婚約パーティー④
……気のせいかしら。
さっきからアンナに、ずっと睨まれている気がするんだけど。
「お姉さま。
いつもの縦巻きロールに、あの派手なお化粧はどうなさったのですか?」
にこやかな笑顔の裏に、棘をたっぷり仕込んだ声。
「何だか……ずいぶん地味ですわね。
私は、以前のスタイルの方が好みでしたのに。
どういった心境の変化ですの?」
――来た来た。
私はふっと微笑み、少し視線を落とす。
「……もう、自分を偽るのをやめようと思ったの」
会場の空気が、すっと静まるのが分かった。
「今までは、レンの隣に立つんだからって、必要以上に肩肘を張っていたみたい。
弱い自分を見せたくなくて、化粧も厚くして、髪もきつく巻いて……」
小さく息を吸い、アンナを見る。
「今更だけど、謝らせてちょうだい。
アンナにも、私の酷い嫉妬心で嫌な思いをさせたわね。ごめんなさい」
そして、そっと頭を下げた。
「もう、レンやアンナの邪魔はしないわ。
安心して頂戴」
……。
アンナは、ぽかんと口を開けたまま固まっている。
(あらあら。
そんな顔して大丈夫? 小鹿みたいな愛嬌、振りまかなくて)
思わず、笑いが込み上げそうになるのを必死に堪えた。
――そして、肌で感じる。
会場の“空気”が、確実に変わり始めている。
「ジュリアン様、そのドレス……とても素敵ですわ」
「ありがとうございます。キャメロン様も、とてもお似合いですわよ」
「ジュ、ジュリアン様! よろしければ今度、僕のサロンに……!」
あっという間に、私の周りに人だかりができた。
まるで、最初から私が主役だったかのように。
その輪の外から、アンナが不安げに問いかける。
「……お姉さま。
もう、レン様に未練は……ないのですか?」
私は少し眉を下げ、瞳に潤みを宿す。
「もう……私の手には届かない方ですから」
一粒の涙が、頬を伝って落ちた。
(……やば。
私、女優に転身できるんじゃない?)
ざわり、と周囲の視線が変わる。
同情と哀憐が、レンとアンナへ向けられ始めた。
「元はジュリアン様の婚約者だったのに……」
「横恋慕したのは、アンナ様の方だよな」
小さな火種は、瞬く間に燃え広がる。
「お、お姉さま……ごめんなさい……
私が……私が、お姉さまの大切な……」
……あら。
得意の泣き真似?
(相変わらずね。男は涙に弱い、でしょ?)
私は一歩前に出て、優しく声をかける。
「アンナ、泣かないで」
慈愛に満ちた笑みを浮かべながら。
「レン様とアンナは、とてもお似合いよ。
場違いだったのは、私の方」
そっと胸に手を当てる。
「今は、心から二人を応援しているわ。
アンナは、私のたった一人の妹ですもの。幸せになってほしいの」
そして、最後の一押し。
「……もちろん。
私も、アンナに負けないくらい素敵な恋をするわ」
涙を滲ませながら微笑むと、
周囲のギャラリーは完全に“信じ切った”ようで、啜り泣きまで始めた。
――形勢逆転、ね。
その時。
「アンナ様。ジュリアンのことは心配いりません」
隣から、低く落ち着いた声。
「俺が、いつでも近くで守りますから」
そう言って、ケイゴが私の肩を引き寄せた。
――近い。
胸が、どくんと跳ねる。
(なにこれ……
映画? ドラマ? それとも乙女ゲーのイベント?)
完全に“私の騎士”じゃない。
案の定、周囲の女子たちは次々と撃沈。
視線がハートになって倒れそうになっている。
そして――。
「……ジュリアン。
もしかして……ケイゴを、愛しているのか?」
レンの声。
苦しそうに、焦ったように、私を見つめている。
……あれ?
(もしかして。
“惜しいことをした”って、思ってる?)
私は頬を赤らめ、静かに答えた。
「“愛してるか”と聞かれたら……
今は、まだ“うん”とは言えないわ」
そっと、ケイゴを見る。
「でもね…
この気持ちを、ゆっくり、大切に育てていきたいの」
視線を戻し、微笑む。
「そして――
いつか胸を張って『愛してる』って言えたら……素敵よね」
隣で、ケイゴが目を見開いている。
……うん、分かってる。私もびっくりしてる。
でも。
(これは、演技じゃない)
胸の奥で芽生えた、この温度だけは――
確かに、本物だった。




