷が
……いつか、癒えますように)
それが、今の俺にできる
唯一の、そして最大の願いだった。




